炎の瞳
「まったく陽菜の奴、さっきは俺らのこと散々怒ってたくせにさー。」
「おまけに冒険者情報にも通信が伝わらないしな。」
これだけの話で分かるように、陽菜が迷子になった。
あいつは興味のある物を見つけると周りを気にしなくなる。おそらく、道中で品を見るのに夢中になってはぐれたのだろう。
「しょーがねぇ、歩いて探すしかねーな。」
幸い市は大通りの一本道しか開いていないし、陽菜が迷子になっているのも市のどこかだろう。
「そうだな。手分けをして探そう。俺は今まで来た道を探すから、海斗はこの先を頼む。」
「おう、わかった。」
そう言い、海斗は周りを見回すようにしながら、人の波に呑まれて見えなくなった。
俺も今まで来た道の方を探さなければならないが、この人の量では逆行など考えない方がよい。俺は脇道から迂回して市の入り口へ戻り探そうと思い、人波をかき分けて大通りに繋がっている細い道に入った。
細い路地を走る。
その時にふと声が聞こえたような気がした。
普段なら彼は気にも留めなかった筈であった。気の所為と思って市の入り口へと向かったであろう。彼は無意味なことに時間を費やすのを好まない性質であったし、陽菜のことを海斗に任せきりにする程、無責任でもなかった。
しかし、歩を止めた彼は結局、声が聞こえてきたと思われる道へと進路を変えた。
その些細な選択は彼の道を大きく変えることとなるとはこの時、彼は露とも知らなかったのであった。
……
……………
……………………………
「この方向からだと思ったのだがな」
やはり気のせいだったのか?
俺は踵を返そうとした。
その時、まるで頃合いを測っていたかのようにタイミングよく笑い声が聞こえてきた。
他人を貶める時に使う、とびきり下衆びた声だ。
(わざわざここまでやって来て何の収穫も無く帰るのもなんだか癪だ。毒を食らわば皿までというし少し様子を見に行こう。)
その使い方は間違っている気がしたが細かいところは気にしない。
俺は今度は笑い声の聞こえてくる方へと向かった。と、いってもその場所はすぐ近くであったが。
声は少し向こうに行った所にあるT字路の右側から聞こえた。
俺はほんの少しだけ路地のかどから顔を出し様子を伺う。
まず3人の青年が見えた。
後ろ姿しかわからないので精々体格など多少のことしかわからない。
小太りと痩身という対照的な体格の茶髪の2人と、その2人の間に立っている中肉中背の赤髪の男。
それからあと1人。
3人の前にある何かを包み込んでいるぼろ切れ。
ーーーー否、1人の子供のようであった。
もっとも、3人に隠れておりぼろ切れからはみ出る小さな腕や足など一部が見えるだけであったが。
(たかりか?)
裏路地に複数人で連れ込み金品をたかることはこの世界ではポピュラーである。
哀れにもターゲットになった者は最悪の場合、死んでしまう。
だが実際の場合は身包みを剥がされるだけであってそうなることは殆どない。
たかりにあわないように身なりを貧相にしていたのかあるいは本当に貧乏なのかは知らないが、たかり屋に捕まり、こんな大通りから離れたところまでのこのことついて行ったのは彼あるいは彼女自身の責任というものだ。
仮に今、彼あるいは彼女を助けたところでそんな間抜けが生きていける程この世界は甘くないし、1人を助けたところで同じような人は何人もいる。
彼あるいは彼女を助けるのは自己満足に過ぎない。
……だが、折角ここまで来たのだ。彼あるいは彼女を助けたってばちは当たらないだろう。
そこまで考えを巡らせていた時だった。
「なんだと!この悪魔が!」
突然、赤髪が怒鳴りちらし、ぼろ切れ人間を腕で掴み、引きずり上げた。
彼の顔を隠していたぼろ切れが、取れた。
冬の夜空に浮かぶ美しい月のような白銀の髪
所々汚れていてさえ尚、気品を感じられる美しく整った顔立ち
それだけを見ていれば彼はこの人物を少年などとは決して思わなかっただろう。
だがしかし彼はそのどちらにも注意が向いてはいなかった。
彼は少年の瞳から目を離せなかった。
ーーー少年の瞳には炎が取り付いていた。
執念の
野心の
欲望の
それらがいっぺんに混じり合って一つの大きな炎となったような瞳であった。
彼にはそれが分かった。
否。それは彼であったから知っていたのであろう。
彼自身さえ忘れてしまった遠い過去に、同じものを見ていたのだから。
ーーーーーずきん。
突然視界がぼやけた。もうこれ以上見てはいけないとでも言うように。
「ッ!」
頭痛がする。
吐き気がする。
瞳のピントが合わない。
喉が枯れる。
体が熱を帯びる。
それはまるで猛熱に冒されているようであった。
体を巡る免疫が外から入ってきた異物を排除するという意味においても、その結果彼自身が苦しむという意味においても。
ーーーーあれはなんだったのか?
一瞬であったか、あるいは数十秒程であったのか。
彼自身それがどのくらいの時間であったかはわからなかった。だが、ともかく頭が回るくらいには頭痛が治まっていた。
「ーーー、ウォーターケージ。」
魔力を伴う言葉、そして笑い声が聞こえた。
顔を上げる。
すると水で包み込み相手の動きを捕らえる魔法であるウォーターゲージに先程の銀髪の少年が捕らえられていた。痩身の男は愉快そうに笑っていて、小太りの男はオロオロとして残り2人の男に何か言っている。
「考えるのは後だな。」
ウォーターゲージは本来相手の動きを捕らえるだけの効果しかない。しかし、副次的な効果として相手を衰弱させる効果がある、普段は神の加護が守ってくれるのでこの効果はあまり影響を及ぼさない。しかし見た限り少年はHPが0だ。そうなると話は変わる。
手元に短剣と長剣をそれぞれ呼び出す。
そのまま、短剣を、投げつける。
風を切る音と共に短剣は飛翔する。
彼もまた短剣の後を追い、小路を駆ける。
「ッ?!」
赤髪の男が最も早く気が付いた。次いで痩身の男も気づき、数瞬遅れ小太りの男も気づく。
赤髪の男は体をこちらに向けるよりも先に剣を召喚し、こちらを迎え撃とうと体を捻らせる。二人の男らもそれぞれ赤髪の男よりワンテンポ遅れてそれにならう。
だがもう遅い。赤髪の男は避けきれない。
短剣は赤髪の男を掠った。
「グッ」
赤髪の男は体をふらっとさせ片膝をつく。
また、集中力が消えた結果かウォーターケージが弾けて消える。
痩身の男の意識が一瞬赤髪の男へ向き、俺は手に持った長剣を痩身の男に突きつける。
「ここから立ち去れ。」
それに対し、痩身の男は俺を睨めつけ怒鳴り散らす。
「ダレだテメェ?!邪魔すンならブッ殺すぞ!」
俺は男の二言目に被せて告げる。
「仲間を呼んだ。」
「アァ?」
俺は畳み掛けるように、しかしそれでいて相手が悠々と感じるように言葉を続ける。
「後三分でここに着くだろう。それから、さっきの短剣は麻痺毒が塗ってある。即効性があり持続時間も長い。赤髪の奴は戦えないだろう。それでも来るというなら来い。相手をしてやる。」
痩身の男は目を蛇のように細めて、喉を唸らせる。
「上等だァゴラァ。」
そう言いながら剣を振り上げる。小太りの男も痩身の男の攻撃に合わせて牽制をかけようと剣を突き出してくる。
(やるしかない……か)
剣のグリップを握る力が強くなる。
「ーーやめろ。」
不意に赤髪が声をあげ、二人の動きも止まる。
「こちらが不利だ。ーー帰るぞ。」
赤髪の男は何か複雑そうな顔をしてそう言う。
「チッ」 「よ、よかったぁ~。」
剣をしまい、小太りの男が赤髪の男に肩をかす。痩身の男も苛立たしげに剣で虚空を裂き剣を消す。
小太りの男は赤髪の男に駆け寄り肩を赤髪の男の方に落とし、赤髪の男が肩を掛けると立ち上がりこちらへ歩いてくる。
「そこを通してくれ。」
俺は言われて通れるよう道を作る。
赤髪の男と小太りの男が俺の横を通り過ぎる。痩身の男はその後ろを俺を睨みながら続く。俺の方も三人が通り過ぎ、去っていくのを警戒して見ていたが、いなくなりしばらくして俺も剣をしまう、というよりも消す。
「………うまくハッタリが効いてくれて助かった。」
実の所、赤髪の麻痺毒は10分も経たぬうちに効果がきれてしまう。
……あのまま戦っていても時間稼ぎが精々であった。赤髪も戦いに参加していたら俺自身の身も危険だった。
あの3人のレベルも結局分からないままであったし、残り2人のレベルが高レベルであったら時間稼ぎもできなっただろう。
何はともあれ。
残ったのは俺とぼろ切れの少年。
「本当に三分であいつらが来るなら楽だったんだがな…」
そもそも呼んでもないし、だいたい内一名は迷子である。来るわけがない。
ぼろ切れの少年をちらりと見る 。
見た所どうやら、死んでいるというわけではなさそうだ。
となると、このまま放って置くわけにもいかない。
「さて…これからどうしようか」