第2話 一般人一人きりの留学講習
第2話 一般人一人きりの留学講習
国王陛下との謁見が終わり、私たちは王城内にある少し大きめのホールへと案内された。
先ほどの大広間とは違い、こちらは落ち着いた雰囲気の場所だった。広々とした室内には椅子が並べられ、壁際には飲み物やお菓子が用意されている。
「皆さん、こちらへどうぞ。お掛けになってお待ちください」
案内の人に勧められ、私は空いている椅子に向かおうとした。
その時だった。
「こちらよ!」
突然、横から綺麗な女性が現れた。
金色の長い髪に、透き通るような青い瞳。整った顔立ちに、まるでお人形さんのような美しさ。
うわぁ……綺麗な人。
なんて思っていたら、その女性が私の手を取った。
「さあ、こっちに座りましょうね」
「えっ?」
手を引かれ、椅子の前まで連れていかれる。
そして次の瞬間、女性は私の脇に手を入れ、ひょいっと持ち上げるようにして椅子へ座らせた。
……え?
今、何が起きた?
「ジュースと、お菓子があるわ!何が食べたい?」
女性は私の前にしゃがみ込み、顔を覗き込んでくる。
にこにこ。
ものすごく、にこにこしている。
(なぜだ!なぜ周りの日本人には聞かない!!)
周囲を見る。
男性陣も、女性の科学者さんも、普通に椅子へ座っている。
誰も持ち上げられていない。
(やめて!そんな顔で見つめないで!私は25歳!大人です!!)
「あの、お茶を……」
キラキラした青い瞳に見つめられ、断ることができず、最後の抵抗としてお茶をお願いした。
「まあ!お茶ね!いい子!ここで待っていてね?すぐ戻るわ!」
女性は満面の笑みを浮かべ桃子の頬を撫で、軽やかな足取りで去っていった。
……。
この短いやり取りだけで、精神的なダメージが大きい。
周りの日本人たちはというと、なぜか一斉に視線を逸らしている。
(おい!そこの人たち!なぜ目を逸らす!こっちを見ろ!助けろ!!)
そんな心の叫びも虚しく、前方から日本政府の関係者がやってきた。
「皆さん、お疲れ様でした」
その声に、私も慌てて姿勢を正す。
「初めて訪れる国ということもあり、皆さん緊張されているかと思います。ここからは、それぞれの目的地へ向かうことになります」
政府関係者は、私たちを見渡しながら説明を続けた。
「それぞれの専門分野や目的に応じて、滞在先や活動場所が異なります。皆さんには、この国でさまざまな経験を積み、知識を深めていただきたいと思っています。それが、これからの日本にとっても大きな意味を持つはずです」
確かに、今回の留学は日本にとっても重要なものだ。
「それから、皆さんには日本と直接連絡が取れる通信機器が配られます。詳しい使い方は、後ほど現地の担当者から説明がありますのでご安心ください」
通信機器があるのはありがたい。
異世界で日本と連絡が取れるというだけでも、安心感が違う。
「では、私からの説明は以上です。ここからはアラリサラル王国の皆さんに引き継ぎます。私も一度日本へ戻ることになりますので、次に皆さんとお会いするのは一年後です」
一年後。
その言葉に、少しだけ実感が湧いた。
私たちは、これから一年間、それぞれこの国で生活するのだ。
「皆さん、どうか頑張ってください」
そう言って政府関係者は後ろへ下がった。
代わりに前へ出てきたのは、スティーブさんだった。
そして、こちらを見た瞬間。
パチン。
ウィンクされた。
「うっ……」
思わず声が漏れる。
いや、待って。
スティーブさんは、ものすごく格好いい。
身長は190センチほどありそうで、体格もがっしりしている。服の上からでも分かるほど、しっかりと鍛えられた身体。
ロマンスグレーのセミロングの髪は、無造作にかき上げられていて、瞳はブルーグレー。
いわゆるイケオジというやつだ。
男性に免疫があまりない私には、なかなか刺激が強い。
思わず顔が熱くなり、俯いてしまった。
「皆さん!ようこそ、アラリサラル王国へ!」
スティーブさんは、そんな私の様子など気にすることなく、明るい声で話し始めた。
「これから皆さんが向かう場所は、それぞれ異なります。宿泊施設や大学、職場など、担当者が案内しますので、今はそのままお席でお待ちください」
そして、少し間を置いてから、優しい笑顔を浮かべた。
「これから始まる皆さんの出会い、勉学、そして生活に、たくさんの幸がありますように!」
拍手が起こる。
話が終わると、ホールの周囲に立っていた人たちが、それぞれ日本人のもとへ声を掛けに行った。
どうやら、いよいよ各自の担当者と合流するらしい。
私はというと、先ほどの女性が持ってきてくれたお茶を飲んでいた。
……いや、飲んでいたというより、飲ませてもらっていた。
最初、女性はコップを持ったまま離そうとしなかったのだ。
そして、私にストローを差し出してきた。
まさかとは思ったけれど、どうやら自分で持たせてもらえないらしい。
結局、ストローからお茶を飲むことになった。
恥ずかしい。
ものすごく恥ずかしい。
しかも、女性はとても満足そうに微笑んでいた。
(どうしてそんなに嬉しそうなの……)
そんなことを考えているうちに、ホールから日本人の姿がなくなっていった。
気がつけば、残っているのは私と、あの金髪の女性、スティーブさん、そしてマックさんだけだった。
「あれ?皆さんは?」
「それぞれの場所へ向かわれましたよ」
マックさんが答える。
「えっ、もう?」
「はい。桃子さんは少し事情が違いますから、今日は王城に宿泊していただきます」
「王城に?」
「ええ。明日以降の予定についても、こちらで説明します」
そうして案内されたのは、王城の中にある一室だった。
廊下を歩いていると、すれ違うメイドさんや執事さんたちが、次々と足を止めた。
「あら……!」
「本当にいらっしゃったのね!」
「まあ、可愛らしい!」
「なんて小さいのかしら!」
皆さん、声を潜めているつもりなのだろうけれど、全部聞こえている。
しかも、どの人もものすごく嬉しそうだ。
あるメイドさんは胸の前で手を組み、別の執事さんは目を細めてこちらを見ている。
中には、すれ違った後に振り返ってまで手を振ってくれる人もいた。
(えっと……私、何かパンダの気分なんですけど……)
そんな私の気持ちなど知らないのか、案内してくれている金髪の女性は終始ご機嫌だった。
「皆さん、ずっと楽しみにしていたんですよ」
「楽しみに?」
「ええ。王城には、もう200年ほど子供がいないんです」
「……200年?」
「そうなの。だから、皆さん桃子さんがいらっしゃると聞いて、本当に喜んでいたのよ」
(???ん?聞き間違い?200?20年かな?)
けれど、廊下ですれ違う人たちの嬉しそうな顔を見れば、しばらくいなかった事は分かる気がした。
……いや、分かる気がするだけだ。
こんなに注目されるのは、やっぱり落ち着かない。
やがて、私たちは一つの扉の前で立ち止まった。
「こちらが桃子さんのお部屋です」
扉が開かれた瞬間、私は思わず立ち止まった。
「わぁ…あぁ…」
そこは、とても可愛らしい部屋だった。
淡いクリーム色と薄いピンクを基調にした内装。大きな窓には柔らかなレースのカーテンが掛かり、壁際には綺麗な花が飾られている。
ベッドも大きく、ふかふかそうだ。
家具も上品で、まるでお姫様が使う部屋のようだった。
プリティラブリーな部屋……
「こちらのお部屋は、使用人みんなで準備したんですよ」
金髪の女性が嬉しそうに説明してくれる。
「桃子さんに喜んでいただきたくて、皆で考えたんです」
「あ、ありがとうございます。とても素敵なお部屋ですね」
そう答えると、女性は両手を合わせて目を輝かせた。
「まあ!気に入っていただけたのね!」
その声に、廊下にいたメイドさんたちまで嬉しそうに顔を見合わせている。
どうやら、本当に皆さんで用意してくれたらしい。
ありがたい。
ありがたいのだけれど……。
(皆さん、私のことを何だと思っているんだろう……)
私は少しだけ複雑な気持ちになった。
その後、部屋の奥にある来客用のスペースへ案内された。
ソファに座るよう勧められ、スティーブさん、マックさん、そして金髪の女性が向かい側に座る。
「さて、桃子さん。これからこの国で生活するにあたって、少しお話ししておかなければならないことがあります。他の日本人の方々にはもう説明済みの話なのですが。一般の方には知らされていない事でして。」
スティーブさんが、いつもの柔らかな笑顔で話し始めた。
「はい。お願いします」
「まず、桃子さんはこれまで日本で生活してきましたよね?」
「はい」
「実は、この国の人々の考え方は、日本とはだいーぶ、違うんです」
「考え方、ですか?」
「ええ。特に、子供に対する考え方が大きく違います」
子供?
どういうことだろう。
私は首を傾げた。
「この世界では、子供の数が圧倒的に少ないんです」
「少ない?」
「はい。理由はいくつかありますが、一番大きいのは寿命ですね」
スティーブさんは、少しだけ姿勢を正した。
「私たちの寿命は、平均して500年から1000年ほどあります」
「…………え?」
思考が止まった。
500年?
1000年?
……え?
「ご、500歳?」
「そうです」
「1000歳まで生きる人もいるんですか?」
「もちろん。個人差はありますが、珍しいことではありません」
私は目を見開いた。
500年。
1000年。
それはもう、人間というよりファンタジーの世界に出てくる長寿の種族ではないだろうか。
いや、ここは異世界なのだから、間違ってはいないのかもしれない。マックが
「私たちも、日本人の寿命が100年ほどだと聞いたときは驚きましたよ」
「そ、そうですよね……」
いや、驚くどころの話ではない。
こちらは今、人生の常識をひっくり返されている。
「寿命が長いということは、それだけ世代交代もゆっくりになります。子供が生まれる数も少なく、結果として、子供という存在そのものがとても貴重なんです」
スティーブさんは、穏やかに微笑んだ。
「だから、この国では子供を本当に大切にします。みんな可愛がりますし、甘やかします。食事の世話から身の回りのことまで、大人たちが進んで面倒を見るんですよ」
「えっと……それは、子供の間だけですよね?」
「もちろんです。私たちが成人と認められるのは200歳からですから」
「200歳……」
また、ものすごい数字が出てきた。
「200歳までは子供ということですか?」
「そうですね。もちろん年齢だけでなく、成長や経験も関係しますが、基本的には200歳が成人の目安です」
私は少し安心した。
200歳になれば大人なのだ。
……いや、200歳って何?
「ちなみに、私自身、20代の幼子に会うのは初めてなんです」
「…………はい?」
今、何と言った?
20代の幼子?
「えっと……スティーブさん」
「はい?」
「私、25歳なんですけど……」
「ええ、存じていますよ」
にこっ。
……笑顔だ。
とても良い笑顔だ。
「私たちからすれば、まだまだ小さな子供ですからね」
「…………」
私は隣に座る金髪の女性を見た。
彼女も、うんうんと嬉しそうに頷いている。
「この国では、子供は大切に守り、育てるものなんです。だから、桃子さんのような若い方が来てくださったことは、本当に嬉しいことなんですよ」
「で、でも、私は日本では成人していますし、自分のことは自分でできますよ?」
「もちろんです。日本で大人として生活してきたことも理解しています」
スティーブさんは、私の言葉を否定することなく頷いた。
「ただ、私たちの感覚では、桃子さんはとても若い。しかも、この国にとって日本の方々は特別な存在です。初めてこの国で生活する一般の方ですから、皆さんも自然と気に掛けてしまうのでしょう」
「……それで、あんなに?」
「ええ」
スティーブさんは笑った。
「それに、桃子さんは特に小柄ですからね」
「そこは関係あります!?」
思わず声が大きくなった。
すると、向かいに座っていた金髪の女性が、嬉しそうに手を叩いた。
「まあ!元気な声も可愛らしいわ!」
(違う!そういうことじゃない!!)
私は両手で顔を覆った。
なるほど。
ようやく分かった。
この国の人たちは、私を25歳の女性として認識していないわけではない。
ただ、彼らの寿命や文化からすれば、25歳という年齢はとてつもなく若いらしい。
そして、子供が少ないこの国では、若い存在そのものが大切にされる。
だから、あんなに世話を焼かれるのだ。他の日本人も目を背けたのはこういう事か……
……理解はした。
理解はしたけれど。
「つまり、私はこの国にいる間、ずっと子供扱いされるんでしょうか……?」
恐る恐る尋ねると、スティーブさんは少し考えてから答えた。
「そうですね。少なくとも、皆さんが桃子さんを可愛がることは止められないでしょうね、私も桃子さんとの出会いを神に感謝です!」
「…………」
私は天井を見上げた。
異世界に来た。
新しい文化を学ぶ。
新しい生活を始める。
そう思っていた。
まさか、25歳になって人生で初めて、こんなにも全力で子供扱いされることになるとは思わなかった。
(私、これから一年間、大丈夫かな……)
異世界留学初日。
私の前途には、早くも大きな不安が立ちはだかっていた。




