第1話 異世界と日本(プロローグ)
第1話 異世界と日本
10年前、日本は突然、異世界へと転移した。
それは誰も予想していなかった出来事だった。
ある日、何の前触れもなく、日本列島は島ごと別の惑星へと移動してしまったのだ。
幸いだったのは、転移先の星に暮らす人々が、日本を敵視しなかったことだろう。
彼らは日本の存在を受け入れ、政府同士の話し合いを重ね、技術支援や食料支援など、さまざまな援助を行ってくれた。
おかげで日本は少しずつ立ち直り、現在では新しい世界での生活も落ち着き始めている。
そして、転移から10年。
ついに日本人が、一般市民として異世界の地へ降り立つ日がやってきた。
今回の文化交流留学に参加するのは、10人の日本人。
日本政府としては、初めての一般人派遣ということもあり、専門知識を持つ人材を中心に選抜する予定だった。
しかし、受け入れ先から一つの要望があった。
専門家だけでなく、一般市民も一人参加させてほしい。
そうして設けられた、たった一つの一般公募枠。
その狭き門を、幸運にも通過した女性がいた。
桜井桃子、25歳。
そして現在、桃子は異世界の飛行機に乗っていた。
飛行機に乗ってから、かれこれ10時間が経とうとしている。
機内には10人の日本人のほか、日本政府関係者、そして現地の人たちが乗っていた。
ガイド兼コーディネーターのマックさん。
そして、今回向かう国の市議会議員だというスティーブさん。
ほかにも何人もの現地スタッフが同行し、私たち日本人のサポートをしてくれている。この人達は日本語を習得してくれているから言葉に困ることは無かった。
ちなみに、飛行機といっても日本にあったものとはまったく違う。
とにかく大きい。
燃料には魔石というものを使っているらしく、機体の構造も地球の航空機とは違うそうだ。
もっとも、これだけ大きい理由については、すぐに理解できた。
この星の住人は、とにかく大きいのだ。
この惑星は地球よりも一回り大きく、国土も都市も全体的に規模が大きいらしい。
現地の女性でさえ、身長は180センチほどあるという。
それに比べて私は150センチ。
日本人の中でも小柄なほうだ。
どうりで、飛行機の座席も広々としているわけだ。
ただ、少し困ったこともある。
「桃子さん、こちらのお菓子はいかがですか?」
「あ、ありがとうございます」
「飲み物もありますよ。ジュースとお茶、どちらがいいですか?」
「えっと、お茶でお願いします」
「はい、どうぞ」
隣に座っているスティーブさんが、にこにこと笑いながらお菓子や飲み物を差し出してくる。
最初は親切な人だなと思っていた。
しかし、さっきから何度もお菓子を勧められ、飲み物がなくなる前に次のものを用意され、しまいには食べさせようとしてくる。
いや、さすがにそれは遠慮したい。
「あの、スティーブさん。自分で食べられますから」
「おや、そうですか? 遠慮しなくていいんですよ」
「遠慮ではなくてですね……」
私は苦笑いする。
周囲を見渡すと、ほかの日本人たちにはそこまで世話を焼いていないようだった。
どうやら、私だけらしい。
まあ、身長も一番低いし、顔も年齢より幼く見られることが多い。
もしかしたら、子どもだと思われているのかもしれない。
いやいや、私は25歳です。
立派な成人です。
心の中でそう主張しながら、差し出されたお菓子を一つ受け取った。
……おいしい。
悔しいけれど、これはおいしい。
そんなことを考えていると、スティーブさんが嬉しそうに微笑んだ。
「気に入っていただけましたか?」
「はい。とてもおいしいです」
「それはよかった。まだありますから、遠慮なくどうぞ」
どうやら、まだまだ続くらしい。
私は小さく息を吐き、窓の外へと視線を向けた。
そこには、どこまでも続く広大な森が広がっていた。
地球とは違う星。
これから私が暮らすことになる場所。
そう考えると、胸の奥が少しだけ高鳴った。
「ところで桃子さん」
「はい?」
「これから向かうアラリサラル王国について、何か聞きたいことはありますか?」
スティーブさんが、にこやかに話しかけてくる。
「そうですね。まだあまり詳しく知らないので、教えていただけると嬉しいです」
「もちろんです。私たちが向かうアラリサラル王国は、この星で最も大きな国なんですよ」
「一番大きい国なんですか?」
「ええ。王政国家で、国王陛下を中心に王族や貴族が国を治めています。外交や行政を担当する大臣たちもいますし、各都市にも議会があるんです」
「へえ……」
「世界全体の文明も、皆さんの日本より進んでいると思いますよ。技術も生活環境も、きっと驚くことがたくさんあるでしょう」
それは楽しみだ。
日本とは違う文化、違う技術、違う暮らし。
どんなものが見られるのだろう。
「到着したら、ものすごく歓迎されますよ」
「えっ、そんなにですか?」
「もちろんです。皆さんが来ることを、国中が楽しみにしていますからね」
国中……。
それは、少し大げさなのではないだろうか。
私は曖昧に笑った。
それからしばらく、スティーブさんにアラリサラル王国について教えてもらった。
知らないことばかりで、話を聞いているだけでも面白い。
そうして時間が過ぎ、機内アナウンスが流れた。
まもなく到着するらしい。
私は窓の外を覗き込んだ。
森の向こうに、巨大な都市が見えてきた。
高くそびえる建物。
広大な道路。
空には、私たちが乗っているものとは別の飛行機らしき乗り物も飛んでいる。
そして、その先に大きな空港が広がっていた。
飛行機はゆっくりと高度を下げ、無事に着陸した。
ついに到着だ。
10年もの間、画面越しや資料の中でしか知らなかった異世界の地。
私は、これからそこに降り立つ。
胸が高鳴るのを感じながら、案内に従って飛行機を降りた。
その瞬間。
「おおおおおっ!!」
大きな歓声が響き渡った。
「ようこそ!!」
「日本の皆さん、歓迎します!!」
「待っていましたよ!!」
目の前には、驚くほど大勢の人たちが集まっていた。
記者たちがカメラを構え、警備員が周囲を固めている。
その向こうには、笑顔で手を振る人々。
まるで大きなお祭りのようだった。
「すごい……」
思わず呟いてしまう。
これほどの人たちが、私たちを待っていたなんて。
先頭に立っていた現地の関係者が、私たちを出迎える。
その中でもひときわ目を引く人物がいた。
立派な衣装を身にまとった、背の高い男性。
周囲の人々が一斉に頭を下げる。
「皆さん、紹介します。こちらはアラリサラル王国の第一王子、トーマス・アラリサラル殿下です」
第一王子。
その言葉に、日本人たちの間に緊張が走った。
王子自らが出迎えに来ているのだ。
トーマス王子は、私たちを見渡すと、満面の笑みを浮かべた。
「ようこそ! アラリサラルへ! 私が第一王子、トーマス・アラリサラルだ!」
堂々とした声が響く。
そして、日本側の代表である鈴木一徹さんが一歩前へ出た。
「ありがとうございます! この国の皆様のご厚意のおかげで、今の日本があります!」
鈴木さんが深く頭を下げる。
それに続き、私たちも頭を下げた。
王子は嬉しそうに頷き、さらに歓迎の言葉を述べた。
記者たちのカメラが一斉に光る。
こうして、私たちの異世界留学は正式に始まった。
歓迎式典を終えた私たちは、案内されるまま空港の別の施設へと移動した。
そこには、見たこともない乗り物が待っていた。
「こちらが王都へ向かう列車です」
「列車?」
思わず聞き返す。
確かに列車のような形をしている。
ただし、線路らしきものが見当たらない。
「空を飛ぶ列車ですよ」
「……空を?」
私は思わず目を丸くした。
どうやら、この星では空を飛ぶ列車が一般的らしい。
私たちは案内されるまま乗り込み、アラリサラル王国の中央王城へと向かった。
窓の外には、広大な都市が広がっていた。
空を走る交通機関。
整然と並ぶ建物。
緑豊かな公園や水路。
そして、地上を歩く人々の姿。
どれもこれも、日本で見てきたものとは規模が違う。
私は窓に近づき、しばらく外を眺めていた。
やがて列車は大きな建物の前で停車した。
目の前にそびえ立つのは、巨大な王城だった。
白を基調とした美しい建物に、金色の装飾が施されている。
その周囲には広大な庭園があり、建物の上部には見たことのない紋章が掲げられていた。
「こちらが中央王城です。これから国王陛下との謁見となります」
マックさんの説明に、留学生たちの表情が引き締まる。
私も慌てて姿勢を正した。
まさか、本当に国王様に会うことになるなんて。
案内された大広間は、さらに壮大だった。
高い天井。
美しい柱。
壁には精巧な装飾が施され、床には大きな絨毯が敷かれている。
そして、正面の玉座には一人の男性が座っていた。
年齢は五十代くらいだろうか。
落ち着いた雰囲気をまとい、威厳のある姿をしている。
その隣には、先ほど空港で出迎えてくれたトーマス王子の姿もあった。
私たちは日本側の代表に続いて前へ進み、決められた位置で立ち止まった。
「遠路はるばる、よく来てくれた」
国王の声が大広間に響く。
「私はアラリサラル王国の国王である。エイブラハム・アラリサラルだ。日本の皆さんを心から歓迎しよう」
その言葉に、鈴木さんが一歩前へ出た。
「このたびは、私たちをお迎えいただき、誠にありがとうございます。10年前、日本がこの世界へ転移して以来、皆様には多大なるご支援をいただきました。改めて、心より感謝申し上げます」
鈴木さんは深く頭を下げた。
「我々は、皆さんとの交流を望んでいる。これまでの支援は、同じ世界に生きる者同士として当然のことだ。これからは、互いの文化や知識を分かち合い、より良い関係を築いていきたい」
「ありがとうございます」
「今回の留学は、その第一歩となる。皆さんには、この国でさまざまなものを見て、知り、感じてもらいたい。どうか遠慮せず、我が国の暮らしを楽しんでほしい」
国王は穏やかに微笑んだ。
その後、これからの文化交流留学について詳しい説明が行われた。
滞在中の生活や安全面のサポート、交流先、各自の活動内容など、確認することは多い。
専門分野を持つ人たちには、それぞれの担当者がつくことも説明された。
私は一つひとつの話を聞きながら、これから始まる生活に思いを巡らせていた。
この星には、どんなものがあるのだろう。
どんな人たちが暮らしているのだろう。
そして……。
もしかしたら。
この世界には、私の知りたいことがあるかもしれない。
10年前、突然失われた家族のこと。
あの日、何が起こったのか。
そして、元の世界へ戻る方法があるのか。
私はまだ、何も知らない。
けれど、ここまで来たのだ。
何かを見つけられるかもしれない。
そんな小さな希望を胸に、私は王城の広間を見渡した。
こうして、桜井桃子の異世界留学が始まった。
さいごまでお読み頂き、ありがとうございます。
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ほんとにあると嬉しいです!
どうぞこれから桃子の物語を楽しんでください!
よろしくお願いします!




