第22話「残り、ひとつ」
四体目の解放は、南の砂漠の地下で行われた。
灼熱の砂の下、古い遺跡の最深部。そこに、黄金の毛並みを持つ原初の獣が、囚われていた。
手順は、もう、慣れたものだった。ヴァンが枷の魔力の周期を読み、ハルが結節点を断ち、ハクが魔力を注ぐ。澄んだ音とともに、枷は砕け、四体目の獣が、解放された。
だが、その解放の現場にも――例の、残党の男が、現れた。
「これで、四体目。残りは、ひとつだね」
男は、いつものように、止めようともせず、ただ、岩陰から見届けていた。
「あと、ひとつ。最後の一体を、君が解放したとき。……ああ、楽しみだ。実に、楽しみだよ、ヴァン君」
その言葉を残して、男は、また、消えた。
俺は、奥歯を、噛んだ。
毎回、毎回、同じだ。解放を邪魔せず、不気味な言葉だけを残して去る。まるで、最後の一体の解放を、心待ちにしているかのように。
……あいつは、何かを知っている。俺たちの知らない、解放の「意味」を。
◇
砂漠からの帰路。
拠点に戻った俺たちの間に、これまでにない、重い空気が流れていた。
「もう、限界だわ」
リンが、めずらしく、苛立った声で言った。
「あの男の、思わせぶりな態度。ノアちゃんの、不吉な夢。ぜんぶが、最後の一体の解放を、警告してる。……ねえ、ボス。本当に、進んでいいの? 最後の一体を、解放して」
俺は、すぐには、答えられなかった。
四体を解放した。四体の原初の獣が、自由になった。それは、間違いなく、いいことだったはずだ。なのに、進むほどに、足元が、ぐらつくような、嫌な感覚が、消えない。
「俺だって、迷ってる」
俺は、正直に言った。
「あの男の態度も、ノアの夢も。全部が、最後の一体に、何かがあると、告げてる。慎重にならなきゃ、いけないのは、わかってる」
「なら――」
「だが、リン」
俺は、リンの言葉を、遮った。
「最後の一体を、見たんだ。ガレスが掴んできた、最後の核ダンジョンの記録。そこに囚われてる獣は……五体の中で、一番、衰弱してる。もう、長くない。今、解放しなきゃ、あの子は、檻の中で、死ぬ」
リンが、息を呑んだ。
「それは……」
「目の前で苦しんでる命を、不吉な予感を理由に、見殺しにする。俺には、それが、できない。たとえ――その先に、何が待っていても、だ」
部屋に、沈黙が落ちた。
誰も、何も言わなかった。ハルも、ガレスも、リンも。ヴァンの選択の重さを、それぞれの胸で、噛みしめていた。
◇
その夜。
ノアが、俺のところへ、やってきた。眠れないのか、ハクを抱いて、小さな足で。
「ボス……」
「どうした、ノア。眠れないのか」
「うん……。あのね、ボス。あたし、また、夢を見たの」
俺は、ノアを、膝に乗せた。その小さな体は、かすかに、震えていた。
「最後の、白い子を助ける夢。その子はね、すっごく、嬉しそうだったの。やっと、自由になれたって。みんな、笑ってたの。ボスも、ハクも、リンおねえちゃんも、ハルおにいちゃんも、ガレスおじちゃんも。みんな、みんな、笑ってた」
「……いい夢じゃないか」
「うん。でも――」
ノアの声が、震えた。
「その、すぐ後にね。空が、割れたの。世界中が、ぐにゃって、ねじれて……みんなの笑顔が、悲鳴に、変わったの。さっきまで、あんなに、幸せだったのに。一瞬で、ぜんぶ、こわれちゃった」
俺は、ノアを、そっと抱きしめた。
「ボス……。最後の子を助けたら……何か、よくないことが、起きるの? あたしの夢、また、当たっちゃうの?」
俺は、答えられなかった。
嘘を、つきたくなかった。だが、本当のことも、わからない。わからないまま、進もうとしている。
「……ノア。一つだけ、約束する」
俺は、ノアの目を、まっすぐに見た。
「何が起きても、俺は、お前を守る。リンも、ハルも、ガレスも、ハクも。みんな一緒だ。たとえ、世界が、どうなったとしても。家族は、絶対に、バラバラにはさせない。それだけは、約束する」
ノアは、しばらく、俺の顔を見つめていたが、やがて、こくり、と頷いた。
「……うん。ボスがいれば、だいじょうぶ」
その腕の中で、ハクが、きゅう、と、優しく鳴いた。
◇
翌朝。
俺は、仲間たちの前で、最後の決断を、告げた。
「最後の一体を、解放する」
全員の視線が、俺に集まった。
「危険は、承知の上だ。あの男の言葉も、ノアの夢も、最後の解放に、何かがあると告げてる。だが――俺は、目の前の命を、見捨てられない。それが、俺たちが、これまで戦ってきた、理由だからだ」
俺は、仲間たち一人ひとりの顔を、見た。
「ついてきてくれ、とは言わない。これは、俺の、わがままだ。だが――」
「何、言ってんすか、ボス」
ハルが、笑った。
「ついていくに、決まってるじゃないっすか。今さら」
「あたしも、ね」
リンが、肩をすくめた。
「散々、迷うようなこと言っといて。でも、あなたが行くなら、あたしも行く。家族だもの」
「俺も、だ」
ガレスが、頷いた。
「兄貴の行く道なら、どこまでも。それが、俺の選んだ、生き方だ」
「きゅうっ!」
ハクも、力強く、鳴いた。
俺は、込み上げるものを、ぐっと、堪えた。
こいつらと、出会えて、よかった。十年前、すべてを失った俺に、こんな日が来るなんて、思わなかった。
「……ありがとう。じゃあ、行くぞ。最後の、解放だ」
最後の核ダンジョンは、世界の北の果て。
すべての始まりの地――かつて、エルがあった荒野の、さらに奥に、隠されていた。
俺たちは、まだ、知らなかった。
その解放が、世界に、何をもたらすのかを。
歓喜の絶頂が、絶望の始まりに、変わることを。
残り、ひとつ。
運命の、最後の鍵が、回ろうとしていた。
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<あとがき>
第22話を読んでくださって、ありがとうございます!
四体目を解放し、ついに残り一体。しかし、解放が進むほどに、不穏な影は濃さを増していきます。残党の男の意味深な笑み。そして、ノアの夢が見せた、より鮮明な予兆――「最後の子を助けた後、世界が壊れる」。
迷いながらも、ヴァンは進むことを選びました。目の前で苦しむ命を見捨てられない、という、彼の譲れない信念のために。そして、その決断に、家族全員がついていくと誓います。この絆の確かさが、これから訪れる絶望を前に、いっそう胸に迫ります。
最後の核ダンジョンは、すべての始まりの地、エルの跡地の奥に。次回、運命の最後の解放――そして。
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