【60】コペルニクスの描いた地図
「ぬぁぁぁ〜!どうやっても整合性が取れない!どんな基準値を設定しても矛盾が出てくる!!」
「雪雄さんさぁ…あんまり根を詰め過ぎるとハゲるよー。」
「そうは言っても凪ちゃん、今回の問題はどうにかして数値化するとか見える化しないと、いずれ重大な事態に発展しかねないんだよ…!」
「まぁ、その点については何も反論しようがないからなぁ…。」
二人揃って頭を抱えてため息をつく。
何の話をしてるのかと思えば、先日の穂奈美さんが初めて転移調査に参加した時の話だとかで。
転移の時は独特の不快な感覚があるらしいんだけど、あくまで主観でしかない上に他人と共有するとか無理ゲーで。にも関わらず、そこに差があるとわかってお手上げになったそうだ。
「この体性感覚の違いとポイントの特徴に相関性が確認出来れば、もっとアプローチする方法が見出せるはずなんだがなぁ…!」
「そんなこと言っててもしょうがないじゃん。他人の痛みを共有できないようにあの感覚は共有しようがないんだからさぁ。」
「これが痛みや味、視覚、聴覚みたいな数値化する手法が思い付くようなメジャーな感覚ならまだ何とかなると思うんだ。」
痛みを数値化って出来るもんなの…?
「雪雄さん、痛みって数値化できるもんなの?」
「臨床レベルだとペインスケールっていうのが一般的に使われてるけど、それはあくまで本人の中で最大級の痛みをMAXとした場合に、今、どのくらいかを相対化して表現するものなんだ。僕が指してるのは、痛みの刺激に対する生体反応、例えば脳波やバイタルサインの変化で測定する方法だよ。」
「そりゃーまた現実的ではないねぇ。」
「だって、僕らが必要としてるのは、あの『内側をざわっと撫でていく不快感』を数値化、もしくは客観的指標に落とし込む方法だよ。それこそ痛みを数値化するよりも無理そうじゃないか。」
「更に現実的じゃないね…。」
そして元に戻る、と。
転移しない私たちにはどうにもこうにも口を挟みづらい内容なので、ひたすら置き物と化して耳を傾ける(フリをする)しかない。
「この感覚以外に、いつものポイントと都市部のポイント…エリアの違いがあれば何かしらの取っ掛かりになるんだろうが…。」
「それこそ範囲と確率で転移するってだけだもんなぁ…。迂闊に近づいても転移しちゃうから、よっぽど準備しないとグダグダになるのは目に見えてるよね…。」
ふてくされたように頬杖をついて紅茶を啜るかあさんと、考えすぎて頭が痛くなったのかこめかみをゲンコツでぐりぐりするとうさん。
ふと、お茶を淹れてくれていた呉羽おばさんが何気なく呟いた。
「そういえば、唯。穂奈美さんを迎えに行った時に何か見えるとか言ってなかった?黒いモヤがどうとか…何だったかしら、モグラ?がどうとかなんとか…。」
その瞬間、ぐりん!と全員の首が唯に向かい、その視線が突き刺さった。
「そういえばそうだった。あの日、黒いモヤが濃くなった時に私たちが転移したって言ってたのは唯くんだったわ。」
「到着する前に、モグラ叩きみたいな、とか確率の波のモデルみたいな、とか話してくれたね。」
「えっと…はい…。確かに、そんな事もアリマシタネ…。」
とうさんたちに穴が開けられるんじゃないかと思うほど凝視されながら尋問される唯。さすがの余裕も今日は品切れのようだ。
「あの黒いモヤは常に同じ場所にあるわけではないのかい?普段はどんな場所に出るとか、規模はどのくらいとか、とにかくどんな情報でも良い、全部吐いてくれないか?」
「雪雄さん、本音ダダ漏れしてる。」
「いやあのわかりました、全部お話するので…!」
あの唯がドン引きするとか…!とうさん、暴走イノシシになってる…。
「はいはいどうどう。雪雄さんちょ〜っと落ち着こうか。ね?」
すぱん!
かる~く響いたその音にデジャヴを覚える。
見るとかあさんの手にはどっかで見たようなハリセン。サイズ感も色も。
とうさんは、それでも頭をさすりながら視線は唯に固定されていて、「あ、これ逃げられないヤツだ」と確信するには充分だった。
その後の尋問…もとい自白…もとい、質問会では、唯のライフがマイナスになるんじゃないかと思うほどに濃密なやり取りが展開された。
そして、数十分後。
「まさか、私たちの生活圏内でも揺らぎが発生していたなんて…!」
「今まで把握していたポイントと違うのは、出現してから消失するまでの変化の速さと出現位置のランダム性…都市部の揺らぎが実は更に広いエリアで起こっていて、その頻度が違うだけ、ということか…。」
「それこそ素粒子の存在確率と似たようなマップになりそうだねぇ…。」
「詳細なマップを作りたいが…これまでの話を元にするとしたら、それこそ膨大なデータになってしまいそうだな…。」
「それもそうだけど、一度ポイントについてきて見てもらうのはどうだろ?都市部の揺らぎとポイントで黒いモヤがどう見えるのか、違いがあるとかないとか教えてもらえれば…。」
ん?ポイントとの違い…?
それ、もしかしたらもしかする…かも?
「ねぇ、唯。ちょっとお願いあるんだけどさ。」
「え?何、晴ちゃん?」
「穂奈美さん迎えに行った時の状況って、今思い出して描いたりできない?」
その場の全員が目を見開いた。
「「「それだー!!」」」
「そうだ、僕たちに出来ないことが唯くんだけは出来る…画像として出力出来るんだ…!」
「出力って」
「いやぁ、自分たちが出来ないことってなかなか思い付かないって言うけどホントだねぇ…!」
「私も描けないけど」
「晴ちゃん、お手柄だわね!」
「呉羽ちゃんもだよ!」
感動して盛り上がるオトナたち。当事者なのに置いてけぼり感がハンパない唯と、同じくついていけない私は、顔を見合わせて深く、深ぁ〜くため息をつくのだった。




