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白瀬さんちの開かない扉  作者: いもっち
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32/32

【32】めげない、しょげない、あきらめない。

「おはようございまーす、ママさーん!」

「おはようございます…凪ちゃん、呉羽ちゃん…すっごい顔むくんでるじゃないの…。」

「久しぶりに女子会やったもので、飲み過ぎちゃったみたい。ね、凪ちゃん?」

「途中までは良かったんだけどなぁ…やっぱチャンポンはダメだね!今度から日本酒だけにするわ!」

「凪ちゃん、こないだもそう言ってなかった?」


 賑やかに喫茶「青い鳥」の入り口を通ってきた五人組。本日は平日のため、学生組は講義を受けに行っている。そしていつもの女性二人と男性二人、そして…


「はじめまして、茜田 穂奈美と申します。白瀬さんからご紹介いただきまして伺いました。貴重なお時間を割いていただきましてありがとうございます。本日はよろしくお願いします。」


 涼やかで清楚な声の女性で、年の頃は30代前半?もう少し若いか…?いや、紹介の電話では35歳と聞いていた。印象は大人しめで、言葉遣いも仕草も洗練されている。


「はじめまして、この店のオーナーで店長の青木 早苗と申します。白瀬さんからお電話で伺いましたけど、一応確認させてくださいね。何故こちらで働こうと思ったのかしら?」

「はい…ずっと派遣で経理の仕事をしておりましたが、今住んでいるところが体質的に合わなくて、体調を崩したものですから離れざるを得ないと…。この辺りでしたらそういった問題も少ないとのことで、白瀬さんから勧めていただきました。」

「そうだったんですね、今はお身体は大丈夫なの?」

「はい、あちらに戻らなければ問題ありません。」


 この辺りは聞いたとおり。まぁ、聞いた内容、それ自体が何かを覆い隠すためのものかもしれないけれど。白瀬さんたちが悪意を持って隠そうとできない質なのはよぉ〜く知っている。

 何ならこわ~い番人が側にいるし。


「それじゃ、実務について教えてちょうだい。経理の仕事が出来るそうだけど、具体的にはどう?」

「日商簿記の2級と給与計算実務能力検定を持っています。月次計算や給与計算、原価管理に携わっておりました。」

「あら、色々と出来そうね。Excelは?」

「はい、一通り…MOSも取りました。」

「まぁまぁ!じゃ、即戦力になるわね!助かるわ〜!」


 これは良い拾い物だ。自分の目が曇っていなければ、人柄も能力も接遇も申し分無し、これなら嫌がられなければホールも任せられそうだ。


「それじゃ、採用ってことで良いかしら!いつから来てもらえるの?」

「えっ?!さ、採用していただけるんですか?!」

「ええ、もちろん!実務バッチリ、接遇も今のやり取りで申し分なかったわ!」

「実務って…?」

「資格は取れる人しか取れないの。取れたならそれはそのレベルを保証されたと同義なのよ。だから、逆にその資格を持っているに値する技能を維持しておくべきとも言えるわね。」

「な、なるほど………?」

「じゃ、ママさん。まだ急なことであちらの退職手続きとか引っ越しの手続きと作業とかあるから、今日明日すぐにというのは難しいからキリのいい来月からでどうだろう?」

「確かに、それもそうだわね。わかったわ、白瀬さん、茜田さん。」


 なるほど…あちらを離れるべき事情が片付いてないのに来たということは、離れることを優先すべき何かがあるってことか。

 だったらそろそろオレも出るべきかな。


「こんにちは、はじめまして………!」


 カウンター越しに初めて目の前に彼女を捉えたその瞬間、あまりの衝撃に身体が動かなくなった。陰から覗いているだけではわからなかった、彼女の姿が、視線が、息遣いが、漂う仄かな香りが、オレの五感を刺激してやまない。少しでも目を離したら消えてしまいそうな儚げな佇まいなのに、目線は凛としてオレを捉えている。


「…結婚してください!」


 口が勝手に動いた。だが、全身が正解だと叫んでいる。この人だ、この人しかいない、と。


 だが、返事は当然ながらつれないものだった。


「あの、すみません……、どちらさまですか………? 初対面の女性に言うには向かない冗談だと思いますよ………?」


 逸るあまりに自己紹介も忘れるとは…!


「失礼しました、青木オーナーの長男でこの度、新たな事業を立ち上げる責任者となりました、瑞穂(みずほ)と申します。冗談ではなく、本気で結婚を前提にお付き合いを申し込んでおります。是非に…!」


 訝しげに、申し訳なさそうに答える彼女、オレの自己紹介に目を丸くする彼女、そして…何故諦めたような悲しそうな笑顔に…?


「あの、そういう事を仰らなくてもきちんと仕事はさせて頂きます。ですから…。」

「瑞穂くん!ちょっと落ち着こうか!」


 恐らく決定的な断りの返事をオレが聞く前に遮ってくれたのであろう、焦った表情の白瀬さん。ふと周りを見ると目を丸くした黒部夫妻と面白そうな表情を隠しもしない白瀬さんの奥さん。頭を抱えて後ろ手に持ったハリセンが見え隠れするおふくろ。

 ………そのハリセンどこから持ってきた?と思う間もなくスパーン!とフルスイングで、小気味良い音を立ててシバかれた。


「あんた一体何やってんのーーーーー!」

「え、プロポーズ。」

「初対面でやることじゃないわー!」

「気が付いたら言ってた。反省はしていない。」

「「「「反省しろーーー!」」」」


 ちなみに、これに唱和しなかったのは、当事者の穂奈美さん(❤️)と白瀬さんの奥さんだけだった。


「改めて、仕事の話をしよう。な?瑞穂くん!そのために来たんだろう?」

「そうですね。あと結婚してほしいです。」

「それはもういいから。」

「まず、オレの役割から説明します。元々去年度末までプログラマーやってたんで、店の経理システム関係を整備します。今でも使えてる仕組みは残しながら、もっと便利になるように。で、正直、プログラムは組めても実際の運用となると数字に疎いんで、そこを穂奈美さんに請け負ってもらえると助かります。」

「え、っと、はい…。」

「それと同時進行で、通販事業を立ち上げる予定です。大まかな取扱商品のピックアップと在庫の確保は出来てますが、稼働し始めたらどう動くのか予想しにくい。」

「確かに…そうですね…。」

「初年度で大体の売り上げ目標はこのくらい、これに達しなかった時の代替案はこんな感じで…。」

「あの、それだったらまずはお店の方でカバー出来るようなシステムや品数の調整を考えた方が…」

「なので、そちらでも知恵を借りたいんです。」

「…えっ、あ、あの、差し出口を挟んですみません…!」


 仕事の内容を提示するにつれ、引き込まれるようにその中身の精査と改善案を示して、更に図らずも謙虚さが露呈したやり取り…。やはりこの人しかいない。


「来月から、という話ですが、店に慣れていただいた方が何かとスムーズにいくと思うんです。なので、お時間のある時に店に来ていただくことは出来ますか?」

「えっ?あの、それはどういう…?」

「店のメニューを実際に味わっていただくためと、来客時の店の様子、客層の把握…あと。」

「あと?」

「オレが貴方を口説くチャンスを増やしたい。」

「正直か!!」


 またハリセンでシバかれたが、この流れで目を丸くしている彼女を諦めるなんて選択肢は素粒子レベルで、ない。


「オレは、本気です。選択肢は貴方にありますけど、貴方を欲しがることは許してもらえませんか?」

「…こういう時ってどうしたら良いんですか…?!」


 キャパオーバーなのか、白瀬夫妻たちに助けを求めるようにうっすら涙目で叫ぶ彼女。


「こういう時は『お友だちからはじめましょう』で良いんじゃない?」


 笑いをこらえるように、そしてなだめるように穂奈美さんの肩をぽんぽんと優しくたたく白瀬の奥さん。

 言ってる事はマトモだが、絶対面白がっているに違いない。だがこれを逃すつもりもない。


「それでも構いません。どうでしょうか?」

「じゃ、じゃあそれで…!」

「やった!ではこれからもよろしくお願いします!」


 両手で彼女の手を包み込むと、真っ赤になった彼女が、声も出ない風情で頷いてくれた。手、ちっせぇ………!すべすべだ…繊細な指に整えられた爪…もっと握っていたい…!


「いつまでやってるの!」


 3回目のハリセンを敢えて受けて、渋々手を離した。あの手の感触、絶対忘れねぇ…!

 仕事を頑張る理由が増えた。やってやる。そして彼女を幸せにするのはこのオレ以外にないと、証明してみせる!

 手を握った余韻に浸る目の端で、おふくろが必死に頭を下げていた。悪いな。でも止まらねえんだ。許してくれ。


 これからの生活を思い、胸が高鳴る一方のオレであった。

ちょっとは自重しようよ………。

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