01.術師の掟
術師の掟
第一章・第一条
我欲に溺れ、術を発出する者
すなわち術に喰われる者なり
術師たるもの肉体のみならず
精神もまた健全たれ
夜半過ぎ。薄玻璃のグラスが唇に触れると冷っとして、うなじが逆立つような感覚がした。
初夏とはいえ、夜はまだ冷える。
ここは帝国立術研究所という仰々しい名前のついた、国家術師の養成施設である。
術を大成して、国家術師を目指そうとする者が
全国各地から集まっている。
泰山幸もまた、故郷から遠く離れてここにやってきた。ここのところ慣れない暮らしと訓練のレベルの高さに毎日辟易している。トップの成績を修め、国家術師にならなければならないという重圧から夜中に目が覚めてしまうことも増えた。
「水も薄玻璃で飲むと味が違う」というのは、
同室の男の口癖である。男は名を真門士郎といった。
共有スペースの窓辺に置かれたデキャンタには水が並々入っている。これは真門が汲んできたものだ。
真門は火の術師である。実技訓練のあとは必ず
大量に水を飲む。本人はこれを「消火」と呼んでいる。その際、薄玻璃に術で氷を入れるのは、幸の役目になりつつある。
真門の実家は財閥である。それ故に、彼の私物は上質なものばかりだ。今手に握られている薄玻璃も彼のもので、同室のよしみで使わせてもらっている。薄玻璃には切文様が施されており、季節の花が刻まれている。今時分は杜若である。というのも、入寮した頃には桜のものを使っていたので、季節ごとにグラスを変えていることに気づいた。その他調度品も舶来の洒落たものを実家から持ってきている。男所帯だが、彼の風流な趣味のおかげで、この部屋はどこか応接室のような気品が保たれているのだった。
個室のドアが開き、真門が出てきた。廁だろうか?
月明かりに照らされた顔には、汗が滲んでみえた。
「なんだ、君も起きていたのか」そういうと、薄玻璃をとりだし、デキャンタの水を並々と注いだ。「氷を出そうか?」否、ときくと首を振った。水を一気に飲み干した真門が言った。
「悪夢を見た。術に喰われる夢だ」
幸は真門の榛の瞳に恐怖の色を見た。
「私は術に喰われるのだけは御免だ」
真門はこちらを真っ直ぐ見据えて続ける。
「泰山、もし私がそうなったときは、心の臓ごと凍て尽くしてくれ」
月が雲に隠れたところで幸は答える。
「お互い様だ。君も知らない訳ではないだろう?組手がなぜ、対する術を持つもの同士なのか。僕たちは運命共同体さ」
月は再び顔を覗かせて、青年たちの沈黙を照らした。




