決戦直前
西暦1798年5月28日
ラグドル村での戦いから二週間。
私はブリアル騎士団第四中隊第四班班長として二週間の間に3つほどの分離主義者との戦いを経験した。
彼ら、分離主義者は恐れを知らない。
というより、恐れを知らないフリをして騎士へと立ち向かう。
そんな勇敢というか無謀な勇気を持つ彼らとの戦いも今日で大詰めだ。
たしかに戦いはこのハレンヒ公領の腐敗がなくなるまでは続く事だろう。
だが、ある程度、抑える事ができている今、騎士団にとってこれは大きな一戦となる事は間違いないのだ。
が、一つ気がかりがあるとすれば、昨夜のことだろう。
私にバフ副隊長は結局、何が言いたかったのだろう。
私もつい感情的になってしまい、話はそこで終わってしまったが、彼は何か伝えようとしてた。
直接、口には出さなかったが、何かを言おうとしていた。
騎士団の腐敗?
それがどうしたのであろう。
二週間もその腐敗した組織にいれば、その腐り方は分かるものだ。
賄賂、ゆすり、不法行為の黙認、様々な事での腐敗とそれを取り締まらないこの組織は腐りに腐りきって崩壊しかけと言ってもいいくらいだ。
騎士団内に敵がいるという警告?
なら最初の戦いの時から私は気をつけているから必要のない警告だったかもしれない。
だが、まぁそういう面に関してあの男はバカではない。
だったらまた別の事だろうか。
親も親なら子も子、この言葉は好きじゃない。
なぜなら、親と子が別人で違うという大きな可能性を無視した発言だからだ。
が、まぁ一理あるとも思うのだ。
例えば、親の言動を子供は覚える。
その結果、口の悪い親の子は口が悪い。
そんなことはよくある。
この組織もそれは一緒。
親であるハレンヒ家が腐っていれば、その下につくブリアル騎士団も腐っているといったところだろう。
そんな腐っている一族内で分離主義者に手を貸すものがいるらしい。
その時点で一族の結託性のなさが窺えるが、まぁ知った事ではない。
そのハレンヒ家内に分離主義者どもの親玉がいるなら、私たちのこれから行く戦いも結局は大きくも小さくもない。
意味すらないとも言えよう。
あくまでハレンヒ家内の裏切り者の話は噂に過ぎないが。
さて、それで今は集合地点にて他隊との合流を待っているわけだが、予定時刻をどれほど過ぎていると思っているのだ?
中隊は全部で5つあるのだが、今は第一中隊と我が第四中隊のみが集まっている。
第一中隊はまぁ本拠がドレルクで一緒だから集合も間に合うのだが、それでも場所が違うから集合に間に合わないというのはおかしな話だ。
かつての世界じゃ、小学生でも時間前行動なんてものができるというのに。
「班長、他隊がやってきましたよ」
「やっとか…待たせすぎだ…」
本当にこの世界は時間にルーズというか時間を知らないというか。
一応、この世界でも1日24時間という概念はある。
だが、人々はそこまで教養がない。
だから、大抵、鐘の鳴る時間で物事を進めるらしい。
「第四中隊ー!前へー!!!」
隣の班の旗を持つ男が叫んだ。
「ーーーという事なので、我が班は南方の市街地の背後からの一撃を敵にお見舞いする。魔力を前回まで振り絞って突入するから、皆は必死でついてくるように」
「「「「ハッ!」」」」
これにて作戦説明終了。
作戦といってもそれほど複雑なものではないが。
我が第四中隊は安全な外壁での警戒だというのに、第四班だけは、あの豚野郎の進言で騎兵の苦手な市街戦を強要させられる事となった。
本当に最低だ。
なんと言っても、市街戦は初めてだからなぁ。
味方死傷者が出ないように留意しないと。
それにしても、背後の第一中隊の中央を見ると少し豪華な装備に身を包んだ初老の男性がいる。
まぁ、あれが騎士団長なわけだが。
第一中隊なんてのは普段から公爵家の護衛なんかで手一杯なわけで、他班に比べて弱いとはよく言われる。
正確には強い奴が入れられるんだろうが、実戦経験に乏しい彼らは弱いと言われるわけだ。
で、あの中隊長は豚野郎よりかはマシだが、本当に実戦で戦えるんだろうか。
戦い前だというのに穏やかな顔で進軍している。
「班長、見えてきました」
その声は背後にいたカトゥーシャだった。
「おお…えらく黒煙がもくもくとあがっているじゃないか」
その都市は城壁に囲まれたドレルクと景観のよく似た街だ。
違うといえば大聖堂がないくらいだ。
それにドレルクと違って城壁の周りに森なんかはなく、平坦な地形がずっと続いている。
今も少数の現地自衛団達は分離主義者に対抗しているようで、街の中心部から南の方にかけて黒煙が昇っている。
「アラハンゲルスキー副班長、魔力は感じるか?」
「いえ、多少なら魔力を感知しますが、大きな魔力は特に…」
「同意見だ。いつも通りの敵さん達だ」
魔力を自由に扱える者が少ないのは嫌な点だ。
この班で、いや、この騎士団でまともに魔力を扱えるのは私とカトゥーシャぐらいだろう。
他の隊のほうにも目を向けてみたが、目に当たる魔力反応はほぼない。
まぁ、そんなものか。
「全隊!止まれ!」
そんな声が後方のあちこちから何度も聞こえた。
そして、その声に反応して我が班も止まる。
「聞けーーー!!!団長からの訓示!!!」
訓示?あのおじいちゃんから?
せいぜいスポーツマンシップにのっとり正々堂々、怪我には気をつけて気持ちよく戦いましょうとかか?
時間の無駄だな。
「諸君、我々はハレンヒ家に仕える偉大なる騎士達の集まりである。それを忘れず、忠義を最後まで尽くして戦い抜こう!以上!」
もう終わりかい。
早すぎるよ。
絶対必要ないよ。
今の。
訓示じゃないでしょ。
「では、各隊指揮官は自隊の指揮をとれ!別動班は各々、班長の指示に従い!目標へと向かえ!次にコロベルクにて鳴る鐘が一斉攻撃の合図だ!いけー!!!」
「「「「おおーーー!!!」」」」
やれやれ、腐った奴らの集まりでもこんな時はやる気も出すもんなんだな。
「では、諸君、言われた通り、我々も移動を開始しよう。南方からの突入を行うので南方城壁付近まで移動するぞ。合図で城門を突破して一気に内部を制圧する!行くぞ!」
「「おおーーー!!!」」
我が班でも先ほどよりかは小さくとも威勢のいい声があがる。
さて、あの老いぼれ騎士団長に我が班の違いを見せつけてやろうか。
いい天気の日だ。
まさに戦い日和だな。