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Dining Bar 「アリス」へようこそ  作者: そーまる
3/3

〜2品目 マルゲリータピザ〜

「そうですか、はい、はい、分かりました。ありがとうございました。」


もう何度聞いたか分からない、お断りの電話を切りながら、私は大きくため息を吐いた。


私こと三枝櫻子は、現在人生最大とも言えるピンチを迎えていた。

私は昔から運が悪い。というよりか、間が悪いのだ。


たまたま通りかかった道で、たまたまリードが外れていた犬に噛まれ、2時間並んだ限定ケーキは、ちょうど自分の前で売り切れる。まるで出来の悪いギャグ漫画のような人生を歩んできた。


今回のピンチも、その不運な間の悪さによるものだ。


私は一人暮らしで大学に通っているのだが、元々裕福な家庭ではないため、生活費は自分でバイトをして稼いでいた。

つい先日までは、中学生相手の個別講師として塾で働いていた。生徒も少しずつ成績が伸び始め、順調だった。


その生徒からラブレターをもらうまではだが。


私としては全く心当たりが無いのだが、よくもうちの子を誑かしたわねとご乱心した母親が、塾や学校に直接言いつけたらしく、めでたく私はクビとなった。

あのませガキめ、そんなもん書いてる暇あるなら勉強しろ。


ついつい本音が出たが、そんな訳で私は無職となり、初めは親に泣きついたものの、「自分でなんとかしてみなさい」と見事に千尋の谷に叩き落とされ、絶賛求職中である。

しかし、そんな私の事情など露知らず、生来の間の悪さはいかんなく発揮された。新しいバイトの面接に向かう電車は整備不良で止まり、持っていた履歴書は途中で強風に飛ばされた。


まったくもって空気を読まず襲いかかる不運に、半ば私が絶望していると、腹の虫がきゅーと鳴いた。

そういえば今日は朝からバタバタしていて何も食べれていなかった。


もう何でもいいから何か食べて帰ろう。自らの経済状況を省みず、やけっぱちに近い形で店を探していると、ふっと香ばしい匂いが漂った。


匂いのする方を見てみると、そこには一軒のお店があった。雰囲気の良さそうなお店だが、ここにこんなお店があっただろうか。小さな看板の横に掛けてある黒板には「らんちやってます。」と幼げだが味のある文字で書かれている。

ぼんやりとした疑問はあったが、一度認識してしまった空腹は抑えがたい。

私はその「Arice」というお店に、入ってみることにした。



中に入ってみると、席はテーブルだけでなくカウンターもあり、奥にずらっと並んだお酒の瓶から察するに、夜はBARとしてもやっているお店のようだ。


店員さんは中に居るのか、私の入店に気づいていないようなので声をかけてみた。


「すみませーん、やってますかー?」


「おやおや...!申し訳ありません、ただ今参ります。」


声が返ってきたので、どうやら営業中らしい。中々に渋い良い声だったのでどんな人だろうと考えていると、声の主がひょこっと奥から現れた。


「大変お待たせいたしました。ランチは始めたばかりでしてね、この時間からお客さんがいらっしゃることが少ないもので、料理の仕込みをしておりました。」


奥から現れた店主と思われる人物は、なぜか頭がウサギであった。

彼を見た瞬間、私は眩暈を覚えた。私の不運はたまたま入った飲食店ですら、襲ってくるのか。ウサギの被り物を被った店主がいるお店など、十中八九地雷に決まっている。


「あの、その、頭というか、顔というか、一体どういった、その、なんでですか?」


分からなさすぎて支離滅裂になってしまっている私に、あっけらかんと店主は答えた。


「この、頭ですか?ああ、これは最近流行りのこすぷれという物です。やはり、BARのマスターたるもの、若者の流行にも敏感でなくてはなりませんから。」


あまりに堂々とした返答に、おかしいのは私なのだろうかという錯覚すら覚えてきた。最近のコスプレの被り物の目は、まばたきするのですかと尋ねたかったが、ぐーと鳴いた腹の虫に押し止められた。


「おやおや、元気なお腹ですね。どうやら、お腹が空いているご様子。何かお作りいたしましょうか?」


どうせ、他の店に行っても何かしら起きるのだろう、こうなったらもう、ここで覚悟を決めるしかないのだろうか。私は諦めにも似た気持ちでカウンター席に着いた。


「...なにか、オススメをお願いします、店主さん。」


「かしこまりました。それから私のことはお気軽に、マスターとお呼びくださいませ。」


そう言い残すと彼は調理のためか奥へと引っ込んでいった。

程なくして、奥から香ばしい香りが漂ってきた。正直あまり期待してはいなかったのだが、この香りを嗅ぐと嫌が応にもよだれが溢れてしまう。


するとマスターが料理を手にして私の前へともどってきた。


「どうぞ、本日のオススメの、マルゲリータピザになります。生地もソースも手作りになっております。火傷しないようにお楽しみください。」


目の前に置かれた焼き立てであろう丸いピザには、真っ赤なトマトソース、たっぷりの白いモッツァレラチーズ、目にも爽やかな緑のバジルが乗っていた。

まるでイタリアの国旗のような鮮やかな彩りが食欲をそそる。


ピザはあらかじめ切ってあるらしく、その中のひと切れを掴み持ち上げると、チーズがとろけながら伸びていく。


「いただきます!」


正直辛抱がたまらなくなっていた私は大きく口を開けてかぶりついた。


「お、おいしいーー!!」


濃厚で、それでいてトマトのフレッシュさを感じさせるソース、その濃厚さに重ねるように口の中でもちもちと跳ね回るチーズ。ともすれば濃すぎてしまう味わいにバジルが爽やかなアクセントを加える。

正直これならいくらでも食べてしまえそうだ。食べ進める手が止まらない。自分でも驚く程の速さで、あっという間に完食してしまった。



「マスターさん、ご馳走様でした!こんなに美味しいピザは初めて食べましたよ!」


「それは良かった。人間やはり、お腹が空いていると何事もうまくいかないものです。心と体に英気が満ちていないと、運気を呼び寄せることも出来ないでしょう。」


その時、私は少しドキリとした。まるで私の今の境遇を知っているかの様な一言に感じられたからだ。ふっとマスターの方に目をやると、ウサギのきぐるみの、大きな丸い瞳がこちらを見ていた。


どこまでも澄んでいて、どこまでも深いような湖のようなその瞳を見ていると、私の口からある言葉が不意をついて発せられた。


「あの、マスターさん。私をここで雇ってもらえませんか?」



この瞬間から、私の人生は大きく変わっていくことになるのだが、呑気に口の周りにトマトソースを付けているこの時の私にはまだ、知る由もなかった。

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