勇気その二二 ~ 勇気その二八
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勇気その二二 『“魔王”さん』
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僕はブルさんに抱かかえられたまま“魔王城”の中へと案内されていた。
途中、中庭にゴロゴロと色を無くしたプレイヤーの死体が転がっていたが僕はなるべくそれらを視界から外した。
「ここが“魔王”様がいらっしゃる謁見の間よぉ~ん。お・し・ず・か・に・ねぇ~ん」
ついに……着いてしまった……極悪非道、絶対無敵の“魔王”さんがいる部屋に……。
ナーガさんが両開きのドアをノックする。
「“魔王”様、ナーガです。少しよろしいですか」
しかし返事は無い。もしかして留守なのだろうか。これは事なきを得るんじゃ!?
「あ、あはは。“魔王”さんは留守のようですし、別に僕みたいな下層プレイヤーが“魔王”さんの時間を割くのもなんですし……また日を改めて……」
「“魔王”様。入りますよ」
だが僕の言葉なんて聞く耳もたずナーガさんはその扉を開けてしまう。
その扉から空間が開けていく。
玉座まで伸びる赤い絨毯、両の窓にかかる波打った上質の赤カーテン、両端にずらりと並んで立つ黒甲冑、映画やドラマでしか見たことが無いような大きなシャンデリア。
その玉座に彼――“魔王”さんはいた。
いや、厳密には……玉座の肘置きに立ち、上半身全裸のまま背中を向けてボディビルダーが如く、バックダブルバイセップスというポーズをしていた。
彼しかいない大きな部屋で、筋肉を見せびらかす“魔王”さんの姿がそこにはあった。
「……………………」
ナーガさんは時間を巻き戻すようにそっと扉を閉めていた。
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勇気その二三 『《ディカイオシュネ》No.2』
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「“魔王”様は不在のようだわ」
扉を閉めた後、ナーガさんはしれっとそう言い切った。
え……明らかに今、いたよね!? 今のが噂の“魔王”さんだよね!?
「どうした。みんな揃って何を突っ立っているんだ」
背後から声がかかって振り返ると、そこには蒼と白を基調とした鎧を着込む女性が立っていた。
背中に靡く長髪は上質の銀を溶かしたように輝いている。
背中に折り畳まれた白い翼とその格好から北欧神話のヴァルキュリアを彷彿とさせた。
その姿から僕は彼女が誰だか見当がついてしまった。
《ディカイオシュネ》のNo.2。
元《天界の翼》のセルズリーダー。
“魔王”さんの第一のしもべにして懐刀。
――“天空”の〈ヴァルキュリア〉さん。
そのルックスと凛とした佇まいから人気が高い人だ。
『ヴァルキュリア様ファンクラブ』というものが存在するらしく、その人気はCSNゲーム界で計り知れないほどだ。
ヴァルキュリアさんに斬られたい踏まれたいという人はCSNゲーム界に数多くいるらしい。
「わーい、ヴァル姉だ~! はろあぐ~!」
アゲハちゃんがヴァルキュリアさんの腰に抱きついて頬擦りする。
「アゲハ。挨拶はちゃんとしろ。いつも言っているだろう。だいたいなんだその格好は。スカートが短すぎるぞ。女性として恥ずかしくはないのか。そんな格好をしていると安く見られる。損をするのはお前だぞ。なぜ煙たがれるだろうことを私がお前に言っているのか分かるか。お前を妹のように可愛く思っているからだ。いいか、お前はまだ幼いのだ。今から色気づく必要もあるまい。日本人女性の良き所は奥ゆかしさにあるのだ。妄りに見せびらかすものではないんだ。殿方の歩みから一歩下がって付き従う。そしていざという時には剣を取り、殿方の盾となる。私はな、アゲハ。そういう古き良き日本が残した――」
ヴァルキュリアさんの説教はその後、アゲハちゃんが涙ぐんで鼻をすすりだし、ナーガさんが『ヴァル、もうそのくらいにしなさい』と言うまで二〇分続いた。
「……すぴー……くかー……」
ユーティさんがものの二、三分で眠ってしまっていたのは言うまでもない。
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勇気その二四 『図太い?』
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長~い説教の後、ナーガさんがヴァルキュリアさんに僕とユーティさんの顛末を説明してくれていた。
「ほほう。そうだったか。うちのが迷惑をかけたな」
「いえいえいえいえっ! 滅相もございませんっ! 僕、本当に何もしてないんで! ただ話の流れに流されただけというか……!」と僕はぶんぶん顔を振った。
「フフ、謙遜しなくていいぞ。これには私もナーガも“魔王”様もかなり手を焼いているんだ。礼の一つでもせんとな」
…………《ディカイオシュネ》No.2やあの“魔王”さんでさえ持て余しているユーティさんって一体……。こんな超有名人しかいないセルズの中にいてもなお自分のペースを崩さないって凄いよなぁ……。
神経が図太いんだろうなぁ……。
僕が眠りこけているユーティさんをじっと見つめていると、「ハッ」と彼女は眼を覚ました。
ごしごしと眼をこすって僕の視線に気づく。
「………………む。……お前が見つめるから眼が覚めたじゃないか。私はウサギさんのように心が繊細なんだ。意味もなく眺めるのはやめてくれないか」
「…………あ、はい」
もはや僕はツッコミを入れる気力も失せていた。
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勇気その二五 『“魔王”さん?』
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「“魔王”様に謁見だったな。構わないぞ。さあ、入ってくれ」
ヴァルキュリアさんが謁見の間の扉を開ける。
再び、空間が開けていく。だがどうしたことだろう。さっきはあった“魔王”さんの姿はそこになかった。
「外出してらっしゃるのか」
と、その時だ。ガチャンと音がして僕らは視界の隅にそれが少し動いたのを捉える。
それ――部屋に整然と並んで立つ黒甲冑の一つである。
まるで『みんな気づいてないな、うしし』と言わんばかりに肩がぴくぴくと楽しそうに震えているのだった。
僕らは無言でじーっとその黒甲冑を見つめる。
すると、黒甲冑の中の人は視線がこちらに集中していることに気づいたのだろう。
ぴしっと他の黒甲冑と同じように直立不動になった。
“魔王”さぁぁん!? バレバレですよぉお!?
「“魔王”様? いらっしゃらないのですか、“魔王”様~?」
ナーガさんが白々しく“魔王”さんを呼んでみる。しかし、返答はない。
「“魔王”様はいらっしゃらないようだわ。お戻りになるまでお茶にしましょう」
ナーガさんは“魔王”さんの身体を使ったボケを全力でスルーしていた。
ええええぇええ!? いいのぉ!? 明らかにあの黒甲冑の中でしょぉ!?
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勇気その二六 『ユーティさんは鳥頭』
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それから僕らは丸テーブルを用意して、“魔王”さんが戻ってくるまで謁見の間で談笑しながら待つことになった。
「ユーティの方向音痴を治す方法はないものかしら。これじゃあ奇策には参加できないし援軍だって任せられないわ」とナーガさん。
「珍しく意見が合ったな。それについては同意だ。こいつほどの戦力をちゃんと使えないのはもったいない話だ」とヴァルキュリアさんも頷く。
「アゲハはどうにもならないと思うなぁ。そもそもユーティは三歩歩いたら内容を忘れる鳥頭だもん。作戦内容だって右から左に脳を素通りしちゃってるだろうしー」
「そんなにユーティさんって物覚えが悪いんですか? クールな印象を受けますし、頭が良いように見えますけど……」
僕がフォローを入れてみるが、すぐにブルさんが世間話をするおばさんみたいな仕草で笑った。
「やぁねぇ~。ユーティったら凄いんだからぁん。
この前、ユーティと勢力図拡張遠征に行った時、勢力線沿いで《螺旋の騎士》の一団を見つけたのよぉん。だから二人で挟み撃ちしようって作戦を立てて私は戦い始めたんだけどぉ。ユーティったらいつまで経っても来なくて、結局最後まで私一人で戦ったのよねぇん。
後で問い詰めてみたら道に迷った挙句、《七雄剣》の“炎剣”ちゃん一団と《鋼鉄連合》の“口鋼”ちゃん一団が縄張り争いしてる戦場に辿り着いて乱入してたらしいのよぉん。
私のことなんかキレーィに忘れちゃってねぇん」
……二つの勢力がぶつかりあってる所にいきなり《ディカイオシュネ》が現れたその時の状況を想像してみる。“炎剣”さんと“口鋼”さんの仰天っぷりったらなかったんだろうなぁ。
「しかも、ユーティったら両勢力とも撤退に追い込んでその地域を漁夫ってるのよねぇん」
ちょっとぉお!? 一人で大手セルズ二つの【二つ名持ち】部隊を退けたってことぉ!?
《ディカイオシュネ》ってほんとに天災じゃないですかぁー!
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勇気その二七 『とってこれる?』
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「……むぅ。聞き捨てならないな。私のどこが鳥頭なんだ。私はそこまで物忘れが激しくはないぞ……ぶつぶつ……言いたい放題じゃないか……ぶつぶつ」
ユーティさんがそっぽを向いていじけてしまう。
「じゃあ、ユーティ。今からアゲハが言うものをとってこれたらもう二度と鳥頭だなんて言わないよ。どう~? やる~?」
「ああ、いいぞ。なんだろうととってきてやるさ……!」
売り言葉に買い言葉。ユーティさんが勇ましく席から立ち上がった。
「じゃあねぇ……厨房からレモンティーの粉をとってきてみてよ」
「なっ……! 馬鹿にするなっ……! いいだろう、レモンティーの粉だな……!」
怒ったように肩で風を切ってユーティさんが謁見の間から出て行った。
彼女を見送った後、すぐにアゲハちゃんがテーブルへと身を乗り出す。
「ねぇねぇ、賭けしない!? アゲハは『とってこれない』に一〇〇万ゴールドね!」
「いいじゃないのぉ~。やりましょ、やりましょ~。じゃあ、私は『とってこれない』に五〇〇万ゴールドよぉん!」
「フ、賭けか。嫌いではないな。私は『とってこれない』に一億ゴールドだ」
「一億だなんてはした金だわ。私は『とってこれない』に全財産を賭けるわよ」
ヴァルキュリアさんとナーガさんが睨みあってバチバチと火花を散らす。
なんだろう……もしかして仲が悪いのかな、この二人……。
っていうか、これ、賭けがぜんぜん成立してませんよ、みなさん!?
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勇気その二八 『仲が悪いの?』
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「フン。何が全財産だ。子供のように金額を吊り上げただけで私より勝っているつもりか、ナーガ。……馬鹿馬鹿しい」
「愚かね、ヴァル。私はあなたのようにちまちまとした面白味の無い人生だなんてご免なのよ。時には大胆に動くことも人生を勝利するためには必要なのだわ」
「フン。たしかにお前は大胆だな。言葉に出さずともそのはしたない服装が物語っている。そんな服装で“魔王”様をたぶらかせるとでも思っているのか、女狐痴女め」
「ち、痴女ぉ? 痴女ですって? あなた、今……私を痴女といったのかしら?」
なんだかどんどんイヤ~な空気が張り詰めてきた。慌て始める僕と違ってアゲハちゃんとブルさんは『また始った……』とばかりに傍観してカップに口をつけている。
「ああ、痴女だろう。あ、いや、メス豚の間違いだったか? なんにせよ、私の――コホン、私たちの“魔王”様に色目を使うな。迷惑だ」
「~~っ、ふっざけないでくれるかしらッ!!」
ついにナーガさんが机をぶっ叩いて椅子から立ち上がった。あわわ……!
「私は痴女じゃないわっ!!」
ナーガさんは鼻息も荒く右拳をぐっと強く握る。
「露出魔よっ!!」
僕は飲み物を口から吹き出さずにはいられなかった。
4コマ仕立て(4コマだとは言っていない)