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冬島蓉介とユキ

 とある寂れた花屋。そこは昔から経営していた店だったが、一週間後には閉店が決まっていた。花に対する知識をあまり持っていない店員揃いなせいか、客は滅多に訪れない事で有名な花屋だった。

 人気を狙ってわざわざ高値の花職人も何体か仕入れても粗悪品ばかりだったため、誰も手を出さなかった。経営は更に厳しくなり、とうとう閉店にまで追い込まれた。


 その日は閉店間際という事で花や花職人が通常では有り得ない安値で販売されていた。そういう事なら、と今まで見向きもしていなかった客も安さに目が眩んで財布を取り出す。


「どうぞ!うちの店最後の花職人はいかがでしょうか!」


 眼鏡を掛けた店長の隣にいるのは真っ白な花職人だった。白い髪と白いワンピースと水色の瞳をした少女の姿をしていた。

 少女の両手の平から緑の茎が上へ向かって伸び、先端の膨らんだ蕾が開くと花弁が広がった。

 右手には白い薔薇。

 左手には白いチューリップ。

 店長が「どうでしょう!」と近くにいた主婦に勧めるが、彼女は花職人を見た後に顔をしかめて首を横に振った。


「それ、白い花しか出せないって聞いたわよ。だからずっと売れ残ってんじゃないの?」

「で、ですからそれに見合った値段にまで下げて……」

「安けりゃいいってもんじゃないでしょ!顔はいくらかよくても綺麗な花をたくさん咲かせられないなら、ただの図体でかいだけの動く人形よ。それを買うくらいなら息子のゲームソフト買った方がまし!」


 図体でかい、の所で少女の瞳に涙の膜が出来る。ぷるぷる震える肩に気付かずに店長と客の口論はエスカレートしていく。こっちも売れ残って処分に困ってたと店長も本音を店内に響かせた。


「お前もお前で黙ってなんか言」

「安いなぁ、これ。俺の昨日の夕飯だぞ」

「夕飯ってお前は水しか……ん!?」


 いつの間にか花職人の隣には茶髪の青年がいた。髪を軽く引っ張ったり頬を指でつついて、花職人に怯えた表情をされていた。


「お客様ぁ……それ一応うちの商品なのでそうやって触るのはちょっと」

「えっなにそれこわい。俺の給料一ヶ月分の花職人ここまで値下げしといてまだ商品扱いってちょっと」

「その人形は白い花しか作れないんですよ。粗悪品ってやつですかね」

「あ、すんません。俺寝不足で頭痛いんで近くで喋られるのきつい」

「説明させたのお客様でしょうよ!」


 青年のよく分からない態度に店長の怒りは彼に向けられる。主婦は毒気を抜かれて二人のやり取りを眺めているだけだった。花職人の少女も少しくしゃくしゃになってしまった髪を直しながら状況を見守っていた。

 店長からの迷惑だと言うような視線を全く気にせず、青年がズボンのポケットから財布を取り出す。え、と店長と主婦だけでなく、密かに見ていた他の客も声を上げた。


「諭吉一体と花職人。はい、等価交換」

「お客様ぁぁぁぁぁ!?」

「だから頭痛いんだって。あと釣りはいりませんから」


 一万札を店長に無理矢理握らせるついでに一睨みする青年に、少女は恐る恐る近付く。先程まで白い花を咲かせていた小さな手を握ると青年はそのまま外に出た。

 少し歩いたところで青年が「お前」と少女へ声を掛ける。その瞬間、少女の肩が大きく跳ね上がり、花びらが舞って地面へ落ちた。髪と同じで白い。


「そんなに怖がらなくてもいいだろ。別に苛めるために買ったんじゃないんだから」

「わ、わたしのこと」

「ん?」

「殴ったり……蹴ったり……しないですか?」

「ボクシングもテコンドーもしてないから殴るのも蹴るのも好きじゃない」

「じゃあ、投げたり……い、色々したり……」


 泣きそうな顔で少女が青年を見上げる。青年は立ち止まると手を離して、少女の両脇を掴むと持ち上げた。

 恐怖で少女の瞳が大きく見開かれて、透明の涙がぽろぽろ流れていく。涙と共に少女の周りをはらはらと白の花びらが舞う。


「あ、あの、あの」

「軽いし抱き抱えるのは出来るけど、投げるのは無理だな。色々は……よく分からないけど、掃除の手伝いくらいはまあ、させる」

「は、はい」

「で、次は俺からの質問。お前の名前は?」


 持ち上げられたまま聞かれて少女は首を横に振る。花職人の外見、性格、咲かせる花の種類はあらかじめ設定済みだが、名前だけは買った人間が付ける決まりとなっていた。


「髪が白いから『シロ』は……犬っぽいから却下だな。……『ユキ』なら女らしいしちょうどいいか」

「ゆ、き」

「俺は蓉介っていう名前だからちゃんと覚えろよ」

「よう、す、け」


 覚え込むように何度も二人の名前をたどたどしく呟く。花職人最初の仕事のようなものだ。それは青年の住むアパートに着くまで続いたが、最後の方は「ようすけ」と何かを込めるような声に変わっていた。

 その間、淡い青色の瞳からは絶えず涙が零れていった。青年が部屋に戻ってから最初に行ったのは、コップにミネラルウォーターを注いで少女に飲ませる事だった。








 苗床の役割を持つ両の掌から伸びた様々な形をした茎や葉。数秒後には緑で埋め尽くされたそこにシロツメクサを始めとする白い花が次々と咲いていく。種類は違うものの、花弁の色は全て同じだ。

 花職人が自らの身体の一部から造り出した小さな花園から香る香りに、蓉介が顔を近付ける。それだけで花職人の少女の瞳が潤んだ。


「よ、よ、蓉介様……」

「何故に泣く」

「きんちょう、しちゃって」


 ユキが啜り泣くと同時に掌の草花が枯れ始めていった。花びらは萎み、葉も茎も茶色に変色し始める。フローリングの床に落ちた残骸を蓉介は無言で拾っていった。


「わ……私白い花しか咲かせられなのにそれもか、枯らし……」

「緊張してたからだろ。俺も少し気にすれば良かった」

「蓉介様は悪くありません!」

「お前俺の事になるとちょっとだけ強くなれるのね。いつもは俺に逆らわないのに」


 良い子と言うように蓉介の手が白い髪を数回撫でた。


「でも俺の顔見て緊張するのは何とかしよう。ビビるくらい俺怖い顔してんのか?」

「えええええ、あ、あの」

「怒らないから正直に」


 宥めるように蓉介が撫で続けて五分。ようやく落ち着いたユキがゆっくり口を開く。


「せ、背も私より高くて」

「うん」

「目も鋭くて」

「うん」

「何を考えているか全然分からないけど」

「うん」

「貴方はとても優しいから……怖く、ありません……貴方をがっかりさせないようにって緊張してしまうだけで怖いとは感じていません」


 ユキの掌が淡い緑色に光り、数本の細い茎が生える。茎はある程度まで伸びると白い蕾を作った。

 微かな芳香と共に白い薔薇が蓉介の目の前で一斉に咲き誇る。


「私の花を大好きでいてくれる蓉介様が私は大好きです……」


 両手を差し出して顔を俯けていたが、白い髪からは赤くなった耳が見えていた。蓉介は目を僅かに見開いた後、穏やかな声で「ユキ」と呼んだ。反射的にユキが顔を上げると、涙の跡が残る頬に指の腹を走らせた。


「お前をどうして買ったか教えてやる」

「は、はいっ」

「シロウサギ、ウーパールーパー、シロフクロウ、シーズー、ゴマフアザラシの赤子。可愛いだろ、みんな」

「可愛い……です」

「お前を欲しいって思ったのもそんな理由だったわけだが」

「?」

「お前といる内にどんどん理由が増えていくから人間は単純な生き物だと俺はつくづく思うんだ」


 蓉介の指がユキの唇を緩やかになぞっていく。擽ったい、と思いながらユキは好きなようにさせていた。










 ふら、とユキの体が傾く。そのまま床に倒れそうになる体を寸での所で蓉介は支えた。彼女自身も何が起こったのか分からないようで、水色の瞳が不思議そうに蓉介を見上げる。


「ご、ごめんなさい、蓉介さん。体が一瞬動かなくなってしまって」

「動かなくなった?」

「おかしいですよね。今までずっとこんな事なかったのに」


 苦笑するユキに、蓉介は僅かに目を見開いた。白く細い少女の指先から砂から零れ落ちる。床に散らばるごく少量のそれに男が一瞬息を止める。


「ごめんなさい……」


 今にも泣きそうな声に蓉介が我に戻ると、ユキは蓉介の腕の中で体を強張らせていた。


「何度も謝らなくてもいいだろ」

「でも、蓉介さんすごい怖い顔をしてます……」

「違う。怒ってるんじゃないんだ。……ユキ、お前自分が作られてから何年経つか分かる?」

「え、と……そろそろ七年になります……私作られてからは色んなお花屋さんで売られて、でも売れ残って次の花屋さんに連れて行かれて……それから二年前に蓉介さんに買ってもらって……あ」


 ユキは自らの体から生まれた砂を見下ろし、もう一度蓉介を見上げた。


「多分私もうすぐで消えるんだと思います。この体が砂になって、永遠に枯れない綺麗な花になるんです。だから体も寿命が来て思うように動かないのかもしれません……」

「……ユキは怖くないのか?」


 質問の意味を理解出来ないのか、ユキは首を傾げた。


「消えるんだろ。自分がいなくなるのが怖くないのか?」

「……?」


 本気で分からないとでも言うように見詰める少女が人間ではなく、人形なのだと蓉介は思い出した。花を咲かせるし水だけで生きている。驚くと周囲に花びらも散らす。それでも、ユキが人形である事を忘れていた。

 だからだ。人形に死の概念などあるはずがないのだ。だから、ユキは他人事のように自分の砂を見下ろしている。

 怯えたり寂しがったり驚いたり泣いたり笑ったり喜んだりするくせに。自分が消えてなくなる事に対しては、何も感じない無機質さに言葉が出なかった。


「蓉介さん……」


 何か怒らせる事を言ってしまったのかと、不安がるユキに首を横に振る。消える事に恐怖を抱かせたいわけでもなく、消えたくないと言わせたいわけでもない。

 なら、何を彼女に望んでいるのか。


「……ユキ、何かしたい事はないか?」

「え?」

「したい事じゃなくてもいい、どこかに行きたいとかでもいい。何でも、何でもいいんだ。お前の願いを叶えてやりたい」


 ユキに望みを叶えさせる。そんなありきたりなものが蓉介がユキに望んだ事だった。

 そして、ユキはしばらく考え込んでいたが、決まったのか躊躇いを見せながら口を開いた。


「でしたら……私を求めて、私の名前を呼んでくれないでしょうか?」

「そんなんでいいのか?」

「花職人はご主人様のために花を咲かせて、ご主人様に喜んでもらうのが一番の幸せなんです」


 ユキは穏やかに、優しく笑った。


「だから蓉介さんに必要とされ続けるのが私の望みです。あなたが私を求めて、喜んでくれるのなら私はその声に応えて白い花を咲かせます」


 そうすればお前は消えないのか。

 蓉介はそう言いかけて、言うのを止めた。











 朝、蓉介は起き上がると隣室のリビングに向かった。細長い透明な硝子の花瓶には一輪の白い薔薇が飾られている。おはよう、と口を開いても返事は返ってこなかった。当たり前である。冷たい静寂が蓉介に纏わり付く。

 蓉介は軽く息を吐いた後に瞼を閉じ、あの日の記憶を再生させた。


 一ヶ月前の事だった。

 蓉介が仕事から帰ると、いつもは明るいはずの部屋は真っ暗だった。玄関のドアを開けると、おかえりなさいと言う声もなかった。

 おかしいとは思わなかった。胸騒ぎもしなかった。

 電気を付けながらリビングに入れば、足元に白い砂が広がっていた。その中には白い薔薇が埋もれていた。手に取ると雪色の花びらの間に挟まっていた砂がさらさらと落ちていく。


 狭いアパートの一室にユキの姿はどこにもなかった。代わりに床に散乱する砂と美しい花は何を物語るのか。

 思ったよりも遅かった、という感想が最初に浮かんだ。音も立てずに少しずつ砂になっていく少女を見て、毎日毎日いつかは訪れるであろう「その時」を待っていた。仕事に行く時と眠る時は少女の姿を目に焼き付けて、「その時」に備えた。

 そして、やって来た「その時」に蓉介は深い溜め息をついて、その場に座り込んだ。手に掬った砂が容易く指と指の間を通って落下していく。ユキの髪の手触りと似ている、かもしれない。と思った。




 白い薔薇は一ヶ月経っても美しさを保ったままだった。雪のように白い花弁を開かせ、淡い芳香を放っている。花瓶の隣には白い砂が詰まった小瓶が寄り添うように置かれていた。


『お前が前に花職人買った花屋あるだろ。あそこで花職人専門の店がオープンしたって話聞いたか?』


 電話の主は同僚兼友人だった。ユキを買ってからはあの店に立ち寄っていなかったが、同じ店主が今度は花職人のみでの商売を始めたらしい。知人から借金をして大量の、それも有能な人形を買い揃えて店を開いたところ、毎日繁盛しているのだと同僚は言った。


『青い薔薇を咲かせられる人形もいるみたいだ。千体に一体の割合なんだろ?毎日誰が買うかって大騒ぎしてるんだと』

「そうなのね」

『淡白な反応だな。お前花職人買うくらい花が大好きじゃなかったのか』

「花はまあまあ好きだな。でも、俺は赤い花も青い花も黄色い花もあまり興味がないんだよ」


 受話器の向こうから呆れたような笑い声が聞こえた。続けて白い花は好きか、という質問に蓉介は肯定も否定もしない。同僚はユキがどんな花職人なのかも、もういない事を知らなかった。


『でも、もう一体ぐらい花職人買ってみたらどうだよ。お前最近元気ないだろ。気分転換だと思って癒しを追加しろ』

「俺はいつもこんな感じだよ」

『どうだか。確かにお前が笑ったり喜んでるところは見た事はないけど、死人みたいな目をする奴ではなかった』

「褒め言葉?」

『心配してるんだよ。恋人を亡くした男みたいな顔してやがって。お前にそういう顔をされると女共まで覇気がなくなってくる』


 何かあったら相談しろよ。最後にそう告げられて通話は終わった。携帯を閉じると机の上に置いた。

 白い薔薇と砂が視界に入り込む。

 携帯には何枚かユキの写真があった。見る気にはなれなかった。それ以上の欲求が生まれそうだったからだ。

 最後まで白い花しか咲かせられなかった。最後までちょっとした事で驚いて花びらを撒き散らしたり、せっかく咲かせた花を枯らしていた。


 その特異性故に何年も人に拒絶され続けたユキは蓉介だけの花職人になれて幸せだったろうか。笑顔よりも怯えた表情の方がたくさん見ていた気がする。あの日、蓉介がユキを買わなくても、もっと彼女に相応しい人間はいたと思うのだ。違う人間に出会っていればユキはもっと笑い、穏やかに過ごせたのではと今更になって何度も考えた。

 自分を必要としてほしい。自分を呼んでほしい。ユキはそれが望みだと言っていた。求めてくれるのなら、呼んでくれるのなら、その呼び掛けに応えるとも。


「ユキ」


 白い薔薇に呼び掛ける。


「ユキ……」


 白い薔薇はそこにあるだけだった。


 目の前が滲む。眼球の裏側がかっ、と熱くなり、呼吸が上手く出来なくなる。数年ぶりの感覚だった。

 誰に見られている訳でもないのに膝を抱えて顔をズボンの生地に押し付けた。漏れそうになる嗚咽を奥歯を噛み締めて必死に抑える。涙で顔をぐしゃぐしゃにして子供のように喚く姿をユキに見られているような気がした。こんな醜態を見せたくなかった。

 ユキがいなくなったあの日から毎日のように彼女の名前を求め続けた。呼び続けた。

 だが、ユキが応える事はなかった。彼女は自分にずっと怯えていて、だから早く消えて白い薔薇になる事が本当の望みだったとしたら。


「戻って……きて、くれよ……っ」


 もっと優しくする。怖がらせないようにする。ちゃんと愛してやれなかった事を。


「謝るからさぁ……!」


 赤い花も、青い花も、黄色い花もいらない。

 ただ、ただ白い花と少女が側にいてくれれば良かった。













「謝らないで……」




 ふわり。と甘い香りがした。

 それから柔らかい声。

 蓉介が顔を上げると、そこにはユキがいた。白い髪と白いワンピース。優しい水の色の瞳からはぽろぽろと涙を流し、ひらひらと白い花びらを舞い散らしてそこにいた。


「たくさん……たくさん謝らなきゃいけないのは私の方なのに……」

「何で……お前が謝るんだよ……」


 震える手でユキへと伸ばす。触れられる。幻ではなかった。温かく柔らかい体を怖がらせないように、優しく抱き締める。

 はあ、と熱い息を吐くと涙も零れ出した。


「私、約束したのに……名前を呼んでくれたら応えますって約束したのに……何度もあなたは私を呼んでくれたのに私、私……!」

「聞こえてたのか……俺の声……」

「ごめんなさい……嘘ついてごめんなさい……!」

「嘘なんかついてないだろ」


 泣きじゃくるユキの白い髪を何度も宥めるように撫でる。


「お前ちゃんと戻って来てくれたじゃないか……」


 花瓶に飾られた薔薇も、小瓶に詰まっていた砂も、もうどこにもない。代わりに雪色の少女がいた。







(それから)

「例えばの話だ。寿命が来て花になった花職人がもう一度体を取り戻す事は出来るのか?」


 仕事が終わり、事務所で身支度しながら話を振ると同僚は口を開けて固まっていた。そこまでおかしな質問だったかと蓉介も眉間に皺を寄せた。


「まさか、お前の花職人がそうなのか?」

「だから例えばって言ったろ」

「だよなぁ……びっくりした」

「そんなに俺は変な事聞いたのか」

「変ではないけど、それ要するに『冬眠』能力があるって話だろ」


 冬眠。動物が冬になると眠る習性だ。


「寿命が来るか何かして花になっても、しばらくするとまた元通り人形の姿になる能力だよ。桜とかも花びらが散って枯れても来年にはまた復活するだろ、あれと同じ。寿命も人間並みにある。青い薔薇を咲かせる奴は千体に一体の確率だけど、こっちは五千に一体程度だぞ」

「……そりゃすごい」

「実際には素質ある奴は青い薔薇と変わらないけど、こっちはその花職人の周りの環境も大きく関わってくるんだ。動物が冬眠して起きるのが暖かくなった頃なのと同じように、花職人も温かい場所にいたいって思う事で能力が開花する。あ、この温かい場所ってのは気温とかの意味じゃないぞ。温かい=愛情で主人に深く愛されてて、花職人の方も主人を深く愛して……冬島どうした?」

「もういい」

「待てどうした!? 顔赤いぞ風邪か!? お前が顔赤くするなんて世界滅亡のカウントダウンが始まったみたいなものだろ!」

「風邪だ風邪」


 心配するというより恐れるような表情で迫る同僚を押し退けて店を出る。白い髪の少女が立っていた。少女は蓉介に気付くと駆け寄った。


「蓉介さんお疲れさまです」

「ああ、冬島の花職人ちゃんか。珍しいな、いつもは家で待ってるんじゃなかった?」

「今日はこの後ユキと買い物の予定。ほら」


 蓉介がユキの手を握る。すると細く白い手が蓉介の手を握り返した。視線が合うとくすぐったそうに笑われ、口元が緩んだ。


「お前でもそういう顔するんだな。……いつもそうしてればもっとモテるのに」


 そう言い残して同僚が逃げるように走り出した。


「蓉介さん人気があるんですか?」


 瞳を輝かせるユキの言葉に嫉妬や妬みは感じられなかった。純粋な羨望の眼差しに蓉介は溜め息をついた。


「本命に好かれないと意味はないんだよ、こういうのは。それに俺は一番大好きな子にしか優しくするつもりはないの」

「……だから蓉介さんは私にいつも優しいんですか?」

「………………」

「………………」


 ユキの顔が真っ赤に染まるのと、白い花びらが大量に出現したのはほぼ同時だった。


「あ、あの、ごごごごごごめんなさい! わ、私っ、変な事を」

「いいよ。むしろそう思ってくれていた方が俺は嬉しい」

「あ……」


 ユキが大きく目を見開いた。


「ユキ?」

「蓉介さんがそういう風に笑う姿初めて見ました……すごく綺麗……」

「あ、ああ……」

「あれ? 蓉介さん顔が赤くなって……風邪ですか?」

「違うよ」


 同僚とは違って本気で心配している様子に、蓉介は赤い顔のままで吹き出すように笑った。


おしまい。

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