第2話 追放された俺、Aランクパーティーに誘われて大活躍。ギルドからも特別報酬をもらったけど、以前の仲間たちが忘れられない。
「なあ、そこの兄ちゃん。もしかして鑑定士か?」
冒険者ギルドで依頼書を眺めていると、大きな男に声をかけられた。
短く刈った赤茶色の髪に、日に焼けた顔。左の眉には古い傷があり、背中には大きな斧を背負っている。俺より頭1つ分は背が高く、腕もずいぶん太かった。
「ああ、そうだけど」
「おお、やっぱりな! 俺はバルガン。ちょうど鑑定士を探してたんだよ。よかったら俺たちと一緒に仕事をしねえか?」
バルガンが後ろを振り返ると、2人の冒険者が近づいてきた。
「初めまして。僕はセルドです。槍使いをしています」
丁寧に頭を下げたのは、灰色の髪を横に流した細身の青年だった。丸い眼鏡をかけ、濃い緑色の上着を着ている。背中には長い槍を背負っていた。
もう1人は、茶色の髪を肩まで伸ばした女の子だ。
琥珀色の目に、少し丸い頬。青い革鎧を着ていて、左腕には鉄の盾をつけている。
「あたしはミレッタ。盾使いよ。よろしくね」
「俺はトルセク。よろしく」
「それでよ、トルセク。お前、今はどこかのパーティーに入ってるのか?」
「いや、今はどこにも入ってないよ。少し前まで勇者パーティーにいたんだけど、追放されちゃってさ」
「……勇者パーティーだと!?」
バルガンが目を丸くした。セルドも驚いた顔で眼鏡を直している。
「まさか、勇者ガルディナ様のパーティーですか?」
「ああ。そうだよ」
「そりゃすげえ! あの勇者様と一緒に冒険してたのかよ!」
バルガンが大きな声を上げると、近くにいた冒険者たちが振り返った。
「おい、あれって【ファントム】のバルガンじゃないか?」
「ああ。Aランクパーティー【ファントム】のリーダーだ。隣にいるのも、セルドとミレッタだろ?」
「なんであんな若い鑑定士と話してるんだ? まさか、勧誘してるのか?」
周りが急に騒がしくなった。俺はバルガンを見上げた。
「……もしかして、3人は有名な冒険者なのか?」
「がはは! まあな! 俺たちはAランクパーティー【ファントム】だ。知らねえのか?」
「ごめん。この街に来たばかりだからさ」
「気にするな! 俺たちの名前なんて知らなくても、仕事ができりゃ問題ねえよ!」
Aランクといえば、冒険者の中でもかなり上の実力者だ。そんな人たちが、どうして俺を誘ってくれたんだろう。
「でも、俺は追放されたんだよ? 仲間にひどいことを言ってしまってさ」
俺がそう言うと、バルガンは顎のひげをさわった。
「何があったかは知らねえが、昔の話だけでお前を決めつけるつもりはねえよ。俺たちは腕のいい鑑定士を探してるんだ。まずは一緒に仕事をして、お互いに判断しようぜ」
「僕たちには魔物の情報を調べる人間が必要なんです。戦闘は僕たちに任せてもらって構いません」
セルドがそう説明してくれた。
「ま、Aランクのあたしたちについてこられるか分からないけどね。危なくなったら、あたしの後ろに隠れてなさいよ」
ミレッタは自信たっぷりに胸を張った。
「ありがとう。頼りにしてるよ」
「……ふん。素直でよろしい」
なんだか面白い子だな。そういえば、ガルディナも初めて会ったときは、こんなふうに堂々としていたっけ。
『私が勇者ガルディナだ! お前の力を貸してほしい!』
あのときは嬉しかったな。
ピッカも大喜びしてくれたし、エメシアさんは歓迎会を開いてくれた。ヌルーは初日から俺におんぶをねだってきたっけ。みんな、元気にしているだろうか。
「おーい、トルセク。聞いてるか?」
「あっ、ごめん。何だっけ?」
「だから、まずは1回、一緒に依頼を受けねえかって話だよ。俺たちの実力も見せてやるから、安心してついてこい!」
「ああ。ぜひお願いするよ!」
俺は笑ってうなずいた。追放された俺にも、新しい仲間ができるかもしれない。そう考えると、少し嬉しくなった。
◇
「今回の依頼は、村の近くに現れた魔狼の討伐です」
セルドが依頼書を広げた。
「目撃されているのは3匹ですが、すでに商人の馬車が襲われています。村では家畜も失っているそうです。Aランクの僕たちなら、討伐は難しくないでしょうが、念のため周辺の調査もしておきたいですね」
「魔狼か。だったら俺たちでも十分倒せるな!」
「当たり前でしょ! あたしたちを誰だと思ってるのよ?」
ミレッタも自信たっぷりだ。確かに、Aランク冒険者なら普通の魔狼3匹は問題ないだろう。でも、せっかく【運命鑑定】があるんだから、先に確認しておこう。
「ちょっと待ってくれ。出発する前に、俺のスキルで未来を確認してもいいか?」
「未来? 何だそりゃ?」
「俺の固有スキルは【運命鑑定】っていうんだ。選んだ行動の先で起きる、大きな出来事や結果を見ることができるんだよ」
「……未来を見る?」
セルドが眼鏡を押さえた。
「そんな能力があるんですか? それが本当なら、危険な依頼を受ける前に仲間の生死を確認できるということですよね?」
「ああ。ただし、何がどう起きるのかまでは分からないことも多いんだ。結果が見えても、原因は自分で考えないといけない」
「おいおい、お前……。それって、とんでもなくすげえ能力じゃねえか!」
バルガンが驚いている。そんなにすごいかな。ガルディナたちと冒険していた頃は、いつも使っていたからな。
「とりあえず、今回の依頼を調べてみるよ」
俺は【運命鑑定】を使った。
【選択:現在の4人で魔狼の討伐に向かう】
【結果:討伐成功】
【ミレッタが死亡する】
「……え?」
思わず声が出た。
「どうした、トルセク?」
「このまま依頼を受けると、ミレッタが死ぬ未来が見えたんだ」
「はあっ!? あ、あたしが死ぬ!?」
ミレッタが大声を上げた。
「ちょっと待ってよ! あたしたちはAランクなのよ!? 魔狼3匹に負けるわけないじゃない!」
「俺もそう思うよ。でも、鑑定ではそうなってるんだ」
「そ、そんな……」
ミレッタの顔が青ざめた。バルガンは笑うのをやめ、俺に向き直った。
「トルセク。そいつは絶対に変えられねえ未来なのか?」
「いや、行動を変えれば結果が変わることもあるよ。だから、まずは何が危険なのか考えたいんだ」
「よし。セルド、地図を出せ。ミレッタも落ち着け。まだ死ぬと決まったわけじゃねえんだ」
バルガンが静かな声で言った。さっきまで豪快に笑っていたのに、仲間が危険だと分かると急に真剣になる。
セルドが地図を広げる。
「魔狼が見つかったのは村の北側にある森です。普段は東の道から入りますが、そこは木が多く、左右から襲われる危険があります」
「だったら、こっちの草原を通るのはどうだ? 開けた場所なら、魔狼が近づいてきても分かりやすいだろ」
俺が指さすと、セルドが目を見開いた。
「なるほど。その道なら、ミレッタさんが正面を守り、僕とバルガンさんが左右を警戒できます。魔狼が群れで襲ってくることを考えると、こちらのほうが安全ですね」
「よし、それでいこう! トルセク、お前すげえな! 未来を見て危険を教えてくれたうえに、俺たちの戦い方まで考えてくれるとは!」
「しかも、依頼書を見たばかりですよね。僕はこの地図を何度も確認しましたが、別の道を使う発想はありませんでした」
セルドが感心したようにうなずいた。
「いや、そんな大したことじゃないよ」
「いいや、大したことだぜ! Aランクの俺たちでも見落とした危険に気づいたんだからな!」
バルガンが俺の背中を叩いた。また褒めてもらった。
嬉しいな。そういえば、ガルディナも俺が危険を見つけるたびに褒めてくれたっけ。
『よくやった、トルセク! お前がいてくれると本当に助かる!』
あの笑顔、懐かしいな。
「ねえ、トルセク」
ミレッタが俺の袖を引いた。
「その……。本当に、あたしは死なずに済むのよね?」
「ああ。絶対とは言えないけど、危険だと分かっていれば対策できるよ。俺も気をつけて見てるから」
「……そっか。ありがと」
ミレッタは小さく笑った。さっきより少し安心できたみたいだ。
◇
森の近くまで来た俺たちは、予定どおり草原を進んだ。先頭を歩くのはバルガン。ミレッタが俺の前で盾を構え、セルドは後ろから周囲を警戒している。
3人とも、さすがAランク冒険者だ。歩いている間も、少しも油断していない。
「止まれ。魔狼がいるぞ」
バルガンが足を止めた。草むらの向こうから、黒い毛に覆われた魔狼が3匹現れた。どれも普通の狼よりずっと大きい。口からは長い牙が飛び出し、赤い目でこちらをにらんでいる。
「ミレッタ、無理に追いかけるなよ。セルドは右を頼む!」
「分かってるわよ!」
「承知しました」
3人が武器を構えた。俺は後ろから魔狼の動きをよく見ることにした。
「セルド、右の1匹が回り込もうとしてる!」
「ありがとうございます!」
セルドが槍を突き出すと、魔狼は慌てて後ろに飛んだ。その隙に、バルガンが正面の魔狼を斧で倒す。
「よっしゃ! まずは1匹だ!」
残りの2匹も、セルドとミレッタがうまく連携して追い詰めていく。
やっぱり強いな。これなら問題なく倒せそうだ。
……いや、待てよ。ミレッタが死ぬ未来が見えたのに、こんなに簡単に終わるのか?
俺はもう1度、周囲を見回した。すると、少し離れた森の中で、何か大きなものが動いた。
「……あれ?」
木の間から、黒い影が見えた。普通の魔狼よりも、ずっと大きい。しかも、頭には黒い角が2本生えている。
「バルガン! 森の奥に何かいる!」
「何だと!?」
バルガンが振り返った。そのとき、大きな魔狼が森から飛び出してきた。
「グルルルルッ!」
地面を強く蹴り、ものすごい速さでこちらへ向かってくる。狙われているのはミレッタだ。
「ミレッタ、後ろだ!」
「えっ?」
ミレッタが振り返った。だが、もう魔狼が目の前まで来ていた。
「きゃあっ!」
ミレッタが盾を構える。大きな魔狼が盾に飛びかかり、彼女の体が後ろへ押された。
「くっ……! な、何よ、こいつ! 力が強すぎる!」
「ミレッタ、踏ん張れ! 今助ける!」
バルガンが斧を構えて走り出した。しかし、残っていた2匹の魔狼が、その前に立ちはだかる。
まずい。このままじゃ間に合わない。俺は近くに落ちていた石を拾い、大きな魔狼の顔へ投げた。
「こっちだ!」
石が魔狼の鼻先に当たった。魔狼はミレッタから顔を離し、俺をにらんだ。
「グオオオッ!」
うわっ、こっちに来た!
でも、その間にミレッタが逃げられればいい。
「トルセク、危ない!」
ミレッタが叫んだ。俺は慌てて横へ飛んだ。魔狼の牙が、さっきまで俺がいた場所を通り過ぎた。あっぶな!
「おい、トルセク! よくやった!」
バルガンとセルドが残りの魔狼2匹を倒し、大きな魔狼へ向かっていく。
「セルド、足を狙え! ミレッタは無理に近づくな!」
「はい!」
「わ、分かった!」
セルドの槍が魔狼の足に突き刺さった。大きな魔狼がよろめく。そこへバルガンが斧を振り下ろした。
「うおおおっ!」
大きな音が響き、魔狼が地面に倒れた。しばらく動いていたが、やがて静かになった。
「……倒したのか?」
俺が尋ねると、バルガンは大きく息を吐いた。
「ああ。こいつは黒牙狼だ。普通の魔狼よりずっと強い上位種だぜ」
「黒牙狼……。そんな魔物がいたんですか」
セルドが眼鏡を直した。
「依頼書には何も書かれていませんでしたね。魔狼3匹の群れだと考えていましたが、実際には黒牙狼が率いていたのでしょう」
「なるほど。だからミレッタが死ぬ未来が見えたのかもしれないな」
俺は倒れている黒牙狼を見つめた。もし、いつもどおり東の道から森に入っていたらどうなっていただろう。木の多い場所で奇襲されて、ミレッタを助けることができなかったかもしれない。先に危険を確認しておいてよかった。
「……トルセク」
ミレッタが俺に近づいてきた。顔が真っ青で、盾を持つ手が震えている。
「大丈夫か? どこかケガした?」
「ううん。ケガはしてない。でも、あたし……」
ミレッタの目から涙がこぼれた。
「本当に死ぬところだった……。あんな大きな魔狼が出てくるなんて知らなかったし、盾も押されちゃって……。もう駄目だと思ったの……」
「無事でよかったよ」
俺がそう言うと、ミレッタは盾を置いて抱きついてきた。
「うわっ!」
「あたし、本当に怖かったんだから……!」
ミレッタは俺の服をぎゅっと握った。革鎧の胸当てがずれ、柔らかい胸が俺に押しつけられる。
お、おお……。思っていたより、ずっと柔らかいな。しかも、髪からいい匂いがする。ちょっとドキドキするぞ。でも、今はそれどころじゃないか。
「もう大丈夫だよ。魔物は全部倒したし、ミレッタも無事だったんだからさ」
「……うん」
俺が背中をなでると、ミレッタは少しずつ落ち着いてきた。
「……ありがと、トルセク。あんたがいなかったら、あたし、本当に死んでたんだよね」
「俺1人の力じゃないよ。バルガンとセルドが一緒に戦ってくれたから、ミレッタを助けられたんだ」
「それでも、あたしを最初に助けてくれたのはトルセクだもん……」
ミレッタは俺を見上げた。涙で濡れた目が、すぐ近くにある。
「……ありがと。本当に、ありがとね」
そう言って笑う顔が、とても可愛かった。
「おい、トルセク!」
バルガンが近づいてきた。
「お前、とんでもねえ奴だな! Aランクの俺たちでも気づかなかった黒牙狼を見つけて、ミレッタを助けたんだぞ!」
セルドも興奮している。
「僕たちは3匹の魔狼に気を取られていました。黒牙狼の存在を最初に発見したのはトルセクさんです。しかも、危険が迫ったときには、自分を狙わせてミレッタさんを助けた。あれほど素早い判断は、なかなかできませんよ」
「いや、俺もかなり怖かったよ。魔狼がこっちに来たときは、どうしようかと思ったし」
「がはは! それでも逃げなかったんだから、大したもんだ!」
バルガンが俺の背中を叩いた。
「お前のおかげで全員無事だ。俺たちAランクの冒険者が、今日初めて組んだ鑑定士に命を救われるとはな!」
「……あたしも」
ミレッタが俺の腕を握った。
「あたし、トルセクと一緒なら、もっと頑張れる気がする。だから、これからも一緒に冒険してほしいな……」
3人が俺を褒めてくれる。Aランクの実力者たちに、ここまで認めてもらえるなんて。
嬉しいな。俺も少しは役に立てたみたいだ。
「ありがとう。俺もみんなと一緒に戦えてよかったよ」
「おう! こっちこそ助かったぜ!」
バルガンが笑った。セルドも笑い、ミレッタは嬉しそうに俺の腕を抱きしめている。なんだか、いいパーティーに出会えたな。その帰り道、セルドが少し足を引きずっていることに気づいた。
「セルド、ちょっと待ってくれ。足を痛めてるだろ?」
「……よく分かりましたね。実は、先ほどの戦闘で少しひねってしまったんです」
「やっぱりか。今のうちに手当てしておこう。無理して歩くと、あとで悪化するからさ」
俺は荷物から薬と包帯を取り出し、セルドの足を手当てした。ついでに、彼が持っていた荷物も半分引き受ける。
「……ありがとうございます。トルセクさんは本当によく周りを見ていますね。僕は平気なふりをしていたのに、見抜かれるとは思いませんでした」
「仲間なんだから、ちゃんと見てるよ。それに、足が痛いときくらい遠慮しなくていいだろ」
「……そうですね。あなたと一緒にいると、僕も少しは人に頼る練習ができそうです」
セルドが笑った。バルガンも感心している。
「お前、鑑定だけじゃなくて、こんなことまでできるのか! 戦闘でも役に立つし、仲間の体調まで見てくれるなんて最高じゃねえか!」
「前のパーティーでも、こういうことはよくやってたからな」
「それがすげえんだよ! Aランクの俺たちが、ここまで助けられるなんて思わなかったぜ!」
また褒められてしまった。今日は何度褒めてもらっただろう。
でも、セルドの足を手当てしていると、エメシアさんのことを思い出した。あれは、俺が高熱を出したときだった。夜中に目を覚ますと、エメシアさんが俺のベッドの横に座っていた。
『……よかった。目を覚ましてくださったのですね』
そう言って、泣きながら笑ってくれたんだ。俺が眠っている間も、ずっとそばにいてくれたらしい。
『トルセク様、お願いですから、もう無理をなさらないでくださいませ。あなたに何かあったら、わたくし……』
あのときのエメシアさんは、本当に心配そうだった。俺が元気になってからも、しばらくは毎日体調を確認してくれたっけ。
……あんなに優しくしてくれたのに。俺は最後に、何と言っただろう。
『お前のせいで師匠が死んだんだから』
思い出すと、胸が痛くなった。エメシアさんは俺を信じて過去を話してくれた。なのに、その話を使って傷つけてしまったんだ。
「……トルセクさん?」
「あっ、ごめん。どうした?」
「いえ、急に黙ってしまったので。疲れましたか?」
「いや、大丈夫だよ。それじゃ、そろそろ帰ろうか」
俺は笑って立ち上がった。
◇
街へ戻ると、ギルドの受付で討伐の報告をした。受付嬢は黒牙狼の名前を聞くと、驚いた顔になった。
「く、黒牙狼ですか!? あの森には、普通の魔狼しかいないはずだったのですが……!」
「そのつもりで依頼を受けたんだが、実際には上位種が潜んでたんだよ。しかも、うちのミレッタが狙われてな」
バルガンが説明すると、受付嬢は慌てて奥へ走っていった。しばらくすると、立派な服を着た年配の男性が現れた。
「私はこのギルドの長を務めている者だ。バルガン、黒牙狼を討伐したというのは本当か?」
「ああ、間違いねえ。素材も持って帰ってきたから、確認してくれ」
バルガンが黒牙狼の牙と角を見せる。ギルド長はそれを確認すると、何度もうなずいた。
「確かに黒牙狼のものだ。これは大きな功績だぞ。周辺の村を襲っていた魔狼の群れは、この上位種に率いられていた可能性が高い」
「だろうな。だが、今回は俺たち3人だけじゃ危なかった。こいつがいなかったら、ミレッタが死んでたかもしれねえんだ」
バルガンが俺の肩に手を置いた。
「こいつはトルセク。今日から俺たちと一緒に冒険してる鑑定士だ。依頼を受ける前に、ミレッタが死ぬ未来を見抜いてくれたんだよ」
「……未来を見抜いた?」
ギルド長が驚いた顔で俺を見つめた。セルドも前に出た。
「トルセクさんの固有スキルは【運命鑑定】です。仲間が死亡する危険を事前に知り、地図から安全な道を選びました。さらに、戦闘中には黒牙狼の奇襲を発見し、ミレッタさんを救っています」
「そ、それは本当なのか?」
「本当よ!」
ミレッタが俺の腕にしがみついた。
「あたし、黒牙狼に襲われて、本当に死ぬところだったの。でも、トルセクが助けてくれたの! だから、ちゃんと褒めてあげて!」
「いや、ミレッタ。俺1人で倒したわけじゃないし……」
「また遠慮してる! あんたはもっと自分のことを誇ってもいいんだからね!」
ミレッタが頬を膨らませた。バルガンが豪快に笑う。
「がはは! そういうこった! 今回の1番の功労者はトルセクだ。俺たちAランクの冒険者が、全員そう思ってるぜ!」
ギルド長は俺を見つめたあと、深く頭を下げた。
「トルセク殿。あなたの能力と判断力には驚かされました。Aランクパーティー【ファントム】の3人が、ここまで高く評価するとは……。ぜひ、今回の功績に対する特別報酬を受け取っていただきたい」
「……えっ? 特別な報酬ですか?」
「ああ。少し待っていてくれ」
ギルド長が職員に指示を出すと、大きな箱と金貨の入った袋が運ばれてきた。
「まず、今回の討伐報酬は金貨20枚だ。これはパーティー全員の報酬として支払う」
バルガンが金貨を受け取ると、すぐに4つに分けた。
「ほら、トルセク。お前の分だ!」
渡されたのは金貨5枚。
「えっ、俺も同じ額をもらっていいのか?」
「何言ってんだ! 4人で依頼を受けたんだから、4等分に決まってるだろ! むしろ、お前には俺の分も渡したいくらいだぜ!」
「いや、そこまでしてもらうわけには……」
「だったら、遠慮せずに受け取れ! 働いた奴には正当な報酬を払う。それが俺たち【ファントム】の決まりだ!」
バルガンが笑った。
「ありがとう。じゃあ、ありがたくもらうよ」
俺は金貨を受け取った。すると、ギルド長がさらに大きな袋を差し出してきた。
「そして、こちらがトルセク殿への特別報奨金だ。金貨30枚を用意した」
「……金貨30枚!?」
思わず大声を上げてしまった。
「そ、そんなにいただいていいんですか!?」
「当然だ。今回の依頼では、上位種を発見し、仲間の命を救った功績がある。あなたの能力は、今後も多くの冒険者の命を救うだろう。その働きには、正当な報酬を支払わなければならない」
金貨30枚。通常の討伐報酬と合わせれば、金貨35枚だ。こんなにたくさんの金貨を、1回の依頼でもらえるなんて。
「す、すごいな……」
俺が袋の中をのぞき込むと、バルガンが大笑いした。
「がはは! よかったな、トルセク! たった1日で大金持ちじゃねえか!」
「しかも、今回は通常の討伐報酬とは別の報奨金です。ギルドから個人に金貨30枚が支払われるなんて、僕も初めて見ましたよ」
セルドも感心している。ミレッタは俺の腕を握って、嬉しそうに笑った。
「すごいじゃない、トルセク! あんた、本当に優秀なんだから! あたしまで嬉しくなっちゃう!」
3人とも、自分のことのように喜んでくれている。嬉しいな。でも、ギルド長からの報酬は、それで終わりではなかった。
「さらに、こちらも受け取ってほしい」
ギルド長が箱を開けた。中には、青い魔石がついた銀色の腕輪が入っていた。
「これは【身代わりの腕輪】という魔道具だ。装備者が命に関わる攻撃を受けたとき、自動的に結界が発動して身を守ってくれる」
「……そんなにすごい魔道具なんですか?」
「ああ。効果は1回限りだが、市場では金貨100枚ほどの価値がある。今回の功績を考えれば、あなたに渡すのがふさわしいだろう」
「き、金貨100枚!?」
また驚いてしまった。そんなに高価な魔道具をもらえるなんて。さすがに申し訳なくなってくるな。
「で、でも、俺は鑑定士ですし……。こんなに高価な魔道具は、もっと戦うのが得意な人が持ったほうがいいんじゃないですか?」
「何を言っているんだ、トルセク殿。あなたのような優秀な鑑定士こそ、命を守る魔道具が必要なのだ。あなたが倒れてしまえば、救えるはずの命まで失われるかもしれないのだからな」
ギルド長が真剣な顔で言った。
「……ありがとうございます」
俺は深く頭を下げた。すると、ミレッタが腕輪を手に取った。
「ねえ、トルセク。あたしがつけてあげてもいい?」
「えっ? ああ、お願いするよ」
「……うん!」
ミレッタは嬉しそうに俺の手を取った。銀色の腕輪を左手首にはめてくれる。
「……これで、あんたも少しは安全になるんだよね」
「ああ。そうみたいだな」
「よかった。あたし、トルセクがケガするのも嫌だから……。ちゃんと大切にしてよね」
ミレッタが俺の手を両手で包んだ。顔が近い。琥珀色の目でじっと見つめられると、少しドキドキするな。
「ありがとう。大切にするよ」
俺が笑うと、ミレッタも嬉しそうに笑ってくれた。
「最後に、こちらも渡しておこう」
ギルド長が1枚の書類を差し出してきた。
赤い封印が押された、立派な推薦状だった。
「これは私の署名入りの特別推薦状だ。この推薦状があれば、通常は実績不足で受けられない高難度の依頼にも、あなた個人の実力を認めたうえで参加を認める審査を受けられる。さらに、ギルド長との直接面会や、重要な依頼の情報を確認することも認められる」
「……そんなことまでしていただいていいんですか?」
「それほど、あなたの能力を高く評価しているということだ。今後もぜひ、このギルドで活躍していただきたい」
ギルド長は笑ってくれた。周りの冒険者たちも、俺たちの様子を見て騒いでいる。
「おい、あの鑑定士……。ギルド長から金貨30枚ももらったらしいぞ」
「しかも、金貨100枚の魔道具まで!? 何者なんだ、あいつ……」
「【ファントム】の3人が絶賛してたぞ。とんでもなく優秀な鑑定士らしい」
そんな声が聞こえてきた。なんだか恥ずかしいな。でも、嬉しい。新しい仲間たちにも、ギルドにも認めてもらえたんだ。
「よっしゃ! それじゃ、トルセクの歓迎会だな!」
バルガンが俺の肩を抱いた。
「なあ、トルセク。正式に俺たち【ファントム】の仲間にならねえか? 俺たちは、お前みたいな奴と一緒に冒険したいんだ!」
「僕も賛成です。あなたがいてくだされば、僕たちのパーティーはさらに強くなれるでしょう」
「……あたしも、トルセクと一緒がいい」
ミレッタが俺の腕を抱きしめた。
「今日みたいに、また助けてほしいし……。あたしも、あんたのことを守ってあげたいから」
3人が俺を見つめている。Aランクパーティーの仲間にしてほしい。そう言ってくれているんだ。嬉しかった。勇者パーティーを追放された俺にも、新しい居場所ができるんだな。
「……ありがとう。俺でよければ、これからよろしく頼むよ!」
「おお! よく言った!」
バルガンが大喜びした。
「がはは! これで今日から俺たちは4人だな! よし、うまいもん食いに行こうぜ!」
「バルガンさん、また飲みすぎないでくださいよ」
「分かってるって!」
「絶対分かってないでしょ!」
ミレッタが呆れた顔をする。俺はそんな3人を見て笑った。みんな仲がいいな。これからの冒険が楽しみだ。
◇
その夜、俺たちはギルドの近くにある居酒屋で歓迎会を開いた。
「がはは! トルセク、もっと食えよ! 今日はお前の歓迎会なんだからな!」
バルガンが大きな肉を俺の皿に乗せてくれた。
「ありがとう。でも、こんなに食べられるかな」
「若いんだから食えるだろ! しっかり食べて、明日も頑張ろうぜ!」
そう言って豪快に笑うバルガンを見て、ガルディナを思い出した。彼女も食事のときは、よく俺の皿に肉を乗せてくれたっけ。
『トルセク! お前はもっと食べろ! 強くなるには肉が1番だ!』
ガルディナはいつも自信たっぷりだったな。でも、そんなところが好きだった。
「トルセク、これ食べないの?」
ミレッタが俺の皿をのぞき込んできた。
「ん? ああ、あとで食べるよ」
「だったら、あたしがもらってあげてもいいけど?」
「いや、俺が食べるよ」
「ええー、けち!」
ミレッタが頬を膨らませた。その顔を見て、ピッカを思い出す。ピッカもよく、俺の皿から料理を取ろうとしていたっけ。
『トル! それおいしそうじゃん! あたいにもちょうだい!』
『おい、ピッカ。自分の分を食べなよ』
『えへへ! トルのがおいしそうなんだもん!』
あの子はいつも元気だったな。今頃、誰かにいたずらして怒られているんだろうか。
「……トルセク?」
「あっ、ごめん。ちょっと昔の仲間を思い出してさ」
「へえ。勇者パーティーの人たち?」
セルドが興味深そうに尋ねてきた。
「ああ。みんないい人たちだったんだ」
「そうなんですね。勇者ガルディナ様は、どんな方だったんですか?」
「すごく強くて、仲間思いの人だったよ。俺が少しでも剣をうまく使えるようになると、自分のことみたいに喜んでくれてさ」
「素敵な方なんですね」
「うん。ほかの3人も優しかったよ。ピッカはいつも元気だったし、エメシアさんは料理が上手だった。ヌルーは面倒くさがりだったけど、魔法は本当にすごかったんだ」
話しているうちに、みんなの顔が浮かんできた。
ガルディナの笑顔。
ピッカの元気な声。
エメシアさんの優しい手。
ヌルーの眠そうな顔。
俺は4人と一緒にいるのが大好きだった。
「……仲がよかったんですね」
セルドが微笑んだ。
「うん。本当に仲がよかったよ」
俺も笑った。でも、少し胸が痛かった。その幸せを、自分で壊してしまったからだ。
◇
歓迎会が終わると、俺は宿屋に戻った。今日は楽しい1日だったな。新しい仲間もできたし、仕事もうまくいった。みんなから何度も褒めてもらえたし、金貨35枚に高価な魔道具、ギルド長の推薦状まで手に入った。明日からの冒険が楽しみだ。そんなことを考えながら荷物を整理していると、扉を叩く音がした。
「トルセク、起きてる?」
ミレッタの声だ。
「ああ、起きてるよ」
扉を開けると、ミレッタが立っていた。
昼間の革鎧ではなく、薄い白色の寝間着を着ている。鎧を脱いだ彼女は、思っていたよりずっと体つきがよかった。特に胸元が大きく、布が少し引っ張られている。
お、おお……。
昼間は盾で隠れていたから気づかなかったけど、結構すごいな。
「……ちょっと、どこ見てるのよ」
「あっ、ごめん!」
ミレッタが顔を赤くした。
「もう……。それより、ちょっとお願いがあるんだけど」
「何だ?」
「今日、あたしが死ぬって言ってたでしょ? あれを思い出すと、怖くて眠れないの。目を閉じると、あの黒牙狼が襲ってきたところを思い出しちゃって……」
ミレッタの声が震えている。昼間はあんなに強気だったのに、今は泣きそうな顔をしていた。
「……そっか。怖かったんだな」
「うん……。それで、お願いなんだけど……」
ミレッタは俺の服をつかんだ。
「今夜だけでいいから、一緒に寝てくれない? 変な意味じゃなくて、本当に1人で寝るのが怖いの……」
「……えっ?」
思わず聞き返してしまった。
女の子と一緒に寝るのか?
いや、ヌルーとは何度も一緒に寝たことがあるけど。ミレッタは俺と同じくらいの年だし、ちょっと緊張するな。でも、本当に怖がっているみたいだ。
「……いいよ。怖いなら、今夜は一緒にいよう」
「ほ、本当に!?」
「ああ。誰かと一緒にいれば、少しは安心するだろ?」
「……ありがとう!」
ミレッタが嬉しそうに抱きついてきた。柔らかい胸が俺の体に当たる。
うわっ。こ、これは……。さすがにドキドキするぞ。
「……あっ!」
ミレッタも気づいたらしく、慌てて離れた。
「ご、ごめん! 嬉しくて、つい……」
「い、いや。大丈夫だよ」
俺たちはしばらく顔を見合わせた。お互い顔が赤くなっていて、なんだか恥ずかしかった。
「……じゃあ、入ってくれ」
「う、うん!」
ミレッタは嬉しそうに部屋へ入ってきた。ベッドに横になると、彼女は俺の隣に入ってきた。
「……トルセク」
「ん?」
「手、つないでてもいい?」
「ああ、いいよ」
俺が手を差し出すと、ミレッタは両手で握ってきた。
「……ありがとう。トルセクがいてくれると、安心する」
「そっか。それならよかったよ」
「……ねえ、トルセク」
「何だ?」
「あたし、明日も一緒に冒険したい。今日みたいに怖いこともあるかもしれないけど、トルセクがいてくれたら頑張れると思うの」
「俺もみんなと一緒に冒険するのが楽しみだよ。明日もよろしくな」
「……うん。えへへ」
ミレッタは嬉しそうに笑った。
しばらくすると、俺の手を握ったまま眠ってしまった。よかった。安心して眠れたみたいだ。
その寝顔を見ていると、ヌルーを思い出した。あの子も怖い夢を見た夜は、よく俺の部屋に来ていたっけ。
『トル、怖い夢見た。一緒に寝よ』
そう言って、俺のベッドに入ってくるんだ。
『トル、手つないで』
『分かったよ』
『……離さないでね』
『大丈夫だって』
そうすると、ヌルーは安心して眠っていた。俺はあの子の寝顔を見るのが好きだった。
……でも、最後は違った。
『もう来るな』
俺はそう言って、ヌルーを追い返した。あの子は泣いていた。俺のことを頼ってくれたのに、冷たくしてしまったんだ。
「……ごめんな、ヌルー」
小さな声が出た。ミレッタを起こさないように、俺はそっと手を離した。彼女の寝息を聞きながら、ベッドを抜け出して窓のそばに座る。今日は本当に楽しい1日だった。新しい仲間たちは、俺のことを何度も褒めてくれた。必要だと言ってくれた。一緒に冒険したいと言ってくれた。
本当に嬉しかった。でも、ガルディナたちも同じだった。俺が何かをすると、いつも喜んでくれた。ケガをすれば心配してくれた。失敗しても責めなかった。みんな、俺に優しくしてくれたんだ。それなのに、俺は……。
ガルディナには、幼なじみを死なせた過去を責めた。
ピッカには、妹を死なせた過去を責めた。
エメシアさんには、師匠を死なせた過去を責めた。
ヌルーには、兄を死なせた過去を責めた。
4人とも、俺を信じて話してくれたことだった。あんなに苦しんでいたのに。俺はその話を使って、みんなを傷つけてしまった。
「……ごめん」
涙がこぼれた。
「ごめんな、みんな……」
俺は両手で顔を覆った。本当は、あんなこと言いたくなかった。大好きだったんだ。みんなが大好きだった。ずっと一緒にいたかった。
ガルディナと剣の稽古がしたかった。
ピッカの頭をなでてあげたかった。
エメシアさんの料理を食べたかった。
ヌルーをおんぶしてあげたかった。
それなのに、俺は4人が1番傷つく言葉を選んでしまった。
「俺……、最低だな……」
涙が止まらなかった。俺はミレッタを起こさないように、口を押さえた。本当は、みんなを幸せにしたかったんだ。あんな顔をさせたかったわけじゃない。でも、4人が死ぬ未来だけは、どうしても変えたかった。俺が嫌われれば、みんなは俺を忘れてくれる。
新しい仲間を迎えて、楽しく冒険を続けてくれる。そう信じている。だから、もう戻れない。
「ごめんな。本当に、ごめん……」
俺は何度も涙を拭った。それでも、しばらく涙は止まらなかった。
「……みんな、幸せになってくれよ」
誰もいない窓の外に向かって、俺は小さくつぶやいた。
◇
私はガルディナ。
王国の勇者だ。今、私は1人で稽古場に立っている。いつもなら、ここにはトルセクがいた。
『ガルディナ、今日も稽古するのか?』
そう言って、笑いながら付き合ってくれた。彼は剣が得意ではなかった。それでも、私が誘うと嫌な顔をせずに来てくれた。本当は稽古なんてどうでもよかった。私はトルセクと2人きりになりたかったのだ。彼の顔を見ていたかった。彼に褒めてほしかった。彼と一緒にいるだけで、幸せだった。
「……トルセク」
名前を呼んでも、返事はない。私は剣を下ろした。彼と初めて出会った頃のことを思い出す。私は子供の頃、自分の失敗で幼なじみのロヘンを死なせてしまった。それ以来、ずっと自分を許せなかった。誰かを守って死ねるなら、それでいいと思っていた。
そんな私を救ってくれたのが、トルセクだった。
以前、私たちは強力な魔物に襲われた。仲間を逃がすため、私は1人で死ぬつもりだった。だが、トルセクは逃げなかった。【運命鑑定】を使い、全員が生き残る方法を探してくれた。自分も傷つきながら、私を守ってくれた。
『ガルディナが死んだら、俺は嫌なんだよ! みんなで生きて帰ろうぜ!』
その言葉が嬉しかった。あのとき、私は初めて生きたいと思ったのだ。戦いが終わったあと、私はロヘンのことを打ち明けた。自分のせいで死なせてしまったこと。ずっと自分を許せなかったこと。幸せになってはいけないと思っていたこと。全部、話した。
トルセクは最後まで聞いてくれた。
『俺はガルディナに生きていてほしいよ。勇者だからじゃない。強いからでもない。お前が生きててくれたら、それだけで嬉しいんだ』
私は泣いた。彼の胸に顔を埋め、何度も泣いた。それまで私は、自分が幸せになることなど考えられなかった。でも、トルセクのおかげで変われた。彼と一緒に生きたいと思った。彼と結婚して、子供を産んで、家族で暮らしたいと思うようになった。
私は、トルセクを愛していた。世界中の誰よりも、愛していた。それなのに……。
『俺はお前らのことなんか、最初から仲間だと思ってなかったよ』
あの言葉が頭から離れない。
私は毎日が幸せだった。でも、トルセクは違ったらしい。私が剣の稽古に誘うたびに、嫌々付き合ってくれていたのだろうか。私が勇者だから、断れなかったのだろうか。
「……私は、何も気づかなかった」
涙がこぼれた。
彼はいつも優しかった。私が困っていると助けてくれた。私が泣いていると、そばにいてくれた。それなのに、私は彼を苦しめていたのだ。
「ごめんなさい、トルセク。私は、お前の優しさに甘えていたんだな……」
私は床に座り込んだ。トルセクがロヘンの死を持ち出して、私を責めたことも思い出す。
『昔も自分の強さを過信して、大切な人を死なせたんだってな』
あれほど優しかった彼に、そんなことを言わせてしまった。きっと、私が悪かったのだ。私が嫌な女だったから。私が自分の幸せばかり考えて、彼の気持ちを考えなかったから。
「……私は、本当に最低な女だ」
涙が止まらない。
本当は、彼と結婚したかった。魔王を倒したら勇者を引退して、2人で暮らしたかった。毎朝一緒にご飯を食べて、夜は同じベッドで眠りたかった。子供が生まれたら、トルセクに似てほしいとまで思っていた。でも、そんな未来を夢見ていたのは私1人だったのだろう。
「私は、お前の子供を産みたかったんだぞ……」
私は泣きながら、床に置いた剣を見つめた。彼はもういない。私が追放してしまったからだ。
嫌いだと言われても、引き止めればよかった。勇者としての誇りなんて捨てて、泣いてお願いすればよかった。なのに、私は彼に出ていけと言ってしまった。
「全部、私のせいだ……」
ロヘンを失ったときも、私は自分を許せなかった。トルセクのおかげで、ようやく生きたいと思えるようになったのに。今はもう、何のために生きているのか分からない。彼がいない人生なんて、考えたくもなかった。
「……トルセク、ごめんなさい。私が悪かったから、嫌なところは全部直すから、お願いだから帰ってきてくれ」
私は泣きながら剣を拾った。
『お前が生きててくれたら、それだけで嬉しいんだ』
トルセクの声が頭に浮かんだ。だが、今の彼は私を嫌っている。私がいなくなれば、彼は喜ぶのだろうか。私は震える手で剣を持ち上げた。
「……ごめんなさい、トルセク」
私は剣の刃を、自分の首に添えた。




