11項
その日、ワーグナー領の離宮で火事がありアリシア・ワーグナーが亡くなった。
そんな記事が新聞の一面を飾った。
あるものは驚き
あるものは悲しんだ。
しかしそれもすぐに王女が他国へ嫁ぐニュースに埋め尽くされ、民衆から忘れ去られて行った。
けれど一部の人の中にはその裏にゼフという騎士の青年がいたことが刻まれていた。
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「ゼフ…が…死んだ…?」
「…アイツは最後まで馬鹿な野郎だったよ」
そう言った騎士の肩は小さく震えていた。
「アレスター、お前のツーマンセル解消手続きと次の相方が決まるまで休暇を言い渡す。
……さて、俺はアイツの最後の頼みを聞いてやらないとな」
ゼフの部屋には何もなかった。
まるで最初から誰もそこにいなかったかのように。
ただ、机の上に一冊の本とメモがあった。
『
カイへ
すまない
返すのが難しいので返しておいてくれ。
ゼフより』
お手本のような字を撫でる。
ここまで字を上手くなるのにどれだけ…
夜な夜な大きな背中を丸めながら字の練習をする姿は昨日のように思い出せるのに…。
「それだけ、かよ…馬鹿野郎…っ」
クシャッとアイツの残した最期の軌跡が歪んだ。
青年は遺言通り司書に本を返した。
「これはゼフ様にお貸しした本ですが…」
「あー…アイツはちょっと任務で…」
「…気を使わなくても大丈夫です。」
無表情に見える女性の瞳には悲しみの色が確かに映っているように見えた。
「……私となら、ここで静かで穏やかな時間が過ごせたはずなのに…」
「君は…」
ゼフが好きだったの?
「手続きはこちらで進めておきます。」
女性はそれ以上何も言うことはなかった。
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「失礼します。」
「…騎士様がウチみたいな農家になんのようだ。」
「息子さんの遺骨を届けにきました。
そして、これは息子さんから貴方たちにと預かった彼の給金です。」
「は…冗談はよせよ」
「…………。」
「冗談、だろ?
あの馬鹿息子はどこかで生きてるんだろ?」
「……お悔やみ、申し上げます。」
「ふざけんじゃねぇ!
っだから、俺は騎士になんて…っ…」
「…ねぇ騎士様、息子は、立派でしたか?」
「…ええ、一人の女性のためにあそこまで勇敢になれる男を私は知りません。」
「そう、じゃあ胸張って帰ってきたんだね…
おかえり、頑張ったね…」
泣き崩れる夫婦と側で静かに涙を流す騎士がいたことなんて誰も知らない。
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訃報はお姫様の実家にも届いた。
「アリシアっ…嗚呼…っ」
寄り添う夫婦は静かに涙を流した。
誰にも気づかれないように。
…それが貴族の勤めだから。
その傍で
仕事をする手が止まったままの男。
ただ一言つぶやいた。
「ご立派でした。お嬢様」
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不思議と人伝に思いは伝わっていって…
やがてそれを義勇詩人が歌にした。
悲しい恋の歌だった。
身分というものに振り回されて
それでも愛し合った二人の話だ。
歌はやがて書物となり
その影響は国王すらも無視できないほどになった。
多くの血を流しながら、
数年の月日が流れ、
ようやく身分制度の撤廃が決まった。
そこには騎士と姫の物語が一役を買ったという。
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昔々…
あるところに勇敢な騎士を目指す少年と
それはそれは可愛いお姫様がいました。
身分の違う2人はある日美しい湖の辺りで出会いました。
少年は小さな大冒険の途中で
お姫様はお家から逃げ出した先で
運命のように惹かれあった2人。
少年はたくさんの夢物語の話をしました。
剣の話、ドラゴンの話、不死鳥の話…
お姫様はそんな少年の話に胸を躍らせました。
いつまでもこんな時間が続けばいい。
…でも現実は残酷なものでした。
お姫様は泣きながら言いました。
私は好きでもない人の元へお嫁に行くの。
密かにお姫様に思いを寄せていた少年は驚きました。
なんで?どうして?
僕とこうしていようよ。
それは叶いません。
2人の間には埋まることない身分の差があったからです。
素敵な思い出をありがとう小さな騎士さん。
もしも私がドラゴンに捕まったらきっと助けに来てね。
その言葉を最後にお姫様が湖に現れることは無くなりました。
もう一度お姫様に会いたい。
少年は旅立つことを決意しました。
田舎者の少年にとって、街は決して優しい場所なんかではありませんでした。
それでも少年は歩き続けました。
お姫様にもう一度会う、その想いだけを胸に
騎士になる道は辛く厳しいものでした。
それでもお姫様を想うたび、不思議と力が湧いてきます。
そしてようやく手に入れた本物の剣。
少年は少しずつ青年へと成長していきました。
けれどまだ届きません。
貧しい生まれの青年には知識も名誉もなかったからです。
ある日青年は思いました。
…お姫様に手紙を書けたらどんなにいいだろう
青年は知識の園の扉を叩きました
やがて夢を叶えた青年は騎士になりました。
強くなって、共に戦う仲間もできました。
…やっと、会える。
騎士はお姫様に会うために王都へ向かったのです
華やかな舞踏会で
騎士は再びお姫様と出会いました。
美しく成長していたお姫様。
けれどその笑顔はどこか寂しそうでした。
声をかけようとした騎士でしたが
お姫様との間には高い身分の壁がありました。
想いはまた、届きませんでした。
騎士と再開したお姫様は喜びました。
でも檻から出ることは叶いません。
一人、夜空に願いました。
するとどうでしょう
空から騎士が現れたではありませんか。
けれど、お姫様はその手を取ることはできませんでした。
幸せだった秘密の逢瀬は御伽話の"悪いドラゴン"に見つかってしまいました。
ドラゴンはお姫様を塔の中へ閉じ込めます。
騎士は立ち上がりました。
たとえ勝てないと分かっていても、立ち向かうしかなかったのです。
茨の道を騎士は進みます。
城に辿り着く頃にはすでにボロボロでした。
しかし、更に多くの者達が行手を阻みました。
恐怖に耐えながら、
騎士はそれでも立ち向かいました。
…この先に何が待つかも知らずに。
正義を語った騎士は1人剣を向けました。
しかし敵うはずもありません。
左腕は肘から先はなくなり
片目は潰れ
足は折れてまともに歩くことも叶いません。
それでも御伽話の"悪いドラゴン"にその剣は届きませんでした。
騎士は最期の力を振り絞ってドラゴンの城に火をつけました。
なんでこんなことを
お姫様は今にも事切れそうな騎士を抱き留め涙を流します。
君を傷つけるもの全て壊したかったんだ。
約束をしたから。
ドラゴンに捕まったら助けると。
力なく笑う青年の目にはもうお姫様が見えていませんでした。
もし、もしもまた会えたなら…
そこから先は言葉になりませんでした。
炎が2人を包みます。
暖かいお姫様の腕に抱かれて騎士は幸せそうでした。
静かに涙を流したお姫様は騎士に寄り添いゆっくりと炎に焼かれていきました。
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「………あれ…なんで私泣いて…」
たまたま訪れた図書館で目を引いた古びた表紙を手に取って、開いた。
その中は悲しい御伽話だった。
知らないはずなのに、不思議と懐かしくて、気づけば私は涙を流していた。
そっと背表紙をなでた。
その時だ。
いつからいたのかいつのまにか男の子が隣に立ってた。
知らないはずの人なのに不思議と嫌じゃない。
「どうして泣いてるの?」
「あ…この話に、感動して…」
「御伽話好き?」
「え、ええ…嫌いじゃないわ」
「そっか、なら聞かせてあげる、俺の冒険譚」
「…何それ」
「"お姫様に恋をした騎士の話"だよ」
暖かい日差しが二人を照らしたその光景はその本の表紙にある騎士とお姫様のようでした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ゼフは何の才能もなく、ただ愚直な男です。
アリシアも産まれによって縛られた、ただの女の子です。
世の中にはどうにもならないことが沢山ありますが、それでも人の想いは時に大きな力を持つことがあると信じています。
悲しい結末であっても、それが全てではない。
そんな思いで、この御伽話のような物語を書きました。
少しでも楽しんでいただけていたら幸いです。
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ここまで本当にありがとうございました。




