作戦決行①
くだんの廃屋に到着し中に入ると、虫の声もすっかり聞こえなくなり、あたりは静寂が支配している。夜に入ると昼間よりもさらに寒気が強い。
「福ちゃぁん。えと……ここは、その……やばいんじゃない」
「だいじょぶよー。いこっ」
大志の後ろに回り込みぐいぐい押す。福の持ったハンドライトが、ちらっちらっとあたりを照らし出す。福は取りすがりの窓に目をやった。窓に人影が……。白い服、長い髪、目立つ赤い唇。涼だ。福はそっとVサインを送る。涼もそれに気付きVサインを返す。悪霊と霊能者がブロックサインかよ……。
「わぁ!」
急に大志が大声を上げる。
「い、いま、窓に女が! Vサインしてた!」
大志はもともと臆病である。幽霊、怪現象の類は気絶するほど苦手だ。今日、ここにいるのは福とHできるかもしれないと言う餌のおかげに他ならない。しかし、いくらうざったいストーカーもどきとは言え、悪霊の巣におびき出して抹殺しようとして良いのか?
(抹殺なんて人聞きが悪いなぁ。ちょっと元気を抜いて懲らしめるだけじゃん。こいつ臆病だから怖がる所見るの面白そうだし)
まあ、やれそうだからと言ってこんな場所にホイホイついて来る大志にも非はあると思うが……。
「窓に女なんて気のせい、気のせい。Vサイン出す幽霊なんている訳無いでしょ。さっ、もっと奥いこ」
フツーはいないな……Vサイン出す幽霊。
なだめすかし、時には蹴りを入れ、福は大志を何とか3階まで引っ張ってきた。
「ここで……その……するの?」
「そーぉねえ」
(やらせねーよ!)
結局、やらせもしないのか。かわいそーな大志。
「じゃ、しよっ。すぐ、しよっ」
大志が上着とランタンを放り出し、福に抱き付いてきた。
「うわっ。この、ちょっと。あせんな。こら!」
(こうなったら、この前みたく鼻の下にワンパンいれたろか!)
鼻の下は陣中と言って人体の急所の一つだぞ。
と、次の瞬間、大志の動きが止まった。
「ん?」
大志の顔は唇を尖らせたまま硬直しているが、福を見てはいない。彼の視線は福の後ろ、今上ってきた階段の天井付近で固まっている。
「ちょっと」
「う、うわー」
抱き付いていた福を放り出すと、ランタンを引っつかみ大志は奥へと逃げ出した。
「いってぇ~」
放り出されてしりもちを付いた福が見上げると、そこには、天井から上半身だけだらりと垂れ下がった涼がいた。
「あ。涼さん」
「よっ。しかし、あんたもよくあんなんと付き合ってんねー」
クルッと回転して涼が福の横に降り立つ。