6 ちょ、サシャさん?
異世界には物を持っていけるし、それを置いてこれる事がわかった。持っていった物は壊れたり、消えたりする事もないようだ。
俺しか行けないのか?誰かと一緒にボタンを押せばわかるかもしんないけど⋯誰かって誰よ?真面目に説明しても正気を疑われるだろ、こんなの。生暖かい目で見られるのは辛いぞ。
「あとはサシャさんに言ってみるかなぁ」
でも聖女様とか言われてたし、ダメじゃないかなぁ。⋯⋯でも、なんか俗っぽい気がするんだよなぁ。誘ってみたらいけるんじゃないかなぁ。でも、すぐ消えるし、怪しさしかないよなぁ、俺。うーん⋯。
ぽちっとな。
「あのシャシンの本、いつまでも見ていられます!ユウジさんはいつでも見れるんですか?」
「み、見ようと思えば、いつでも見れますよ」
「じゃあ、やっぱりお金持ち?」
「いえ、そんな事ないですよ。日本では簡単に見ようと思えば見れますし、撮る、あー、作ろうと思えば作れますよ」
「えぇ?!そうなんですか!お金持ちの国?!」
⋯なんかやっぱり、聖女様って言われてたけど⋯言われてはずだけど普通の人だな?
「ほら、本を渡した時にこれを持ってたでしょ?これでも写真を作って、見れるんですよ。ほら」
スマホを見せると、今までに見たことがない顔で画面を凝視している。操作する度に表情が変わっている気がする⋯。
「紙に印刷してない状態ですけど、こんなふうに見れるんです。ほら、教会の中ですよ」
「っっ!!えぇ?!本当だ!教会だ!何これ!すごい!」
「サ、サシャさん?」
タイミングが良いのか悪いのか。戻ってきてしまった。あのまま動画も見せていたら、どうなっていた事やら⋯。
⋯なんか、連れてこれそうじゃねぇ?好奇心旺盛な人っぽいし。
ぽちっとな。
「待ってましたよ!ユウジさんっ!昨日の教会のシャシン見せてくださいっ!」
「え?あ、はぁ。どうぞ」
「ありがとうございます!⋯これはあそこかな。こっちは⋯」
「⋯⋯あの、僕が住んでる日本と、ここパラデリアが別の国ってのはわかりますよね?」
「え?あー、そうなのかなって感じです。こんなの見たことなかったですしね」
「国もそうですが、もしかしたら世界自体が違うかもしれません」
「⋯はい?世界が違う?」
⋯なんかまた変な顔しているな。いや、おかしい事を言ってるのは俺か。
「はい。異世界って言葉があるか分かりませんが」
「⋯イセカイ。違う世界⋯」
「日本には魔法は存在しません。他の国もそうです」
「!?魔法がない?!」
「やっぱりこっちには普通にありますよね」
そう、それが一番わかりやすく、違うところだ。
「でもでも、ユウジさんは魔法で来てるんじゃないんですか?」
「違います。⋯⋯⋯あぁ、でもそうなのかもしれないですよね。本当のところはわかりませんけど。少なくとも、魔法を使ってるという認識ではないですよ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「あー、おかしいですよね、こんな話⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ヒャッッハァァー!!最高ですよ!!」
「⋯⋯⋯⋯え?」
⋯⋯⋯ヤバイ人きた。
「違う世界!イセカイ!いいですねぇ!それ!私もニホンに行ったりできるんですかね?!」
「わ、わかんないです」
スマホをチラッと見ると、四分を過ぎたところだった。
「た、試してみますか?」
「試しましょう!試しましょう!」
この人、本当にサシャさんか?!
「じゃあ、手を繋いでもらえますか?多分くっついてればいけるんじゃないかと」
「わかりました!っ」
そろそろ五分経つ。さて、どうなるか。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ヒャッッハァァー!!」
「⋯⋯⋯⋯え?」
自分の部屋で今まで聞いたことのない声が聞こえた。ただ、声自体は聞いた覚えがある。つい、さっき、異世界で。
「サ、サシャさん?」
「教会じゃないですね!?ここニホンですか?!」
「そうです。あまり広くないけど、僕の家です」
「つまり、村でなければ、パラデリアでもない!」
「あ、はい。外見てみますか?」
「もちろんっ!」
ベランダへ案内してから気づいた。さっきのように叫ばれるのは困る。
「⋯⋯⋯っ!!??」
あ、大丈夫っぽい?⋯サシャさんって、こんなに感情豊かな人だったんだな。いつも短時間だし、全然わかんなかったよ。
「何か動いてる!高い建物がたくさん!」
「動いてるのは乗り物ですね。建物はここみたいな集合住宅だったり、仕事する場所だったりといろいろありますよ。あっ、そろそろ時間かも⋯」
「え、もうですか?!」
「⋯⋯あれ?五分過ぎてる?」
「あ、何か飛んでる!って鳥かな?」
「あれも乗り物ですよ」
「?!?!」
五分過ぎても、サシャさんはベランダに居たままだった。
え、こっちからは一緒に行かないとダメとか?⋯今日はもう行けないよね?仕事とか用事なかったのかな⋯⋯あっちじゃ行方不明になっちゃうんじゃない?ヤバいヤバい!どうしよう!
「そういえば、ユウジさんは普段何してるんですか?」
「あー、今は何もしてないです。⋯少し前に大病を患い、仕事は辞めたんですよ。んで、死んじゃうとこだったんですけど何故か治っちゃって。だからまた働く予定ではありますけどね」
「大病⋯。そうだ」
「どうしました?」
「私、ユウジさんのことを魔法で治したかもしれません」
「え??」
「少し前の夜、神託があって⋯」
あ、消えた。へー、こうやっていなくなるんだ。あ、何分だったんだろ。五分以上いたよね?⋯⋯いや、それよりも魔法で病気を治してくれたって?
ぽちっとな。
「目の前に現れる人を癒やしなさいと神託がありまして。タダ働きは嫌でしたけど、神託なら仕方ないと。そしたら、すごく衰弱した状態の男性が現れて、魔法をかけたらいなくなったんです。数分間でしたし、黒髪だったから、多分ユウジさんだったんじゃないかと」
「⋯そうなんですかね。魔法をかけられた記憶はないんですけども」
「あ、眠ってましたよ」
「⋯⋯じゃあ、俺の命を救ってくれたのはサシャさんなのか?」
あの頃は死を覚悟していた。でも、理由もわからず治ってしまった。それ自体は良かった事なんだけど、どこか素直に喜べなかった。誰に、何に感謝していいのかわからなかったから。
「ユ、ユウジさん?」
「⋯⋯本当にありがとうっ!死なずにすんだ!」
サシャさんが歪んで見える。どうやら泣いてしまっているようだ。恥ずかしいけど仕方ない。ずっとモヤモヤしてたんだ。スッキリさせてもらおう。
「いえ、治せるものだったんだからいいんですよ」
「ふふ、聖女様っぽい。タダ働きさせちゃったけど」
「聖女ですから!それにシャシンとかニホンとか、教えてもらってるから充分ですよ!」
「それならいいんだけど、あ、いや、いいんですけど」
「あ、そうだ。普通に話してくれませんか?」
「え?」
「そのほうが話しやすいだろうし、時間短いんだし」
「あー、じゃあ、そうする。サシャさん。これからもよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
握手のつもりで手を差し出すと、握り返してくれた。⋯が、握手した手はそのまましばらく握られている。
「さ、今日もニホン行きますからね!」
あー⋯⋯。こういう人なんだな。




