4 ぽちっとな
手術をしなかったから、治療費はあまりかからなかった。その治療費すら保険金でまかなえた。まだ貯金はそれなりにある。だが、底をつく前に稼がないといけない。これから生きていく以上、切実な問題を解決しないといけない。
そう、無職という問題を⋯。
変な言い方にはなるが、死ぬつもりでいたのに治ってしまった。それに伴い、今後発生しないはずだった生活費が今後も発生する。家具や家電などの処分したものも、ある程度買い直さないと生活できない。予定外の出費というやつだ。
いや、生きていられるのはいい事だよ?いい事なんだけどね?いろいろ思って、いろいろしたのにね?
うーん。新しく仕事を見つけるか、それとも退職した会社に連絡してみるか。⋯戻れたらなー、部署にもよるけど仕事を覚える手間は少ないはず。会社側からみても新人よりはいいはず。⋯とりあえず連絡してみるか。完治したから戻れませんかって。ダメなら他の仕事を考えよう。
今後の方針を決め、なんとなく目に入ったボタンを押してみた。
「ぽちっとな。って、なんだったかな?」
ピンポン。
音が鳴り終わると同時に景色が一変した。
「え?え?」
前と同じ教会のようだ。今回は後ろのほうの席に座っていた。前のほうには何人か人が並んでいるように見える。
『回復』
「あ、ありがとうございます!」
「はい、治りましたね。料金はお気持ちで結構ですけど、いくらだせます?」
「こら、サシャ。いけません」
「はいはい、すみません。次の方どうぞー」
「お願いします。足を怪我してしてしまって」
「はいはい、これなら魔法ですぐ治せますね。それでは、『回復』」
どうやら、サシャが回復と言うと、少し光って治っているらしい。何組か繰り返してたけど、どう見ても治療してるとは思えなかった。
これは幻覚?癌の後遺症でおかしくなったのか?
気づいた時には自分の部屋だった。目の前にあるボタンをもう一度押しても、ピンポンと音が鳴るだけで何も起きない。このボタンは関係ないのだろうか。
「回復って言ってたな⋯。え?それで治るの?魔法って言ってた??いやいやいや、ないでしょ⋯」
でも、なんとなく手を見つめながら、真似してみた。
『回復』
手のひらを中心に少し光った気がした。
「え⋯⋯⋯。いやいやいや、んなバカな。⋯⋯⋯もっかい、『回復』」
今度は何も起きない。さっきのも、そんな気がしただけだろう。
「なんなんだよー。⋯⋯ぽちっとな」
ピンポン。
さっきと同じく、音が鳴るだけで何も起きない。
「もう、なんなんだよー⋯」
⋯⋯顔が熱い気がする。
ーーーーー
「聖女様!聖女様!」
先程、足を治療した人の子供がなにやら興奮している。
「どうしたの?今度は君も怪我したの?」
「違うよ!してないよ!あのね、さっきね、村で見かけない男の人がいた!急に現れたと思ったら、急に消えちゃったんだよ!」
あ、それは⋯
「⋯もしかして、髪が黒い人?」
「⋯!?うん!そう!知ってるの?」
「この前、少しお話しただけだよ。⋯村では見たことないの?」
「僕は見たことない!」
「そっかぁ⋯」
「あの人なんなの?」
「今度来たら聞いてみるね」
⋯多分、ユウジさんで間違いないはず。村に住んでないの?突然来て、突然消える?どうなってるの?
「神託がらみだと、神様が関係してるのかな⋯」
教会に置かれている神像は、何も教えるつもりはないようで沈黙している。
ーーーーー
「さてと、さっきの教会はなんなのか?夢なのか?幻覚なのか?回復って言ってた魔法はなんなのか?光っていたのは何か仕掛けがあるのか?」
さっき光ったような気がする手のひらを見て、次にテーブルの上にあるボタンを見る。
やっぱりこのボタン怪しいんだよな。
「もっかい、ぽちっとな。⋯⋯だよねー」
ピンポンと音が鳴るだけで何も起きなかった。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン。
連続で押しても何も起きない。一人でいる部屋に音だけ空しく響いた。
「⋯さっきから何やってんだ、俺」
その後、時間をあけて押してみても、音が鳴るだけで何も起きなかった。
「さてと、もう日付変わったし、もっかい押して寝るか。⋯ぽちっとな」
ピンポン。
え?あ、変わった。教会⋯かな?
教会の中は真っ暗だった。窓からの月明かりしかなくて見えづらい。外はどうだろうか。静かに窓によってみる。街灯とかないのか外も暗い。分かりづらいけど家があるように見える。明るい家もあるけどほぼ暗い。見える範囲にある家は、普段見るような作りの家ではない。ビルとかマンションも見当たらないような気がする。
え、どこの田舎?え、近所じゃないの?⋯⋯そもそも日本、だよね?⋯そいや、魔法って言ってたけど?⋯⋯⋯⋯え、異世界ってやつ?いやいやいや、なんなアホな。なんかの撮影か?
気づいたら部屋に戻っていた。
「戻った?⋯五分くらい、かな?」
もう一度ボタンを押してみても、音が鳴るだけで何も起きなかったから今日はもう寝る事にした。
次の日、もし寝起きのままで変わってはいけないかと、最低限に身だしなみを整えてからボタンを押してみた。
ピンポン。
何も起きない。
⋯⋯⋯⋯。よし、会社に連絡を入れよう。こんなボタン振り回されている場合じゃない。
人事に繋いでもらい、病気はすっかり回復した事、元の場所に復帰、もしくは違う場所でも復帰できないかという事を話した。出戻りってやつだ。カムバックやらアルムナイやら言い方はあるかもしれんが、出戻りってやつだ。
復帰については、後日連絡をもらう事になった。出来なくはないようだが、あまり例がないのと、元の場所は別の人を入れたとか。そりゃ、補充できるならしますわな。まぁ、こちらとしても会社どころか、日常に戻れるとは思っていなかったし。痕跡もないとかで原因もわからないけど。
⋯⋯治ったのは、あの、回復って言ってた魔法をかけてもらったとか?⋯いやいや、かけてもらった記憶ないわ。
ピンポン。
何も起こらないけど、暇さえあれば押していて思った。
⋯これ、もしかして一日一回じゃね?
昨日押して教会になって、その後は何も起きず。日付変わって押したら教会になって、その後は何も起きず。
ピンポン。
やっぱり何も起きないか。⋯明日試してみるか。