魔王様と困難な幸せ
ラーミカとの誤解を解いた魔王。
転移で魔王城に帰還するも、そこには魔王の今後に絶大な影響を及ぼす問題が残っていた。
魔王の運命やいかに?
最終話、どうぞお楽しみください。
ラーミカの転移で、魔王とホークマンのカーターは魔王城へと帰還した。
玉座の間の床に下ろされた魔王は、安堵の息を吐く。
「やっぱりラーミカの転移やと早いなぁ」
「……お褒めに預かり光栄の至り」
「……何や態度固ない……?」
「そんな事はありません。そんな事より半ば溶けているカーターを回復させてやらなければならないのでは?」
「せやった! 誰かー! 回復係呼んでェー!」
魔王の声に、即座に扉が開いた。
「魔王様!?」
「帰ってきた!?」
飛び込むように入って来たのは、扉の前で魔王の帰りを待っていたコボルトのメイド・コッヌイとワーウルフのメイド・ミカーオ。
予想外の場所からの声に驚きながらも、その中型犬サイズのナメクジ姿を見るや、尻尾をちぎれんばかりに振って喜びを露わにした。
「お帰りなさいませ魔王様!」
「おー、今戻ったで」
「魔王! 怪我ないか! 死んでないか!」
「無事や無事や。生きとる生きとる。せやけど飛んでくれたカーターがえらい疲れとるから、回復係を誰か呼んでくれへん?」
「ミカーオに任せろ! すぐに連れてくるぞ!」
「あっ、ミカーオちゃん! ……」
ミカーオが勢い良く部屋から駆け出していく。
それを見送る形になったコッヌイが、おずおずと玉座の間に入って来た。
「あの、魔王様……」
「ん? 何やコッヌイ」
「……えっと、ラーミカ様を迎えに行ったんですよね……?」
「せや! 若干行き違いもあったけど、この通り無事に戻って来たで!」
「そ、そうですか……。そう、なんですね……」
「……」
俯きながらも上目遣いにラーミカを見つめるコッヌイ。
その視線を避けるように、顔を逸らすラーミカ。
「? 何や? 喧嘩でもしとるんか?」
「えっと、その……。喧嘩と言うか、ライバルと言うか、えへへ、そもそも勝ち目はなかったんですけど……」
「……」
「え? え? どゆ事?」
「……でも、魔王様は決断されたんですよね……。なら、私も……!」
「な、何やコッヌイ……? 目つきが、何か……」
訳もわからずたじろぐ魔王に、顔を真っ赤にしたコッヌイが叫ぶように言い放った。
「私を側室にしてください!」
「は!? な、何言うてんの!?」
「……」
あからさまに動揺する魔王。
一瞬眉を跳ね上げるも、無表情に戻るラーミカ。
顔を上げたコッヌイは更に言い募る。
「今までは魔王様は恋愛とか結婚とかを考えていらっしゃらないようでしたので我慢していましたけど、魔王様がご結婚されるなら話は別です! どうか!」
「何の話!? ワシ結婚なんてまだ……!」
「誤魔化さないでください! ラーミカ様をあれだけ必死に追いかけられたんです! それってそういう事ですよね!?」
「いやだからどう言う事ォ!?」
「だから! ラーミカ様をお妃に迎えるって事ですよね!?」
「……えええぇぇぇ!?」
「……」
魔王の絶叫。
色を失うラーミカの瞳。
予想もしていなかった反応に、コッヌイは戸惑う。
「え、え!? だ、だって、誰よりも大切だから、お城の事をロクド様に任せてすぐに追いかけたんですよね!?」
「せ、せや! ラーミカが吸血鬼の当主も選べるようになってから、ワシの側で支えてくれるんか聞こ思うて……」
「それもうプロポーズじゃないですか!」
「何が!?」
「だってそんなの好きな人にしかしませんよね!?」
「ま、まぁ嫌いやったらせぇへんけど……」
「だったら、どうして……!」
「えぇ……?」
目に涙を浮かべるコッヌイに、魔王は戸惑いを隠せない。
そこに、
「おーい! 回復係連れて来たぞー!」
「魔王様! お戻りですか! 回復をしながら、城の業務報告をさせていただいてよろしいでしょうか!?」
「ミカーオ! あなたはロクド様に何という失礼を……!」
「あらぁ、それを口実にぃ、玉座の間にぃ、来たかっただけじゃないのぉ? レヌぅ」
「ほらほらニオコちゃん! 魔王様帰って来たみたいだよー!」
「あ、アペリちゃん……。足、早い……」
「わーい! お帰り魔王様ー! 新しい悪戯考えたから、許可ちょーだい!」
ミカーオを先頭に城で働く者達がどっとなだれ込んできた。
「な、何や何や!?」
「あれ!? コッヌイ泣いてる!? どーした!?」
「ラーミカ様はお戻りになりましたか。しかしこの空気は一体……?」
「ま、魔王様! またコッヌイが何か粗相をいたしましたか!?」
「……ふぅん。成程ぉ。修羅場なのねぇ……」
「魔王様、どうしたのー? 何か壊れたなら直すよー?」
「……えっと、これ、もしかして……」
「……ありー? これは悪戯をしていい空気じゃない感じー?」
それぞれがその場の異様な空気を感じ取り、ざわめき出す。
その騒がしさに力を得たかのように、コッヌイが力いっぱいに叫んだ。
「魔王様!」
「はい!」
「この際はっきりさせてください!」
「はい! ……で、何を……?」
「ラーミカ様の事、どう思っているんですか!?」
「え、そら、めっちゃ信頼できる仲間やと……」
「そうじゃなくて! 女性としてどう思っているんですか!?」
「はぁ!?」
目を見開く魔王。
固まる空気。
時間が停止したかのような沈黙。
そんな中、ロクドに回復魔法をかけられて多少元気を取り戻したカーターが口を開いた。
「え、ラーミカ様って女だったんですか?」
「「「「「はぁ!?」」」」」
その言葉に魔王とラーミカを除く全員が反駁した。
「何言ってるんですか! どこからどう見ても女性ですよ!」
「うん、ミカーオもそれわかってた」
「……残念な頭脳だと思ってはいたが、ここまでとは……」
「信じられません……!」
「これはぁ、カーターちゃんがぁ、悪いわぁ」
「ボクより全然女らしいと思うけどなぁ……」
「あ、アペリちゃんは可愛いよ! ……ラーミカ様も綺麗……。私なんかより、ずっと……」
「なーに落ち込んでんのニオコー! よーし! ここはあたしが皆にセクシー水着を……、って何すんのロクド様ー! はーなーしーてー!」
皆に責められ、真っ青になるカーター。
「え、だ、だって、いつも黒いスーツ姿で、声も低いし、胸もないし、強いし、怖いし、女らしいところなんてどこにも……」
「カーター」
「ひっ!?」
底冷えのするラーミカの声に、カーターは心底縮み上がった。
息すら止まりそうな重い空気。
しかしラーミカはふぅ、と息を吐いて殺気を緩めた。
「カーターが誤解するのも無理はありません。私は魔王様にお仕えするために、女としての振る舞いを封じていたのですから」
「「「「「……」」」」」
大半の者が(あれで……?)と思っていたが、勿論口には出さない。
「それに、魔王様も私を女とは思っていなかったようですしね」
「っ!」
「「「「「えっ」」」」」
揃った声と視線の先で、魔王はだらだらと汗をかいていた。
そんな魔王にラーミカは、きめの細かい砂のような、柔らかく乾いた声で続ける。
「いえ、構いませんよ魔王様。それだけ私の振る舞いが側近として完璧だったという事ですものね?」
「あ、いや、その、はい……」
「魔王様は魔王様で、お仕事を十全に行うために、恋愛から身を遠ざけていらっしゃいましたものね?」
「あの、それは……、はい……」
魔王は身体を縮こませながら、恐る恐る頷く事しかできない。
「……それで良いのです」
「……は?」
「そんな魔王様だから、一生をかけてお仕えしようと思ったのです。どうかお気になさらないでください」
「……え、いや、その……」
「魔王様は城を差し置いて私を迎えに来てくださった……。側近としてはお諌めするべき行動でしたが、私にはそれだけで十分です」
「……ラーミカ」
緩んだ空気。
それにカーターがほぅ、と安堵の溜息を漏らした。
「カーターは一月給料なしです」
「何で俺だけ!? 魔王様を運んだのは俺なのに!?」
突然の宣告に悲鳴を上げるカーター。
「ですから魔王様、これまで通り、よろしくお願いいたします」
「あ、えっと、その……」
魔王は頷きかけて、首を横に振る。
「……いや、ちゃんと考えさせてくれ」
「……え」
「きちんと考えた上で、今まで通りにするか、何かを変えるんか、決めさせてくれ」
「……はい……」
ラーミカはほんの少しだけ顔を明るくしてそう答えた。
「だ、だったら私の事も考えてみてください魔王様!」
「コッヌイ!?」
「ラーミカ様ばっかりずるいぞ! ミカーオも魔王様と仲良くしたいぞ!」
「ミカーオ!?」
「……あの、でしたら私も、その、末席にでも加えていただけましたら……」
「レヌ!?」
「私もぉ、立候補させてもらうわぁ。魔王様のぉ、お、く、さ、ん」
「マァニ!?」
「え、じゃ、じゃあボクも……」
「アペリ!?」
「……魔王、様……。雑用係でも、いい、ですか……?」
「ニオコ!?」
「全員分のウェディングドレスは任せろー!」
「ラズタイ!?」
「すげー……! これがハーレムってやつなんですね……! 流石です魔王様!」
「カーター!?」
「魔王様のお立場でしたら、全員を娶っても何の問題もありません。世襲制も廃止してお子様が魔王を継がなければならない問題も解決されましたし、思う存分……」
「何言うとるんロクド!」
孤立無援となった魔王。
迫る熱を帯びたいくつもの視線。
「誰か助けてェー!」
クソザコナメクジな魔王の叫びは玉座の間を突き抜け、青く晴れ渡った空に虚しく吸い込まれていくのであった。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
第一話からラーミカの性別を明らかにしないまま進めて、
「つまりラーミカは女だったんだよー!」
『な、なんだってー!?』
をやりたかったんですが、ばればれだった模様……。
でも気付かれない伏線は伏線たり得ないからへーきへーき(震え声)。
第一話投稿から約一年半。
『クソザコナメクジな魔王』という思い付きの単語から、ここまで話が広がり、こんな賑やかな完結を迎えられたのは、飛び飛びの連載ながら、更新の度にいただいた温かい感想のお陰です。
ありがとうございます。
今後もまた皆様にお楽しみいただける作品を目指して書いてまいりますので、よろしくお願いいたします。




