新たな試みと受注ラッシュ
今回は少し専門的な話が出ます。
国の宰相ブラウンの訪問の後、工場部門の品質管理部では新たな試みが行われていた。電気を作り出す事が出来そうな今、それなら電池は作れないか? という発想から始まった。充電式の電池は無理として、使い捨て電池なら作成出来そうだったのだ。
「岡田君。電池に必要な物を準備したよ」
「蓮見課長、ありがとうございます」
「それにしても良く電池の材料など知っていたもんだな」
「子供と一緒に科学の勉強をしていたんですよ。学〇の通信教育のあれですよ」
「月1回発行するやつか? 付録で遊べるやつだな」
蓮見が用意したのは、銅・亜鉛板、それに電解質水溶液(電流を流す水溶液)。本当は、アルミニウムが欲しかったのだが、すぐには手に入らないので亜鉛板で代用する。電解質水溶液は、簡単に言うと食塩水の事だ。(人の唾液でも代用は可能)
食塩水の中に銅と亜鉛板を入れると、電流は生まれた。この実験を簡単に行うなら、10円玉と1円玉を重ねてその境目部分に舌をくっつけると変な味がするんだ。これは舌に電流が流れた証拠だ。ここで流れる電流は、約0.55V。小さなおもちゃ程度なら3つ程繋げば使える電圧だ。色々な物で試す事は出来るが、多くの電流を発生する組み合わせとしては、ステンレスのスプ-ンとマグネシウムで約1.5Vが最大だった。そして重なる面積が大きい程、得られる電流が大きくなることも分かった。将来的には、電池式の時計や家電で使用できるようにしたい。岡田を中心としたグル-プは、引き続きこの実験を行っていく事になった。
※デジタル式時計などは、一般的に1.5vの電圧が必要です。
◇◇◇
宰相にも認められた信頼雑貨株式会社には、各貴族から大量の注文が入るようになった。先ずは名刺だ。対立していたはずの貴族からの注文も、ライアンを経由して入って来た。貴族の嗜みとして名刺を配る事が、ステ-タスになりつつあるらしい。名刺交換以外に懇意にしている商会などに渡す事で、その商会の価値が上がる様になっているとの事。これは貴族社会だからこそだろう。
「なぁ速水。営業無しでこの受注って凄ないか?」
「そうだなぁ。いずれ流行るとは思ってたけど、まさかこれ程とはね」
「なんや対立しとった貴族からも来とるんやろ?」
「そうみたいだな。公爵様が何かしたんじゃないか? あの人ならやりそうだよ」
名刺の印刷自体は、受注分も時間を掛けずに処理できるだろう。この後の事を考えると、紙の研究も急ぐ必要性が高まった。ギルドを通して木の選定も行われており、和紙に近い物なら製作可能という声も出ている。
「でも一番大変なんは、工場やなぁ」
「そうなるな。実質、名刺・馬車・水道工事だけでもかなりの労力だ」
「でも職人の数も多いで? なんや木工の職人さんも雇ったらしいし」
「ああ、馬車の本体を作るからだよ。それに今まで無かったソファ-も設置するしな」
「なるほどなぁ。確かに馬車なんぞ作った事も無いやろうし、中に人が乗るんやもんな」
「馬車1台で、金貨100枚だ。貴族って本当に見栄の世界みたいだな」
「感覚狂ってくるわ。儲かりすぎてもなぁ」
「本当に。でもそのおかげで、雑貨の方も受注貰ってるんだけどな」
「なんや他の街からも大量に受注来てるらしいやん」
「在庫が足りなくなりそうだよ。鉛筆とか作れるものは、生産しないと」
「木製の食器とかも作るんやろ?」
「ああ。その為の職人も雇っているよ。ただ、まだ電気の方が実験中らしい」
電気を作り出すためにコイルの生産も始まっている。磁石も合わせて大量に仕入れた。後はガラス職人なのだが......。
◇◇◇
その頃工場では、蓮見を中心に話し合いが行われていた。議題はガラスについてだ。
「ガラスの生産なんだが、今ある高炉でも事実上可能なんだな?」
「蓮見さん。出来るはずですよ。バ-ロック! ちょっと説明してくれ」
「はいよ! えっと何から話せばよろしいでっか?」
「ガラスの材料から作り方を簡単に頼む」
「はいはい。先ずガラスの材料は、ケイシャ・ソ-ダ-灰・石灰石を混ぜ合わせますんや。それを1500度の釜で溶かして、穴の開いたパイプに息を吹き込み伸ばすんですわ」
因みにケイシャは、そこら辺にある砂の中にある。日本で言うなら、公園の砂場でキラキラと光ってるのがケイシャだ。そしてソ-ダ-灰は、うちの工場にある洗濯ソ-ダ(油汚れを取る洗剤)でも代用可能。天然の物は湖が干上がった場所などで見つかる事もある。石灰石は色々な生物が集まって固まったもの。分かりやすいのは化石だ。
「此処の工場の高炉であれば1500度いけまっしゃろ。材料も安価ですし作ってみましょか」
「蓮見さん。念の為、他の街のガラス職人も雇いましょう。ガラスも種類がありますし」
ガラスが作れるようになれば、ガラス製品の生産も可能になる。社内のガラスが割れた場合の対応も出来るだろう。現在、信頼雑貨株式会社の工場は急ピッチで拡大している。国の保護を受けた事がこれだけの影響を及ぼすとは、社員一同誰も考えていなかった。しかしこの会社の社員は、忙しい時ほど活き活きしていたんだ。
拡大する販路に比例して制作チ-ムが忙しくなった。今ある知識と新たな人材で、この難局を乗り切れるのか?




