21.「空色の翼」
●【21.「空色の翼」】
誰かの絶叫が静寂を破った。
「陛下っ!」
「陛下ーっ!」
近衛たちが駆けつけたとき、二人の王はすでに事切れていた。
「エーレ!カイエ!」
フェリシダドは観客席を飛び出し、夢中で走った。
「こら!そこの女、止まれ!」
しかし、フェリシダドは静止する兵士たちを振り切り、引き倒されても立ち上がり、腕をつかまれても振りほどき、横たわる二人の側へ駆けつけた。
「ああ!どうして!!どうしてこんなことに!」
フェリシダドは半狂乱になりながら、血まみれの二人の体をかき抱いた。
「やめろ!陛下になにを!」
兵士たちが静止に入ったがフェリシダドは二人を放そうとしなかった。
そして、兵士や近衛たちをきっと睨みつけながら大声で叫んだ。
「誰がこの子達を殺したの?この子達は普通の子供たちだった!悲しいときに泣き、楽しいときに笑い、そして人をおもいやる優しい子たちだった!誰がこの子達の命を奪ったの!」
辺りは静まり返り、フェリシダドの悲痛な叫びだけが響いた。
「王でなければこの子達は死ぬことなどなかった!王の子供だからというだけで、どうしてこの子達は死ななければならなかったの?誰が……誰がこの子たちを!」
フェリシダドは絶叫した。
誰もフェリシダドに近づけなかった。
誰が悪いのか?
誰が彼らを殺したのか?
その問いに答えられる者はここにいなかった。
だんだん冷たくなる二人の体をぎゅっと抱き、フェリシダドは泣き叫んでいた。
空は夜の闇に閉ざされ、星ひとつ出ていなかった。
二人の死を悼むように、厚い雲が空を閉ざしていた。
二人の亡骸を抱きながら泣きつづけるフェリシダドの頭上にふわりと一片の桜の花弁が散り落ちた。
ふわり、ふわりとそれはまるで慰めるように散り落ちてくる。
花弁は、まるでカイエとエーレウスの亡骸を覆い隠すように沢山散り落ちてきた。
「この季節に、桜……?」
人々はこの不思議な現象に声も出なかった。
「心優しき慈母よ……泣かずともよい……」
空から散り落ちる桜の花弁とともに、老人の声がした。
「……誰?」
フェリシダドは掠れた声で空を見上げる。
しかし、そこには誰もいない。
ただ、暗い空からふわふわと雪のように淡い桜の花弁が落ちてくるだけだ。
「さあ、おいで……女神の翼よ。気高き二つの魂よ……」
フェリシダドの腕の中から二人の体が消え、代わりに現れたのは大きな翼を持つ二羽の鳥だった。
「エーレ……カイエ……あなたたちなの?」
その翼は晴れた空の青で染め上げたような鮮やかな空色。
二羽の鳥はフェリシダドに甘えるようにその小さな頭を擦り付けると、次の瞬間、勢いよく空に向かって羽ばたいた。
「ああ……」
二羽の空色の鳥はフェリシダドの頭上を何度も旋回するように飛んだ。
そして、最後にフェリシダドの側を掠めて天高く飛び去った。
フェリシダドは確かに聞いた。
カイエとエーレウスの声を。
━━━━━━━ 「ありがとう、フェリシダド……僕らの大切なお母さん……」
空色の羽が一枚、フェリシダドの手の中に残された。
「エーレ……カイエ……」
フェリシダドはいつまでも空を見上げていた。
二羽の鳥はぐいぐいと力強く厚く垂れ込めていた雲をその大きな翼でかきわけ、雲を散らせた。
明るい月の光がミヅキの宮殿を照らし、まるで雪のような無数の花弁が空から落ちてきた。
幻想的なその光景に、誰も声を上げなかった。
「桜翁様だ!桜翁様がいるよ!」
最初に声を上げたのは幼い少女だった。
子供たちが次々に声を上げる。
「翁様が舞っているよ!」
「きれいだねえ!」
「本当にきれいだねえ」
大人たちにはその姿は見えない。
しかし、桜翁は舞っていた。桜の花弁に包まれて、雲を払い、光の粉を撒き、風に乗って舞っていた。
主を無くした二つの国を悼み、慰める舞だった。
「……イーラ殿の預言……空色の鳥が暗雲を打ち払い、飛び去る……このことだったのか……」
エセル神官長はいつまでも空を眺めていた。
「ねえ……本当に僕らは飛んでいるのかな」
「ああ。飛んでいる……それよりすごいなカイエ……空の上から見たミヅキは綺麗な国なんだな」
カイエとエーレウスはしっかりと手を繋ぎ、力強く羽ばたいていた。
彼らの肩には片方づつの翼があった。
晴れた空を切り抜いて作ったような鮮やかな空色。
力強く、羽ばたくたびに銀色の光の粉を撒く不思議な翼。
「なんて速く飛べるんだろう?ほら、もうゾディア地方が見えてきた……あれはゾディア樹海だね……それを抜ければガラール砂漠……懐かしいホムル……君の国だ。エーレウス」
「自由になったんだ……俺たちは自由になったんだな」
「エーレウスの望みは叶ったのかい?」
「ああ。望んだ以上の望み……こんな景色が見られるなんて思ってもみなかった」
「……よかった」
カイエは微笑んでエーレウスの顔を見た。
「ほら、カイエ見てみろ……俺の国ホムルもなかなかこれで素敵な国だろう?」
「夜の闇であまりわからないよ……でも、砂漠は夜みても白っぽいんだね……ああ、あの山の連なりに赤く光ってるのはオレロドインだ」
「カイエはモライスに行ったんだっけな」
「うん」
敵対する国どうしの王太子という身分からの解放。
二人をおさえこんでいた身分や責任など、すべての息苦しさから解き放たれたという実感。
親友となんの気兼ねもなく話し、共にいられる自由。
生まれて初めて感じる爽快な開放感は二人の心を高揚させていた。
「このまま僕らはどこまで飛ぶんだろう?」
「さあ……飛べるところまでじゃないのか?」
エーレウスがそう言った時、彼らの目の前に桜翁が現れた。
「これ、お前たち……飛ぶのはもうそれぐらいにして、早くデーデ様のところへ行かんか。お前たちには役目があるのだぞ?」
「うわっ……」
突然現れた桜翁に二人は驚く。
「いつもいきなり現れるなあ……このじいさん」
「何か言うたか?」
桜翁はエーレウスをちらりと横目で見る。
エーレウスは慌てて口を押さえて肩を竦める。
「ところで女神デーデ様はどちらにいらっしゃるのですか?桜翁様」
「もうここにいらしておる」
桜翁の背後に現れたのはミーサだった。
「ミーサ?」
「なぜミーサがここに?それに、その姿は……?」
その姿は彼らがよく知っているミーサだったが、その髪と瞳は銀灰色だった。
あまりのことに、カイエとエーレウスは目を丸くした。
「この娘は今は女神様の拠りしろじゃ……さあ、お前たち、彼女に翼を。この娘の両手を取るのじゃ」
ミーサの右にカイエ、左にエーレウスが回り、二人はミーサの両手をそっと取った。
三人は手を繋ぎ、さらに空高く舞い上がった。
「さあ、残りの武具を取りに行こう。竜巫女の館でイーラが待っておる。儂についてくるがいい」
桜翁の後に従い、三人はイーラの待つ鏡湖の館へと向かった。
蒼き翼を羽ばたかせ、銀灰の髪を持つ世にも美しき人影がその夜、ミヅキの上空を空高く駆けていった。




