第十二話 新大陸
新しい大陸に無事辿り着いて、暫く経っていた。
イン子は、上陸して早々、辺りを入念に調べている。
女天狗の姿のまま、土の感触を確かめたり、目を閉じて大地に触れたり、木々を撫でたりしている。
俺には得られぬ特別な情報があるのだろう。
再度、この新大陸を見回してみる。
この新しい大陸と、無人島との違い。
俺に思いつくのは精々、気温と気候くらいだ。
それも大した違いは感じなかった。
ここも三十度あるかないかだしな……多少、蒸し暑く感じる位だ。
役に立ってないって? わかってるよ。
俺がやることは、この後にある。
ここからも確認できる、あの町で情報を得ることだ。
町に人間はいるのか?
いなかったとしたら、他にどんな種族がいるのか?
居たとして通貨は流通しているのか?
物々交換で成り立っているのか?
この世界のこと全般や、治安やインフラ設備や文明、言い出したらキリがない。
現状、何もわかっていないのだ
人がいるなら、情報を聞き出すのが俺の役目だ。
そもそも言葉が通じるか? という疑問もあるが。
実は、これについては余り心配していない。
イン子との会話の時に感じた妙な感覚……全部が全部じゃないが、自然と翻訳されるような、不思議な現象がおきるからだ。
言葉が通じなければ、身振り手振りで。
それでも駄目なら、一から覚えるだけさ。
町の人々と会話をして、この世界の情報を少しでも得る。
天狗の正体を明かすリスクが大きいそうなイン子には出来ないことだしな。
役割分担ってやつよ。
赤い海を見つめながら、自分のやるべき事を再確認していた所、丁度イン子が声をかけてきた。
「待たせたの。ここは中々に興味深いぞ、聞くがよい。この大地はの……ん? どうした?」
ああ……女天狗の姿から、見慣れた鷹の姿に戻っている。
もう天狗の姿を解いたのか。
かなり残念だ……が、またお目にかかれる機会だってあるさ。
「あ、ああ。天狗の姿、やめちまったんだなって思ってね」
「やめたのではなく、霊力が足りなくなったのじゃ。調べ事が終わるまでなんとか保ってくれたわい」
そうか、そういや雷力の供給をしてないもんな。
「やはりこの大地も間違いなく地球じゃぞ。じゃがの更に興味深いことに、この大陸には意志があるぞ。云わばこの大陸自体が神、と云うても良いくらいよ」
これはまた……予想以上の答えだ。
「意思を持ってるって、この大地が?」
土を一握り掴み、パラパラと落としながら半信半疑で答えを待つ。
「左様。この大地の意思で、あの赤い海から大陸全体を守っておる。随分と久しく見なかった純粋で偉大な力よ。恐らく、この大陸は、古代の地球に存在しておった、古の大地の神、そのものであろう」
参った参ったと言いながら、イン子が感心しながら何度も頷いていた。
「それに遥か北に、強大な悪しき汚れた地がある。おぞましい程の汚れた地よ……どうやら、この世界は滅亡の危機に貧しておるようじゃ」
話し終えたイン子の目が、かなり険しくなっているが見て取れた。
必死で考えをまとめる……反復しながら理解することは大事だ。
「この大地に意志があって、赤い海から守っている?」
イン子が頷く。
「んで、遥か北に危険があるってことか?」」
イン子が深く頷いた。
「少なくとも、この近辺は安全。それがわかったのは収穫じゃぞ」
「おし! 悩むのは後だ。まずは、あの町に行ってからだな」
俺は元気よく、町の方へ歩きはじめ――。
「偵察がてら、先に様子をみてくるぞ」
スーっと音もなく、イン子は優雅に飛んで行ってしまった。
「ちょ、おま――」
ずるいぞちくしょう。
……まぁいい、あいつは先遣隊だ。
使い走りだ、そう思うことにしよう。
気を取り直して海岸沿いを歩く。
町は見えているからすぐ着くだろう。
所々に小さな木製の船が何艘か岸に止まっているのが見える。
大陸の近くの青い海で漁をしているのだろう。
船が小さめなのは、赤い錆びた海のせいで遠くに行けないからなのか、そもそも文明レベルが低いからなのかは、まだわからない。
町はかなり大きそうだな、規模的に漁村という感じじゃない。
岸辺に、二人の人間を見つけた。
釣りをしているようだな。
「第一村人発見」
成人男子二名って所か……町に付く前にコンタクトを取ってみるか? 非常に悩むところだが、ここは思い切って声をかけてみよう。
驚かせないよう、最新の注意を払わねば。
多少、遠めから声をかけることにした。
「やぁこんちはー! ハロハロー」
俺は軽く右手を振って、やや大きめの声をかける。
気さくで爽やかな青年を装いながら、笑顔で男達にゆっくり近づいた。
二人の男はこちらを振り向くと、釣りをしていた手を止めた。
フランクに、気さくに行くぞ……笑顔、笑顔。
精一杯の笑顔を作って固める。
笑顔のコーティングだ。
「はは、釣れてますか?」
言葉が通じるか? 先程は心配ないと言ったが、最初はドキドキする。
返事がないので、二人がいる三メートルくらいで一旦止まり、様子を伺う。
男二人の容姿は、どちらも三十代後半か四十代半ばの間だろうか。
顔立ちは、中東系のやや濃い顔立ちをしている。
違うのはそれくらいで、服装も大体同じだ。
日焼けをし、同じ量の髭を生やして帽子に半袖半ズボン。
一人は腰に小型のナイフのようなものを携帯している……警戒ポイントだ。
「……ぼちぼち釣れてるけど……変わった発音だね、誰だいあんた? どこかの国から着た傭兵か、護衛かなんかか?」
そう言って、ややほっそりとした体型の中東風の男が、俺の体全体を怪訝そうな表情でジロジロ見つめている。
言葉が通じる!
心の中で大きくガッツポーズをする。
だが、とても不思議な感覚だ。
耳に届く男の言葉は初めて聴くような、どこかで聴いたことあるような発音。
英語に聞こえもなくないが、微妙に異なる。
説明が難しいな。
あっちも、俺の言葉の発音は珍しく感じているようだ。
この世界に日本語を話す人間は少ないのだろう。
「俺は旅の者さ……あんた達はそこの町の住人だろ?」
俺はもう目の前にある町を指差しながら返事を待った。
二人が少し怪訝そうな表情を見せるが、肯定の意味だろう、何度か頷いた。
やはり探すとなると、まずは力仕事が妥当だろう。
「町で何か力仕事はないか? 少しでも金が稼げると助かるんだが」
「パールの町は好景気でな。仕事は沢山あるよ。単に日銭が欲しいなら、港にある魚介類の養殖場の泥さらいがオススメだな。毎日人手を探してるぜ。早朝の鐘が鳴ったら、港の船着き場の先の広場にいってみな、すぐわかるさ」
男は人懐こそうな笑顔で丁寧に説明してくれた。
もう少し聞き込みたいが、この辺りにしておくか。
最低限の情報は手にいれたんだ、上出来だろう。
軽く二人にお礼を言って、その場を去った
その背中ごしの俺に、声がかかる。
「しっかりやんな兄ちゃん」
その言葉に背を向けたまま手を軽く振る。
案外良い人達かもしれない。
町の警戒レベルを、少し下げてもいいだろう。
確か、パールの町って言ってたな。
この世界での最初の文明、パールの町に足を踏み入れた。
読んで頂きありがとうございます。
1週間に最低でも3話位のペースで投稿できたらと思ってます。