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恋文  作者: キヨモ
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00. プロローグ

拝啓 未来の君へ



春の風は、優しいですか?

夏の太陽は、激しく照りつけていますか?

秋の空は、高いですか?

冬の空気は、凛と張りつめていますか?


君が生きる未来に、桜の花は咲いていますか?


この世界にある、色や、匂いや、温度や、色んなものが

少しでも君がいる世界に残っていればと、

あの大きな木の下で祈っています。



   ***



 ウィンと微かな音をたてて、扉が開く。

「あれ、来てたのか?」

 窓から一番離れた奥の席で熱心にキーボードを叩いていた人物が顔を上げ、俺の姿を認めると少し驚いた表情を見せた。

「ああ、教授に挨拶しに来た」

「いつ発つんだ?」

「明日の朝だ」

 そう答えながら窓際にある自分の席につくと、俺は引き出しを開けて必要なものを鞄に詰め込みはじめた。


「しかし、あの試験に受かるとはさすがだな」

 大学四年で実施される研修旅行は、選抜試験でトップの成績を修めた者のみが参加を許される。二度にわたって実施される筆記試験をパスした者だけが最終面接に進み、五名の教授陣による質疑応答が行われるという試験内容は厳しく、受験する前に諦める学生も多いと聞く。

「まあ、今年は倍率が低かったからな」

「でも逆に言うと、自信のある奴だけが受けたのだから、実質的に超難関だったということには変わりないだろう?」

 冷やかしや駄目もとで受ける者は皆無に等しく、各学科の成績上位者が受けているので、倍率は下がっても合格への道程がハードなことに変わりはない。


「おまえが受けなかったからな」

 そう言って俺は小さく笑うと、会話をしながらも忙しなくキーボードを叩く友人を見やった。

「関係ないだろう」

 眉間に小さく皺を寄せながら、奴はこちらを見もせずに否定する。

「いや、おまえが受けていたら結果はわからなかったな。まあ、譲る気はなかったけど」

「俺はよその世界には興味がない」

「知ってるよ」

 パソコンのモニターから目を離さない友人を眺めながら、俺は苦笑まじりに答えた。入学以来、国文科の首席争いは俺たちふたりの間で繰り広げられていた。しかしライバルは研修旅行にはまったく興味を示さず、受験しなかったのだ。

「まあ、結局はおまえの執念だな」

 少し呆れたような顔でそう揶揄する。俺は奴の言葉を軽く笑って流したものの、けれど否定はしなかった。


「しかし、いくら院に進むことが決まってるとはいえ、研修旅行に参加したら卒業までのスケジュールは相当厳しいだろう? 卒論の準備は進んでいるのか?」

「一応は。まあ、帰ったらここがねぐらになるだろうな」

 そう言いながら俺は肩を竦めた。研修先での経験いかんによっては大幅に卒論のテーマを変更することも考えられるし、かなりスケジュールはタイトになるだろう。

「そこまでして行きたいのか?」

 理解できないという表情で、友人が問いかけてきた。

「見たいんだよ。どうしても、あの世界を」

「どうせ卒論のテーマも、あの作家についてなんだろう?」

 友の質問には答えず曖昧に笑うと、彼は小さく溜息をついた。

「愚問だったな」

「まあな」


 やがて友人はキーボードを打つ手を止め、こちらに向き直って尋ねてきた。

「なあ、どうしてあの作家なんだ? 他にも才能のある人は山ほどいて、文学的価値のある作品だってたくさんある。もちろん否定をするつもりはないが、なぜおまえがそこまで執着するのかが俺には理解ができないんだ」

 自分を見つめる目は、呆れているとか馬鹿にしているとかそんな類のものではなく、研究者の純粋なる興味だ。真っ直ぐにこちらを見つめる友人から視線を逸らすと、俺はゆっくりと立ち上がった。窓に近づき外を見やる。そこには、花も葉もつけていない、一本の老木がひっそりと立っていた。

「空気、かな……」

 やがて選び出した言葉を口にする。

「あの空気に憧れるんだ」

 その説明は不完全である自覚はあったけれど、これ以上、上手く説明する言葉を自分は持ち合わせておらず。いや、恐らく的確な表現がないのだろうと思えて、俺はもはや伝えることを諦めた。


「そういえば」

 俺の説明に納得したのかどうかはわからないが、何かを思い出したらしい友人が言葉を繋いだ。

「あの作家が書いたと思われる手紙が、新たに見つかったらしいな」

「え?」

 驚いた表情で、思わず友の顔を見つめた。

「“未来の君へ”という書き出しではじまっているらしい」

 彼がそこまで言うと、俺は大きく息を吐いた。

「何だ、そのことか。それは数年前に見つかった、彼女の甥に宛てた手紙だろう?」

「さすがに詳しいな」

 俺の指摘に、奴は呆れたように笑った。

「確かにおまえが言うように、甥っ子宛ての手紙だ。子供のいなかった作者は姉の息子を可愛がっていて、未来の甥へ手紙を書いた。今回見つかったのは、その続きだ」

「続き?」

「ああ。実は短い手紙には続きがあったらしく、二枚目が保管されていたことが判明したそうだ。東山教授曰く、明日の午後には原文がライブラリページへアップされるだろうってさ」

 自分が知らない情報を友人が先に得ていたことに微かな嫉妬を感じながら、研修旅行の準備で暫く大学には来ていなかったから仕方がないと思い直す。それよりも、公開日の方が引っかかった。

「明日か……」

「タイミングが悪かったな。閲覧は、研修旅行が終わるまでおあずけだ」

 同情の色を滲ませた友の言葉に苦笑いで返しながら、俺は小さく嘆息した。

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