8・策略
それから俺は、おっさんの好意によって経営している宿屋に泊まることになった。
もちろん、お金はいらない。
ありがたい。
この異世界にも天使のような人間はいたのか。
そんなことを思いながら、ベッドで寝息を立てている時であった。
「……作戦……高く……」
「奴隷……一攫千金……」
「……店長も……悪い……」
部屋の外からコソコソ声が聞こえてきた。
「うーん、うるさいなぁ」
そう思って、目を開けた時であった。
パリィン!
窓ガラスの割れる音。
「サイコキネシス——」
俺はその瞬間。
外からの侵入者に超能力を発動していた。
「ぬおっ!」
宙づりになっている侵入者。
フォトンキネシス(発光能力)を使って、部屋を明るくする。
「……で誰だ? お前等は」
空中に浮かせて、体の自由を奪っているヤツ等は全部で三人。
お約束のような黒い服を着ており、人相が悪かった。
「ど、どういうことだ!」
「魔法だと! しかもかなり強力な!」
「魔法じゃない……はあ」
そんなくだらないものと比べられて、溜息が出てしまう。
「それでもう一度聞くぞ。お前等は誰だ?」
「ふ、ふん! 喋るわけがない——」
「ふうん。予想していたけど、やっぱここの宿屋のおっさんに雇われたのか」
「——っ!」
三人の侵入者が驚きで言葉を詰まらせてしまう。
——マインドリーディング。
それが今回、使わせてもらった超能力である。
マインドリーディングについては詳しく説明をする必要はないだろう。
——相手の心を読む力。
その一言があれば十分だ。
「そりゃあ、ただの好意じゃないっていうのは気付くよ」
いきなり話しかけてきて、食事代を全て負担し、しかも宿屋に無料で泊まらせてくれる。
いや、これだけされて警戒しないわけがない。
なのでおっさんに喋りかけられた時からマインドリーディングの力を発動させていた。
そうしたら聞こえる聞こえる、おっさんの心の声が。
『クックク……田舎もんみたいだな』
『金は持ってなさそうだが、珍しい服を着てやがる』
『若いし奴隷として売り払っても高く売れそうだな。最近、変態貴族の方でこれくらいの性奴隷が流行りらしいしな——』
あの笑みの裏で。
おっさんはこのようなことを考えていたのだ。
とはいっても、食事代を払ってくれベッドを使わせてくれるのはありがたい。
というわけで、騙されたフリをしてここで狸寝入りをしていた、っていうこと。
「はあ……さて、面倒臭いが半殺しにするか」
「ひぃっ!」
侵入者が怖がる。
……本来なら、そうしていたであろう。
だが今の俺は気分がいい。
それにおっさんが食事代を奢ってくれたのは事実だ。
城からの刺客とかなら殺さないといけないが、どうやらこの侵入者は人畜無害の荒くれ者なだけらしい。
「嘘だよ、今日だけは見逃してやる」
ドンッ!
サイコキネシスを止めると、侵入者はそんな音を立てて床に落下した。
うーん、それにしてもやっぱり王都は危険みたいだな。
城の時から悪意に晒され続けている。
もう少しで朝になると思うしな。
さっさとこの街からは出て行かせてもらうか。
「おい、おっさん!」
扉の外で聞き耳を立てているおっさんに声をかける。
「俺は今からここを出て行く。俺のことは誰にも喋るんじゃねーぞ。もし喋った場合は——この建物がなくなっても文句はねーよな?」
おっさんからの答えは返ってこない。
まあ、別にいいけどよ。期待してなかったし。
一応、これだけ脅しをかけていれば城に通報されることもないだろう。
「じゃあ行くな」
エネルギー弾を飛ばして、建物の壁に穴を空ける。
そっから外に出て、宿屋を後にすることにした。
『おいおい、やっぱりあいつは魔法使いだったのか!』
『今、あいつが穴を空けたせいで宿屋が倒壊するぞ!』
『オ、オレの店が! 喋らなかったらよかったんじゃないのか!』
後ろから悲鳴混じりの声と、建物が崩れていく音が聞こえたが、当然振り返るはずがない。
■
「さて……と」
王都を出て、向かうところは近くの街——グーベルグである。
一体、街の外にはなにが待ち受けているのか分からない。
だがこれ以上、王都でウロウロしているのは危険であった。
「確か馬車で三日しかかからない、って言ってたが……」
ニヤリ。
ならすぐに着くな。
俺は門から王都の外に出る。
見渡すばかりの平原。
確かグーベルグはこの平原を道なりに進んでいけば着くんだよな?
うーん、それにしても魔法とかあるわりには、隣の街までそんなに離れているって不便なんだな。
まあ俺には関係のない話であるが。
「じゃあ行くか」
俺は体勢を低くして、一気に地面を蹴り上げる。
その瞬間、俺は風となった。
風景がどんどん後ろに流れていく。
普段では決して出せない速度で、道をずっと走り続けているが、俺は全く疲れていなかった。
「この調子だったら、朝になる頃にはグーベルグまで着くかな?」
走りながら呟く。
もちろん、短距離走の金メダリストも真っ青のタイムで走り続けているのは——身体強化の超能力を使っているためである。
このため、俺は三日三晩くらいなら車くらいの速度で走り続けることが出来るだろう。
「うーん、それにしても俺の超能力って異世界でもチートだな」
しみじみ思う。
それにしても、なるべく超能力は使いたくないもんだな。
超能力を使えば、厄介事に巻き込まれることも多くなるだろう。
つい建物を崩壊させてしまうことは今後、控えなければならない。
「グーベルグではなにをしようかな」
走っているだけでは暇なので、今後の予定を立てることにする。
グーベルグはどれくらいの規模の街なのか分からない。
いくらなんでも、王都よりは栄えていないだろう。
取り敢えず……お金を稼がないといけないよな。
宿屋を無料で提供してくれるヤツ、なんてのはバカか悪人くらいだし。
こちらの世界でも『冒険者ギルド』みたいなもんがあったら、助かるんだが。
モンスターくらいなら簡単に討伐出来そうだし。
「ってか……やっぱこの世界でもモンスターっているんだろうか?」
王様の口からは『魔王』って言葉は出ていたが。
まあどちらにせよ、なんとかなるだろう。
とにかく、グーベルグに辿り着いてまずすべきことは「お金を稼ぐ手段を見つけること」か。
空の色が紺色に変わっていき、だんだん太陽が昇っていくのを眺めながら、グーベルグに向かって走り続けた。
朝日が気持ちいいのは異世界でも変わらないらしい。
すっかり夜が明け、周囲は朝日で明るくなっている。
「う〜ん、もう少しで着くかな」
疲れてないけど、背伸びをしてちょっと休憩。
ここまで特にトラブルもなく、来ることが出来た。
後は三十分も走れば、グーベルグに着くと思うが……。
「もうさっさと着きてえよ」
走るのも飽きてきた。
さて、走るのを再開しようか。
そう思って、ぐっと身体強化の超能力を発動させようとした瞬間であった。
「や、止めてください!」