5・腹黒王女
みんなの注目が俺からなくなっていくのを確認してから、俺はこっそりと訓練場から出た。
「あいつ、手加減とかしてねーよな? 絶対、いつか復讐してやる」
ポキポキと首を鳴らしながら、城内を散策する。
硬化の超能力を使っていたため、ノーダメージだが普通の『異世界人』とやらなら絶対泣いてるからな?
「うーん、やっぱりだ。オーソドッグスな中世ヨーロッパ風のファンタジーといったところか」
城内は俺が元の世界で見たRPGと酷似していた。
俺が歩いているだけで、城内の注目を集めてしまう。
今の俺の扱いを考えれば、引っ捕らえられてもおかしくはない。
だが——まあ俺、一応貴重な異世界人らしいし? 昨日は建前とはいえ、一流の剣士云々という話もあったし?
興味はあるが、なかなか誰も絡んでこない。
まあ情報を得たい俺にとっては好都合なんだけどな。
なんてことを考えながら歩いていると——、
「ん?」
中庭に突き当たる。
白いパラソルに白い椅子。
——そこに絶世に美女が座っていた。
「あれは……」
「あら」
美女の顔がこちらを向く。
「あなたは……確か昨日、異世界から召喚された……」
「マコトだ」
「マコトさん、ですわよね。訓練はどうしたのですか?」
「ああ、それなら今休憩中なんだ」
警戒心を解いて、美女に近付く。
ダイヤモンドがこぼれ落ちるような金色の髪に、雪のような白い肌。
元の世界でも見たことなかったような気品さが溢れている。
「えーっと、君は……王様の隣にいた」
「リュクレース。リュクレースと申しますわ。一応、サザラント王国の王女をやっております」
ああ、思い出した。
リュクレースの隣に立つと——香水でも使っているのだろうか——良い香りが鼻をくすぐった。
「大変ですわね。いきなり異世界から召喚されて」
「なーに、これでも結構楽しんでいる」
「そうですの。それはわたくしとしても嬉しいですわね」
微笑みかけるリュクレース王女。
ヤバい、超可愛い。
しかも——先ほど、フーゴにイジめられたのでこういう優しさが身に染みる。
「ちょっと会話をしませんか?」
「俺でよかったら」
——それから、リュクレースと色々なことを喋った。
異世界のこと。
趣味のこと。
最近あった面白いこと。
とりとめない話であったが、リュクレースは時々笑みも見せてくれたし、時間を忘れるくらい楽しい一時であった。
「ふふふ、マコトさんは面白い方ですわね」
「そんなことないさ。リュクレースだって、喋りやすい」
「——あの。わたくし、あなたに興味が出てまいりましたわ」
もじもじとリュクレースが体を動かす。
ん? どういうことだろうか。
リュクレースは頬をピンク色に染めて、
「もっと——もっとあなたのことが知りたいのです」
「え? ちょっとリュクレース——」
リュクレースの花弁のような唇が近付いてくる。
えー、マジかよ。
もしかして、このままキスとか?
元の世界でもキスなんてしたことがなかった。上手く出来るだろうが……。
目を閉じて、リュクレースの唇を待ち侘びる——。
ドンッ!
え?
どうして?
リュクレースに押されて、地面に倒れてしまう。
ただそれだけではない。
リュクレースは倒れた俺の頭に足を乗せて、
「ふふん、調子に乗らないでくれますか? あなたのような魔力ゼロの無能のことをわたくしが好きになるとでも?」
「え?」
先ほどのリュクレースの穏やかなオーラがなくなっている。
手の平を返したように……いや、実際返しているのかリュクレースは暗黒の微笑を浮かべている。
ってか倒れている頭に足を乗せられているせいで、スカートの中が見えてしまいそうだ。
その視線に気付いたのか、
「くっ!」
足が頭からどけられ、頭をボールのように蹴られた。
「ど、どうして……さっきまで楽しく会話してたじゃないか」
「そんなの——戯れに決まっていますわ。さっきまで楽しく会話をしていた女性に裏切られる。するとあなたはどういう顔をするのか見てみたかっただけですわ」
「そういうことだったのかよ……」
——王様やフーゴが俺に良い印象を抱いていない、ということは目の前のリュクレース王女だって同じだろう。
騙された。童貞を拗らせているせいで、女性の本質を見抜けなかったことが俺の敗因か。
「あなたはわたくしのような女性と喋ってはいけないのですわ。あなたは一生、この世界で女性とも喋らず、触れることも出来ず過ごしていくのですわ。ブサイクさん」
「て、てめえ!」
ブサイクじゃないだろうが! 自分で言っててなんだが、結構顔付きが整っている方だと思っているんだが!
ついかっとなって、立ち上がりリュクレースの胸元を掴み上げる。
「きゃーっ!」
リュクレースの悲鳴が響き渡った。
「ど、どうしたのですか! 姫様!」
どこからともなく、鎧を身につけた兵士が現れる。
「こ、この者が……突然襲いかかってきて……」
「なんだと! 貴様は確か異世界からの召喚者!」
「例え異世界人だとしても、姫様に手を上げるとはなんたる不埒者!」
複数の兵士が俺を取り押さえる。
「は? なに言ってんだ。元はといえばその姫が仕掛けてきたことで……」
「なにを言っている! 姫が嘘を吐いているわけがないだろう!」
腹をグーでパンチされ——そうになる。
その瞬間、咄嗟にテレポーテーションの超能力を発動してしまう。
「痛っー! ……あれ?」
勢いあまって地面を殴ってしまった兵士。
数メートル先に瞬間移動した俺を見て、ぽかーんとしたような表情を浮かべる。
「き、貴様! 攻撃したな!」
いやいや、そっちが勝手に自爆しただけじゃないか!
兵士がもう一度俺を取り押さえる。今度はうっかり抵抗してしまわないように、超能力を抑える。
「来い! 今からこの世界の常識を教えてやる!」
「あのー、昼飯は?」
「そんなものはない!」
兵士に関節技を決められながら、中庭から退場する。
出て行く際、クルッと顔だけリュクレースの方を見たら、
『あっかんべー』
と言わんばかりに舌を出していた。
……うぜー!
さっきまで可愛いとか思っていた自分が恥ずかしい。
うん。こいつもフーゴと同じく、いつか絶対仕返ししてやる。
「はあっ、はあっ……苦しい」
「今からもっと苦しくなるぞ!」
もちろん、俺が苦しいと言ったのは腹が減ってなんだがな。
次回、主人公。暴れます