46・チョロインアリサ
「一回戦の相手は弱くて助かったな……」
やっぱ一回戦は準備体操がてらにしたいしね。
あのおじいちゃん、よくよく考えれば見たことがあったような気がするけど、気のせいだろう。
「マリーズとアリサの試合も見るか」
一回戦は人数も多いこともあり、これから時間を持て余すことになる。
控え室からモニターで試合を観戦することも出来る。
このモニターってのが不思議なもので、魔石を駆使した最新式の機械らしいのだが、仕組みはあまり理解出来ていない。
「でも控え室って他の選手もいるんだよな……」
俺、やたら他のヤツ等に絡まれることが多いしな。
いちいち相手にするのも疲れる。
どうせなら女の子に絡まれたかったものだ……。
なのでここは控え室に行かず、観客席まで向かう。
観客席に辿り着くと——、
「うわっ! どうしてフェイク選手がここにっ!」
「一回戦で優勝候補のヴァロ領主を倒したのに……息切れ一つ起こしてないっ?」
「サイン貰っておいたら、後で高値で売れるかな?」
「こら! 止めとけ。逆鱗に触れたら、ヴァロ領主を葬った魔法で吹っ飛ばされるぞ」
さっきまで試合に集中していた観客の視線が、一斉に俺へと向けられる。
「……ここでも落ち着けないのかよ」
ぼそっと呟く。
まあどうやら怖がってくれているみたいで、直接話しかけてこないからこれでもいっか。
可愛い女の子ならどんどん話しかけてくれていいんですよ?
「さて——おっ、丁度マリーズの試合が始まろうとしているのか」
席の一番前列まで移動して、試合風景を眺める
『——始め!』
アナウンスの高い女の声。
「ふふふ、行くわよ。私の魔法に酔いしれなさい!」
マリーズの相手は大人の女性といった感じの人だった。
三角帽子を被って、黒いローブを羽織っている。
厚着しているためか体の線は見えにくいけど、それでも幼児体型のマリーズとは違う大人の魅力があった。
そんな女性に対しても——マリーズは怯むことなく棍棒を構える。
「アイスアロウ!」
女性の高らかな声が観客席まで届いてくる。
——試合のステージから結構距離が離れているのに声が離れているのは、どうやらこれも魔法やら魔石の使用効果らしい。
対戦相手の女性の手の平から氷の矢が飛び出した。
それは一直線にマリーズへと伸びていき、直撃——
「マスターの力に比べたら遅い」
——しようとした瞬間、マリーズは目にもとまらぬ早業で棍棒を振り回した。
「なっ——」
女性が息を呑む。
それは席にいる観客も同じことであった。
氷の矢が棍棒によって粉砕されてしまったのだから。
「次はマリーズの番」
淡々とそう宣言し、マリーズを地面を蹴り上げる。
「くっ——ファイアーボール!」
撃墜するため火球を放つが、それはマリーズの頬を掠めただけで直進を止めることが出来ない。
「マリーズはマスターの地獄の特訓を耐えた」
——まあそれ程、地獄でもなかったけどな。
内心そうツッコミを入れている間に、マリーズは女性の懐へと入り込んだ。
「——フ、フォトン——」
急いで女性は魔法を展開しようとするが、
「遅い」
マリーズがぼそっと言い、棍棒は下から上へと振り上げる。
「グ、グハッ——」
顎に強烈な一撃をお見舞いされ、女性の体が宙を高く舞う。
落下し、ステージの床に何度か小さくバウンドする。
「……マリーズには目標がある。決勝でマスターと戦うこと」
トコトコと女性が倒れているところまで歩き、首根っこを掴む。
そのまま床をずるずると引きずって、ステージの外に女性の体を放り投げる。
「……カウント」
『あ、あっそうですね!』
俺の時といい、この審判大丈夫だろうか。
ふむ。
女性がぴくりとも動き出さない様子を見る限り、十カウントを聞かなくてもいいだろう。
「な、なんだあの可愛い女の子は!」
「勝つのは絶対魔法都市の代表選手だと思ってたのに」
「ど、どこの代表選手だ……冒険都市グーベルグだとっ? フェイク領主といい、グーベルグはどうなってるんだっ?」
観客が騒然となっている。
「うんうん、これこそ俺の可愛い奴隷だ」
十カウントが響くと、さらに歓声が大きくなった。
マリーズも成長したものだ。
そんじょそこらのヤツじゃ、マリーズに太刀打ち出来ないだろう。
「やはり決勝はマリーズか」
そう口にして、観客席を去る。
人混みは苦手だからだからね。
◆
「ククク……騎士都市の領主を倒した実力見せてもらお——グハッ!」
「グハハ! 面白ぇ! オレに立ち向かってくるヤツが——グハッ!」
ダイジェスト形式になるが、無事に二回戦・三回戦も突破した。
「あっという間に準決勝だな……」
この調子だったら、準決勝も楽勝だろう。
それにしてもトーナメントに相手が弱すぎる。
もう少し手応えのあるヤツがきてくれないかな……。
「あれ? アリサ、負けちゃったのか」
控え室で休憩していると、アリサが肩を落として戻ってきた。
「クッ、すまない。グーベルグの顔に泥を塗ってしまった」
「いやいや、そんな大したことじゃないから」
「後一歩のところだったんだがな。足が思うように動けず、ステージに戻ることが出来なかった」
うーん、かなり落ち込んでいるようだ。
アリサはどうやら一回戦で負けてしまったらしい。
アリサ、弱ぇ……とちょっと思ってしまったが、それを口にしてしまう程俺も性格は悪くない。
「そんなに落ち込むなよ」
「……ダメだ。私なんかダメなんだ……」
声のトーンがどんどん低く、そして小さくなっていく。
体も小さくして、今にもアリサが消えてしまいそうだ。
半泣きのアリサの姿も可愛いけど、やっぱり女の子がしょぼーんとしていたら居心地が悪い。
「ほら、気にするな」
アリサの頭を撫でる。
「——っ!」
アリサの顔が強ばり、体が硬直する。
ん? ちょっと大胆すぎたかな。
童貞なので、女の子の扱い方がよく分からない。
「そんなに一緒に買い物したかったのか?」
「そ、そうだっ!」
声を振り絞るアリサ。
もしかして、アリサは『お一人様』っていうのが苦手なんだろうか。
それなら俺も気持ちは分かる。元の世界からではあるが、俺だって初めての飲食店に一人で行くのは苦手だった。
「頑張ったご褒美だ。一緒に買い物行ってやるよ」
「そ、それは本当かっ!」
がっとアリサは顔を近付けて、興奮したように言う。
「お、おう……」
「約束だぞ! 約束したからな!」
いや、別に問題ないんだが、ここまで勢いよくがっつかれたら戸惑ってしまう。
そんなに一人で買い物に行くのが恥ずかしかったのだろうか。
「これで一件落着だな……さて、そろそろ準決勝に行ってくるよ」
「頑張ってくれたまえ」
アリサに見送られる形で、控え室を出る。
こんなこと言っておいて、決勝にも行けず負けちゃったらカッコ悪いからな。
今までの相手は弱かったけど、慢心はいけない。
「うっし」
握り拳を作り、気合を入れ直して試合会場へと向かった。