42・次なる戦い
食堂に現れたリュクレースは元の状態を思い出せないくらい、醜い顔をしていた。
例えるなら潰れたカエルの顔を思わせる。
「お主は誰じゃ?」
王様が震えた声を出す。
「はっ——」
俺はその言葉に思わず吹き出してしまう。
そりゃそうだろ。だって実の父親でさえ分からないんだぜ?
今のリュクレースを見たら仕方ない部分もあると思うが。
廊下から兵士がやって来て、リュクレースを羽交い締めにした。
「あなた達! 誰にこんなことをやっていると思っているのですか!」
もちろん、リュクレースは藻掻き抵抗した。
しかしか弱い細腕では兵士達の力を振り払えるはずもない。
それでも抵抗を続けていて、なかなか部屋から出ようとしなかった。
だが、その時リュクレースは見てしまうのだ。
鏡に映った自分の顔を。
「キャアアアアアアアア!」
甲高い悲鳴。
悲鳴が止むと、リュクレースは抵抗を止め肩を項垂れた。
瞳の色は死んだようなくすんだ色をしている。
そのままリュクレースは部屋の外まで連れ出されてしまった。
「……今のはなんだったんだ?」
領主の一人が口を開く。
「なあに、侵入者じゃろう。じゃが安心して欲しい。城の兵士はどれも優秀な者ばかりじゃ。お主等を守り通すじゃろう」
そう言って「ホッホホ」と笑い声を上げる王様。
——愚かな者だな。
結局、王様は自分の娘のことさえ外見しか見ていなかったんだろう。
心を理解していなかった。
本当に思い通じている親子なら、いくら醜い姿になっているとはいえリュクレースに気付いたのかもしれない。
「悲しい物語だ」
「んー? お兄ちゃん、なんか言った?」
奇術都市の領主が覗き込んできた。
場が騒然となっているが、こいつだけは自分のペースを崩そうとしない。
なんだよ、この強キャラ感。強キャラは俺一人だけで十分だ。
「なんでもない」
と俺は奇術都市の領主の頭にポンと手を置いた。
周囲を観察しながら、昨晩——俺がやったことを思い出す。
——変装の超能力。
今でも俺は金髪イケメンの男の顔・体になっているわけだが、これは他人に対してもかけることが出来る。
昨晩、俺はリュクレースの部屋に忍び込み、変装の超能力を彼女にかけた。
別にリュクレースが起きてようが寝てようが、この超能力はかけることが出来る。
わざわざ寝ている間にかけたのは、彼女の滑稽な姿を見てみたかったから。
余裕に満ちあふれるリュクレース。
その余裕は家柄もさることながら、恵まれた容姿によるところもあるだろう。
そんな彼女の自信をへし折る。
いや——心さえも破壊する。
それが変装の超能力を半永久的にかけてやって、リュクレースを醜い顔にすることであった。
これが俺なりのリュクレースへの復讐。
「ふむ——それにしてもリュクレースはどこに行ったのじゃ? リュクレースは朝食を欠かさないというのに……」
さっきのカエルみたいなヤツだよ。
俺は内心ほくそ笑みながら、テーブルに並べられたサラダを一つまみ口に放り込んだ。
■
『リュクレース王女誘拐』
会談を無事(?)に終え、グーベルグに帰って一週間後くらいだろうか。
領主の屋敷でくつろいでいると、そんなニュースが耳に入った。
「ククク……王女誘拐か。そんなんで済ませるつもりかよ」
「マコトさん?」
右隣にはメイド服を着させたエコーが。
「……マスター、一体会談でなにが起こったのかね」
左隣にはこれまたメイド服を着たフラン。
「マスター、悪い顔してる」
膝の上にはマリーズが乗っている。
そんな彼女達に向け、俺はニヤリと口角を吊り上げこう続ける。
「今から意外なことを言うけど、リュクレース王女誘拐の件は俺が絡んでいるんだ」
「「「知ってた」」」
三人がキレイに声を揃えた。
ん? もっと驚かれると思ったんだけどな。
「マママママコトさんっ! 王女様なんて誘拐したんですか!」
「早く元の場所に戻さないと大変なことになるよっ!」
「マスター素敵。抱いて欲しい」
だが——ワンテンポ置いて、エコーとフランは慌て出し、マリーズはうっとりとした瞳で俺を見出した。
「まあ話は最後まで聞け。正しくは誘拐なんてしてない。俺はリュクレースの顔を変えただけなんだ」
「顔を変えた? そういえばマコトさん、グーベルグを出る前に変装してましたよね?」
「どういうカラクリなんだい?」
エコーとフランが興味津々に顔を近付け聞いてくる。
「……実はだな」
俺は会談で起こったことを三人説明してやる。
すると三人は納得したように「ほえぇ〜」と声を出して、
「マコトさんの力ってやっぱり万能すぎますね」
「なんのためにそんなことをしたんだい?」
「マスター、素敵。抱いて欲しい」
と続けた。
——リュクレース王女誘拐の事件はどういうことだろうか。
無論、誘拐はされていない。
しかし元の顔をしたリュクレースが消えたのは事実である。
リュクレースの顔が醜くなったことには気付いたのだろうか? リュクレースが身に付けているランジェリーとかは変えていないし。
それとも王様達はまだリュクレースの顔が変わったことに気付いていない。だから『消えた』という事実だけを捉えて、誘拐されたと認識しているのだろうか。
分からないし、そのあたりの事情はどうでもいい。
「どちらにせよ、こんな重大ニュースが民衆にも漏れるなんてことは、相当サザラント王国はごたついているだろうな……」
グーベルグはまだマシだが、王都の方では王女誘拐というニュースを聞き混乱しているかもしれない。
慌てふためき、王都の人間達が不安に顔を滲ませていることを想像するだけで、ブルッと小さく震えてしまう。
「領主様——」
そんなことを考えていると——入り口の扉から本職のメイドが入ってきた。
「どうした?」
「領主様にサザラント王からお手紙が届いております」
手紙?
つい先日会談があったのに、まだ言いたいことがあったのだろうか。
疑問に思いながらもメイドから手紙を受け取り、封を切った。
「ハッ! また面白いことになったみたいだな!」
手紙の内容を読み、思わず笑みが零れてしまう。
そこには……、
『サザラント最強決定戦のお知らせ
王女のリュクレースが誘拐された、というニュースは貴殿にも届いておると思います。
さらにまだ極秘事項ですが、騎士団長も遠征先でモンスターに殺害されてしまっています。
今、サザラントは未曾有の危機です。
そこで軍事力強化のためにも、サザラント王国内で最強の者を決定しようと思います。
優勝した者には名誉とそれ相応のポストを約束します。
ご検討くださいませ』
「一体、それはなにかね?」
フランが横から覗き込んでくる。
「サザラント王はご乱心のようだぞ!」
——リュクレースどころか、騎士団長が死んでいることも手紙でバラすとは。
国も王様も混乱し、情報規制をやっている余裕がないんだろう。
「よし、この決定戦に出場するぞ——」
俺は立ち上がり、後ろを向いて窓から外を見た。
——最終復讐対象、サザラント王。
この決定戦で優勝し、サザラント王の首さえも取る。
あまりにスムーズにことが進んでいるため、口元の笑みを戻すことも出来なかった。