40・復讐開始
「では——今日の会談は終わりとしようかのぅ。今日は城の中に部屋を用意しておる。一泊していくがいい」
と王様は告げ、リュクレースと一緒に部屋から出て行く。
リュクレースは部屋から出て行くと同時、こちらに軽くウィンクをしていた。
王様と王女がいなくなって……、
「お美しい……さすが稀代の美女とも称されるリュクレース王女だ」
「あんなにキレイな人は心までキレイなんだろうなー」
部屋にいた領主が次々にリュクレースを賞賛する。
「どうしたのお兄ちゃん? 怖い顔してるよ」
「気のせいだ」
奇術都市の領主が顔を覗き込んでくるが、目線を逸らしてこの場から離れる。
その後、食事会も開かれたのだが、特に面白いことはないので割愛させてもらおう。
そして夜——領主達には一人一個の部屋が用意された。
「さすがに広いな……」
メイド曰く『一人用の部屋』ということであるが、グーベルグにある屋敷なんて比べものにならないくらい、豪勢でそしてとても広い。
ここで舞踏会が開かれるって聞いても驚かないくらいだぞ。
ただ天蓋付きのベッドが一つしか置かれていないので、『一人用』という言葉は真実なんだろう。
「最初の頃が思い出されるな……」
ベッドに横になって今までのことを思い出す。
訳も分からないまま異世界に召喚されて、真っ先に行かされたのは窓もない独房のような場所であった。
そのまま騎士団長から特訓という名のしごきを受け、逃げ出してリュクレース王女と話して——。
「ああ! 思い出したらむかむかしてきた!」
ベッドにもふっと拳を叩きつける。
回想なんて止めだ! そもそも俺らしくねえよ!
「会談でも……みんなに色目を使いやがって……」
それに騙されている他の領主達にもむかつく。
こいつはあれだぞ? 男をその気にさせておいて、どん底に叩き込む小悪魔——いや悪女だぞ?
こんなヤツ等に心を惹かれてしまっているなんて見る目がなさすぎる。
……いや最初は俺も心惹かれてしまってましたが!
「もう我慢なんて出来ん。復讐するかどうかは見てから考えようと思っていたが、今日実行する。絶対実行する」
我慢なんて俺の性に合わない。
問題はどうやって復讐をするか……。
いや、計画性なんてあってないようなものなのだ。今日のところは面倒臭く感じたら、他の日に移す可能性もあった。
「復讐ってのは『相手がされて嫌なこと』をすることだって、お母さんが言ってたような気がする」
ならばリュクレースがされて嫌なこととはなんだろうか?
考える。
リュクレースの自慢は生まれ育ちもそうであるが、なによりも類い希なる容姿であろう。
見てくれがとてもキレイなことは俺だって認めてやる。
そのことに絶対の自信を持っているからこそ、俺達——領主に色目を使ったりするのだ。
「自分が可愛い……キレイなことを自覚してる女子ほど厄介なものはない」
それは元の世界でも学んできた。
——リュクレースの自慢。それは自分が『キレイ』だということ。
その『キレイ』を破壊してやれば?
きっとリュクレースは絶望し、自我が崩壊してしまうかもしれない。
「そうなれば決まりだ決まり!」
——リュクレースの『キレイ』を破壊する。
そのために俺は自分の使える超能力を振り返り、いくつかの策を考える。
「よし、なんとかなりそうだな。ふわぁ……」
欠伸が出てしまう。
安心したら眠くなってきた。
まあ良い。俺の計画を実行するためには、もう少し夜も更けないといけないだろう。
ちょっと仮眠を取らせてもらおうか……。
そのまま瞼を閉じ、眠りへと入った……。
■
「む……ちょっと寝過ぎたか」
瞼を開けると、すっかり静かになっていた。
先ほどは部屋の中にいても廊下を歩く音が聞こえてきたが、今はそれさえも一切聞こえない。
「さて……行動を開始するか」
むくっと起き上がり、そのままそーっと部屋の外に出る。
窓から差し込む月明かり。夜の廊下を出来るだけ足音を立てずに歩く。
——こうしていると城を脱出した時みたいだな。
もっとも、今回は客人として招かれているため、見つかったとしても慌てる必要はないんだが。
「リュクレース……リュクレース」
そう小声で呟きながら、城の中を探索する。
まずはリュクレースがいる部屋を見つけなければならない。
三十分くらいだろうか——しばらく歩き回っていると、
「誰だっ!」
曲がったところで兵士らしき人がいて槍をこちらに向けてきた。
俺は素直に両手を挙げ、
「……グーベルグの領主フェイクだ。トイレに行きたくて色々歩き回っていてな」
と言う。
すると兵士は安堵の息を吐き、槍を降ろす。
「なんだ、驚かないでくださいよ。それにトイレなら各部屋ごとに用意されているはずです」
「ん? そうだったのか。それは知らなかった。さすがサザラント城だな」
「それはそれはもう。早く部屋にお帰りいただいてお休みください。もうすっかり遅い時間ですし……」
「ふむ」
兵士が窘めるような口調で言う。
俺の顔は覚えていたんだろう。だからこそ警戒に値しないと考えたためか、比較的穏やかな態度。
一方、なんというか肩肘を張っているというか緊張しているような面持ちなのが気にかかった。
「お前は見回りか? こんな時間までご苦労だな」
「——いえ、わたくしはリュクレース王女をお守りしているのです」
「王女を?」
「ええ。この先にはリュクレース王女の部屋があるのです。なので見張りをしているのですよ」
だから他の見回りと違い、より一層緊張しているのか。
それにしても——
ビンゴ!
やっとリュクレース王女の部屋に辿り着きそうだ。
「それは悪かったな。お前も頑張れよ」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げる兵士に背を向け、ひとまずここから離れる。
見張りの兵士から見えないところで進んでから、
「……うっし。あの向こうにリュクレースがいるんだな」
と立ち止まりガッツポーズを作る。
ならば話は早い。
あんな分かりやすい目印があるなら、早速リュクレースに会いに行こうではないか。
「——超能力発動」
そう呟いてから、もう一度先ほど兵士がいた場所まで戻る。
「…………」
兵士はこちらを一瞥しようともしない。
先ほどは俺を見た瞬間、襲いかかろうとした勢いで槍を構えてきたのに。
正直、ここで兵士を叩きのめしてリュクレース王女のところに向かってもいいんだがな。それでは芸がないし、俺は基本的に『戦いを避けたい』性分である。
そのままの足取りで兵士の横を通り過ぎ、廊下を進んでいく。
「……なんとか上手くいったみたいだな」
聞こえないくらいの小声で口にする。
俺が普通に兵士を素通り出来た理由。
——透明の超能力。
これによって体を透明にしたからだ。
今思えば城を脱出する時に使えばよかったが、あの時は必死でそこまで頭が回らなかった。
「ここがリュクレース王女の部屋か……」
透明人間になった状態で扉の前で立ち止まる。
——ご丁寧にも、扉の前には『リュクレース』という名札が掲げられていた。