36・領主再び
マリーズが入ってきてから、高難易度のクエストもバンバンこなせるようになってきた。
そのおかげで依頼を出した人からの謝礼金、もしくは王国からの援助によってギルドの財政も潤ってきたが……。
「そろそろ納税の時期がやってきたね」
ギルドマスターの部屋でくるろいでいると。
椅子の隣にやって来て、フランがそう言った。
「納税?」
「うん。月に一回、領主様に税金を納めなければならないんだ。市民一人一人の義務なんだけど、それは『ギルド』という単体にも課せられる。なんせ、ギルドの設立・運営が認められているのは領主様のおかげなんだからね」
法人税みたいなもんか。
それにしても領主か——。
お金を複製した時に見たアヘ顔ダブルピースが甦ってきて、つい吐き気を催してしまう。
「まあありそうな話だな」
折角ギルドマスターで頑張っているのに、なにもしていない領主のカルヴィンに金を取られるのは癪に障る。
まあでも——仕方のない話だろう。税金でグーベルグの福祉だとか、公共施設を作ったりしてくれればそれはそれで有り難い。
「それで……税金ってのはどれくらいなんだ?」
「月に金貨三千枚だね」
「そうかそうか三千枚……三千だとぉっ!」
思わず立ち上がって、フランに詰め寄ってしまう。
「金貨一枚で一万Gなんだよな」
「そ、そうだね」
「ってことは3000万Gかっ? そんなのを一ヵ月に一回納めているのか。一年に一回の間違いじゃないのか?」
そんな俺の問いかけに、フランは戸惑ったような顔をして首を振る。
「な、なんてことだ……」
いくらなんでも横暴すぎるだろう。
愕然としていると、フランは再度口を開いて、
「君は知らないかもしれないけど、グーベルグの領主はお金が大好きなことで有名なんだ」
「知ってる」
「3000万Gはやりすぎだと思うけど……だからといって逆らうわけにはいかないよ」
「今までそれをちゃんと納めてきたのか」
「そりゃあね。一回でも滞ればギルドが消滅してしまうかもしれないし」
フランは諦念しきっているのか、苦い顔をして手をヒラヒラとさせた。
「お、俺の金が……俺の金があの変態アヘ顔領主に渡さないといけねえのか!」
「コラコラ、君のお金じゃないよ。しかもアヘ顔領主ってなんのこと?」
両手両足を床に付く。
なんということだ……。
3000万G? それを毎月だと?
ふざけんな。なんでそんな大量のお金をあいつに渡さないといけない。
いや、複製の超能力を使えばお金は無限に生み出せるよ?
でも——あいつの言うことを聞くのが気にくわないのだ。
——ってかあいつの言うこと聞く必要があるか?
「……ないよな」
「ギルドマスター?」
俺はむくっと起き上がり、窓から領主の屋敷がある方を見る。
——今思えば、穏便に済まそうとして金を渡してしまったのが間違いだったんだ。
俺が人の言うことを聞く?
NO!
俺の目標は異世界で好き放題生きていくことなんだ。
なんでそんな柵に縛られないといけない。
「ギルドを留守にする」
「ってどこに行くんだいっ?」
フランが後ろからなんかを言ってきたが、無視してギルドを後にした。
■
もちろん、向かう場所は領主の屋敷だ。
「ん? お前は確か新ギルドマスターだったな」
辿り着くと、前と同じ門番が前に立ち塞がった。
「一体なんの用がある。カルヴィン様は今入浴中だ——」
「悪いが、お前と付き合っている暇はない」
——とある超能力を使い門番を無効化することによって、中へと入る。
途中立ち塞がってきたヤツ等も全員超能力で無効化する。
「邪魔するぞ」
前回に入った領主の部屋へと辿り着く。
だが——中はもぬけの空。
ん? そういや、風呂って言ってったけな?
「なんだなんだ——騒々しい。おお、誰かと思えば新ギルドマスターではないか」
部屋で立ち尽くしていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「アヘ顔ダブル領主……」
「ん? なにか言ったか。よく聞こえなかったぞ」
領主のカルヴィンだ。
カルヴィンはバスタオルを下半身にくくりつけているだけで、上半身裸の状態。
風呂上がりらしく、髪の毛が湿っている。
「……なんでお前のサービスシーンばっか見ないといけないんだよ」
「サービスシーンとはなんのことだ?」
カルヴィンが目を丸くする。
まあこいつと楽しくお話しにきたわけじゃない。
「単刀直入に言うが」
俺は腰に手を当てて、カルヴィンにこう言い放った。
「今日から俺が領主やるから」
「……はあ?」
カルヴィンが口を半開きにする。
「よく聞こえなかったか?」
「いや……言っている意味がよく分からぬというか」
「そのままの意味だ。お前に納税するのは気に喰わん。ってかお前の顔色を窺うのが全ての間違いなんだ。ってなわけで今日から俺が領主。お前領主クビ。よろしくな」
「…………」
しばらくカルヴィンは口を閉じて、体をフリーズさせていた。
やがて。
「な、なんでそうなる。貴様は一体なにを言っているのだぁああああああ!」
と屋敷に響き渡るような怒声を上げた。
「いきなり大きな声を出すんじゃねえよ」
俺は指で耳を塞ぐ。
カルヴィンは顔を近付け、唾を飛ばしながら捲し立てるように叫ぶ。
「なんでなんでなんで! 不敬罪だぞ! それにそんなこと言われて、簡単に領主を譲るわけがなかろうが!」
「まあそりゃそうだよな」
パチンと指を鳴らす。
「お、お主等は……」
部屋の入り口から入ってきた大群を見て、カルヴィンは後ずさりをする。
——屋敷にいた警備や門番、さらにお世話係であろう執事やメイドまで一挙して部屋に流れ込んできたのだ。
「こいつ等はお前を裏切った」
——洗脳の超能力。
一日しか効力のない超能力であるが、とにかくこいつを取り押さえるのはこれでいい。
三十は超えるであろう人の大群。全員ロボットみたいに目の輝きをなくしてしまっている。
そいつ等がカルヴィンを取り囲むお祭りの御神輿よろしく担ぎ出した。
「な、なにをする!」
「とにかく屋敷の外にあった馬小屋にでも放り込んでおけ」
そう指示をすると、洗脳されたヤツ等が黙って頷き部屋から出て行った。
無論、カルヴィンをかついだ状態のままである。
「い、一体なにが起こっているのだ〜——」
カルヴィンの声が遠くなっていく。
「ふう……全て片が付いたな」
俺は部屋にあった領主……いや元領主の椅子に座り背もたれに体を預ける。
ギルドマスターになったかと思えば、グーベルグの領主にすらなった。
明日——あいつ等の洗脳は解けて、カルヴィンを助けるかもしれない。
いや、だがそうはならない。何故なら洗脳が解けたタイミングで買収を持ちかけるからだ。
その時に金を使ってしまうのは引っ掛かるが、納税の額に比べれば微々たるものであろう。
後はあいつの人望次第だが……。
まあないだろう。あんなアヘ顔ダブル領主に人望なんてあってたまるか。
もし買収に失敗しても——まあ他にも策はあるだろう。
「まあ明日のことは明日で考えればいい」
楽観的に構えることにしよう。
——ってなわけで。
ギルドマスターに続いてグーベルグの領主になっちゃいました!




