34・VSマリーズ
「本当にいいの? 本当にいいの?」
何度もフランが少女——マリーズに問いかける。
「大丈夫」
それに対し、マリーズは一本調子でそう答えるばかり。
「よし——ルールを説明するぞ」
マリーズと向かい合ってそう言い始める。
——ちなみに場所はグーベルグの中央公園を使わせてもらっている。
いつもは人でごった返している場所ではあるが、ギルドマスター(俺)と突如現れた少女の決闘のため、場所を空けてもらっている。
どこから聞きつけてきたか分からないけど、俺達の周りを取り囲むような観客。
ただ「なんとなく面白そう」という理由で来た者や、「ギルドマスターの実力を見極めなければ」と好戦的なヤツもいるみたいだ。
「ルール」
「ああ。とはいってもルールは至極簡単だ。どっちかが『ギブアップ!』って言うまで戦うんだ」
「ふぇええええええー!」
猫みたいな悲鳴を上げて、掴みかかってきたのはフランだ。
「き、ききき君は本当に正気かい? 相手は小さな女の子だよ。君は鬼畜だからきっと手加減を間違えて殺してしまうに……」
「うるせえ!」
「ぎゃふん!」
触手の超能力で黙らせる。
とはいっても俺以外に奴隷のサービースシーンなんか見せたくないので、抑え気味だが。
「マリーズはそれで良いか」
「良い」
そう短く答え、マリーズは頷いた。
「それよりも……本当にそれで戦うのか?」
そう。
マリーズが小さな女の子ということよりも、彼女の右手に持たれている『武器』の方が気にかかる。
それは持ち手のところだけ細いものの、全体的に少女の顔の厚みくらいはある棒に見えた。
棒はゴツゴツとしており、当たれば痛みによって悶絶してしまうかもしれない。
「良い。これ、マリーズが昔から使っていた武器なんだから」
「……それにしても棍棒だとはな」
彼女の右手に持たれているのは野暮ったい棍棒であった。
とても似つかわしくない。
ってか見るからに重そうで、マリーズの細腕でそれを扱えるのかも不安だ。
——ってか棍棒ってモブキャラの野族みたいなヤツが使うもんじゃないのか?
無論、それは先入観だ。
女の子+棍棒
=とっても弱そう。
って目が節穴のヤツは思うんだよな。
「殺しちゃダメだよ……ギルドマスターが人殺しなんかしたら、サザラント王から目を付けられてしまうかもしれないし」
サザラント王の名前を聞いて、一瞬殺気が漏れてしまいそうになる。
いけないいけない平常心だ。
表情をいつもの感じに戻す。
「じゃあ——お前からで良いからいつでもかかってこいよ」
「分かった」
そう言って、マリーズの目の色が変わる。
「——うおっ!」
思わず声を上げてしまった。
まるで瞬間移動をしたかのようにマリーズが胸元へと飛び込み、その棍棒を振るったからである。
「驚いたな。魔法か?」
マリーズの棍棒に焦点を合わせながら、軽い口調でそう質問した。
「魔法じゃない。マリーズの魔力は——たった50だから」
その言葉に観客達がどよめく。
「たったの50だとぉ? それなのにさっきの瞬間移動はなんだったんだ?」
「よく聞けよ。魔法じゃないって言ってるだろ。俄に信じがたいが」
「魔力50だと旧冒険者ランクならGランクくらいに相当するか……」
ここでも魔力で相手の戦闘力を計る脳筋共が多発している。
——まあ仕方ないか。
魔法使いの地位ってヤツが想像以上に高い世界みたいだしな。
「ふうん。50か。結構あるじゃないか」
魔力ゼロの俺からしたら50でも結構高い。
「初めてそんなこと言われた」
「それに俺は魔力で相手の実力を計るなんて愚かな真似はしない。そんなの——俺にとったら関係ないんだ」
「そう——」
そう淡々と口にするマリーズであるが、表情はどこか嬉しそうであった。
「ありがとう——でも手加減しない」
棍棒を振り上げてマリーズが地面を蹴る。
「むっ……!」
両腕をクロスさせて、棍棒の一撃を甘んじて受けた。
——硬化の超能力。無痛の超能力。
この超能力を組み合わせることによって外傷をなしで、さらに痛みを感じず——まさに両腕を盾として使い、棍棒を防ぐことが出来る。
一瞬、マリーズは驚いたような表情。
バックステップで距離を取ったところを俺は見逃さなかった。
「——相変わらずなかなか面白いヤツだな。でも俺相手に『逃げ』はただの悪手だぜ」
マリーズと同じようにして地面を蹴る。
——身体強化の超能力。
これにより、特に体を鍛えていない俺であってもマリーズと同じように縮地法みたいな距離の詰め方が出来る。
「終わりだ」
マリーズの胸元へと飛び込み、掌底を叩き込む。
我ながら目にも止まらぬ早業だと思ったが、寸前のところでマリーズは体を捻って回避しようとする。
「ほお——その身のこなし。まるで動物みたいだな」
マリーズの体が遠のいていく。
しかし俺は掌底を叩き込んだ右手を分離させ、そのままロケットのように発射させる。
「くっ——!」
分離した右の掌底がマリーズへと命中し、そのまま彼女は地面に転がった。
——ロケットパンチの超能力。
いや、いきなりロボットものみたいになったなと思わないで欲しい。
一応名付けるなら『ロケットパンチの超能力』であったが、咄嗟に『右手』の形をしたエネルギー弾を作り出し、それを飛ばしただけである。
その証拠に——俺の右手はまだ付いているし、マリーズに命中した右手は消滅してしまっている。
「一体……なにが。辛うじて回避したはず。それなのにどうして命中? それにこの攻撃力……くっ、骨を持って行かれた?」
マリーズが胸元を押さえながら立ち上がろうとする。
だが何度も膝がくの字になってしまい、上手く二本の足で立つことが出来ない。
「——勝負あったな」
俺はその様子を見て、笑みを作りながらこう続ける。
「どうする? それともまだやるか。お前がまだ負けを認められないって言うならな」
——この時、俺は九割方戦いが継続すると思っていた。
骨が折れているらしいが、これくらいで彼女はへこたれないだろう。
精神が折れない限り、彼女は前進を止めないに違いない。
さて、どうやって相手に負けを認めさせようか——。
皿に載った料理を眺めるようにしていたら、
「……ギブアップ」
「そうだろうそうだろう。こんなのでお前は……ってギブアップ?」
マリーズの小さな口からそんな信じられない言葉が飛び出した。
——どういうことだっ?
たった一発、しかも骨を折られたくらいでビビるような柔な精神をしていたっていうのか。
「……マリーズではあなたには敵わない。マリーズ、勝てない相手とは戦わない」
「成る程な。相手の実力を見極めるのも実力の内ってことか」
興がそがれた。
それなのに——周囲からは爆発的な歓声が発生する。
「す、すげえ。お嬢ちゃんも凄いが、なによりもギルドマスターが強すぎる」
「グーベルグのギルドマスターが強すぎる件」
……まあマリーズの実力は分かった。
間違いなく、グーベルグの冒険者では(俺を除いて)一番の実力であろう。
きっとギルドでもエースとして活躍してくれるに違いない。
「ほら、立てるか?」
「——!」
マリーズの驚いたような表情。
押さえていた右手を離し、俺の差し出した手を取った。
——治癒の超能力。
まあヒーリングと言い換えてもいい。
これにより、マリーズの傷を癒したのである。
「強い……マリーズは王都の騎士学校を首席で卒業した。それなのにまるで赤子の手を捻るようにマリーズを……一体、あなたは何者?」
騎士学校ってのがどういうところが分からないが、そこで一番を取るくらいなのだから俺の見立ても間違っていないだろう。
「俺はただのギルドマスターだ」
「……ギルドマスター」
それを聞いて、マリーズはぼーっとして口を閉じる。
……ん? なんか俺、変なこと言ったか?
そう思っていると、
「マリーズは強い人が好き」
むぎゅっ。
マリーズはそう言って、俺の両手を包み込むようにして握りこう告げるのであった。
「マリーズを奴隷にして」
なんということだ。
フランに続いて二人目の奴隷が出来ました!