32・愚かな冒険者の話
【side 冒険者アース】
——これはチャンスだ。
駆け出し冒険者のアースはギルドマスターの宣言を聞いて、そう拳を握りしめた。
彼は田舎育ちの人間だ。
畑を耕し農民として生きる類の。
村にモンスターが襲いかかってきたり、突発的な飢饉によって命の危険に晒されるものの、騎士団や冒険者達に比べれば安全な暮らしが出来る。
それをアースはなによりも退屈に思っていた。
(俺はこんなところで終わっていい人間じゃないんだ……俺には才能がある)
村の学校では農作物を育てる授業が多いものの、護身術として剣技も教えている。
そこで彼は学校でトップの成績を取った。
——俺には剣技の才能がある。
そう感じたアースは誰よりも剣の鍛錬に勤しんだ。
皆が農具の手入れをしている時間、彼は学校から支給された木剣の手入れをしていた。
皆が一つでも多くの農作物を覚えている中、彼は一回でも多く剣を振るった。
確かに彼には才能があった。
村育ちで剣技をろくに教えられる者がいないとはいえ、アースはめきめきとその実力を伸ばしていった。
『そんなに剣を振るってどうするつもりだい?』
『こんな村でそんなことをしても無駄だよ』
そんな彼に心ない大人や同級生達が言葉を投げつけた。
確かにこのままではアースの剣技としての才能・努力は無駄になってしまう。
後一年で学校を卒業出来る頃からだろうか。
彼は近くの街であるグーベルグに行って、冒険者になることを夢見た。
無論、両親は反対した。
どうしてそんな危険なことをする。このまま田舎で平和に暮らしていけばいいじゃないか、と。
両親の意見は至極当然のことかもしれない。
だが毎日代わり映えのない日々を送って、領主に高い税金を払うせいで金持ちにもなれない。成り上がりも夢出来ない人生のなにが楽しい?
そうアースは考えた。
——そこでアースは密かに取り寄せた鉄剣一本だけを手に、村から抜け出しグーベルグに向かった。
グーベルグは予想通りの街であった。
活気もあって金さえあればなんでも手に入れることが出来る。
グーベルグに到着すると、彼は早速冒険者ギルドへと向かった。
受付の人にいかに自分が剣技の才能に満ちあふれていて、クエストを達成出来る能力に優れているか、ということを熱弁した。
まあ……まだモンスター一体も倒したことがないが……。
しかし——雄弁に自分のアピールをしていた彼に、ギルド職員は信じられないことを告げた。
『特に実績も上げていない剣技ではちょっと……。それに魔法よりも劣る剣技は自ずと評価も下がってきます。魔力を計らせてもらったところ47ですし、申し訳ございませんがGランクからのスタートとなります』
最初、なにを言われているか分からなかった。
しかし冒険者となりクエストを受注出来るようになってから、アースは職員の言葉を理解し愕然とする。
——Gランクではまともなクエストがないではないか。
せいぜい迷子の子猫探しとか、引っ越しの手伝いをするとかだ。
あったとしても発情期の犬・猫を取り押さえるといった類の。
これが自分の憧れていた冒険者の姿なのか?
こんなクエストではまともな報酬金を得ることも出来ない。
剣を振るうことしか出来ない彼では、クエストの報酬金だけではまともに生活出来ず極貧生活を強いられることになった。
これではまともにクエストこなす気力も湧いてこない。
だが——どうやらランクを上げていくためには、クエストを地道に達成していく他ないらしい。
彼は固い床の上で横になりながら、怒りを感じていた。
どうしてだ? 自分は誰よりも才能があるのに。モンスターの討伐をさせてくれ。さすれば誰よりも実績を上げられるのが確実なのに。
勝手に街の外に出てモンスターを討伐しようか? クエストではないが、モンスターを倒すとアイテムをドロップ出来ることもある。これをお金に換えようか——。
いや、やはりクエストが絡んでいないとモンスターアイテムなんてろくな金にならない。ドラゴンでも倒せれば別だろうが、さすがにそこまでの自信はなかった。
そんなことを悶々と考えていると、
『ランク制を廃止する!』
新しいギルドマスターだとか名乗った男はそう告げた。
賛否両論の声を投げかける中、彼はその中の誰よりも喜んでいた。
やった! これでGランクの自分でも高ランクのクエストを受けることが出来る。
そうすればみんな俺のことを見直すんだ。そして名高い冒険者となってゆくゆくは王都にも進出——。
目を輝かせて、新ギルドマスターを窓の外から見つめるアース。
『俺は——フェイク。ギルドマスターのフェイクだ』
「フェイクか……」
覚えておこう。
何故ならアースの運命を変えた男の名なのだから。
その先にどんな地獄が待ち受けているかもしらずに。
翌日。
彼は早速ギルドへと赴き、受付に全クエストの一覧を見せるように要求した。
Dランク ゴブリンの群れの討伐
その中で自分に丁度良いと思われたクエストがこれだ。
いくらなんでもいきなりSランクに手を染めようとは思えない。
Dランク……しかも低級モンスターのゴブリンって……。
まあこれは練習だ。まずは簡単なクエストをこなして、モンスターと戦う際の勝手を知るための。
アースは受付にこのクエストを受けることを伝えた。
『本当に良いんですか? だってアースさんGランクでしょう? オススメしませんよ。ギルドマスターはああ言ってますが、ランクというものは——』
受付ごときがなにかほざいていたが、全て無視だ。
アースは早速鉄剣を携えて、ゴブリンの群れがいるらしい近くの森へと向かった。
森は薄暗く魔気に溢れているようだった。
少しの不気味さを感じながらも、彼は意を決してその森へ飛び込む。
森に入ってからの彼は勇ましく——というわけではなく、踏んだ枯れ木の音にも驚く程小心であった。
しかし。
——見返してやる。
臆して帰りたくなるたびに、そういう風に自分を奮い立たせてアースはゴブリンの群れを捜した。
見返してやる。
田舎村でバカにしてきたヤツ等を。
Gランクだと蔑んできた街のヤツ等も。
全部まとめて——見返してやる。
その時になって、俺に頭を下げても遅いのだ。その頃には俺はお前等が手の届かないような立派な冒険者になっている。
そう考えると、ビクビクとした恐怖心も薄れていくようであった。
——ざわわ。
「ん?」
そんな音が近くから聞こえた。
すると——草むらから一体のゴブリンが飛び出してきた。
「現れたな、ゴブリン。俺が討伐してやる」
鉄剣を振るう。
しかし——ゴブリンはあざ笑うかのように避けながら、彼から離れていく。
「む、このちょこまかと動きやがって」
イライラとしながら剣を振るっていると、どんどんアースは森の奥へと誘われていった。
「ここはどこだ?」
ゴブリンも見失い、今自分がいる場所も分からない。
どうしたものか——と思いながら、闇雲に歩きだそうとした時であった。
自分がゴブリンに囲まれていることが分かったのは。
「ちっ……こんな時にゴブリンの群れかよっ!」
アースを囲んだゴブリンは徐々に距離を詰めてくる。
彼は鉄剣を構え、ゴブリンを攻撃しようとする。
だが四方八方囲まれている状態ではどうすればいいのか分からない。
一斉にゴブリンが彼に襲いかかる。
「く、来るな来るな!」
デタラメに剣を振り回す。
だがそれでは素早いゴブリンには当たらない。
ゴブリンは彼を嘲笑するかのように剣を避け、持っている石や金棒に攻撃を仕掛けてくる。
一つ一つの攻撃は大したものではない。しかしこれだけ畳みかけられるように攻撃されればダメージも大きなものとなる。
やがて彼の体は血に汚れ、
「あああああああ!」
絶叫——そして絶望しながら剣を振るうことも諦めた。
——そうだ。やっぱり止めておくべきだったんだ。
今思えば村で平和に農作物を育てている方が良かったかもしれない。
そうすればこんな風にゴブリンに嬲り殺されなかったのだろうから——。
——死ぬ。
ゴブリンが持っている金棒が彼の脳天に振り下ろされよう——とする瞬間であった。
「ライトニング・スピア」
そんな女の声が聞こえ。
目の前に眩しい閃光が走ったのは。




