3・超能力を試してみる
「おらあ! この無能! 貴様の住む部屋は今日からここだ!」
尻を蹴られる。
痛っ〜、こいつなにしやがんだ。
「こ、ここは……」
その部屋を見て、俺は言葉を失ってしまう。
だってあまりにも狭く汚いからだ。ベッドなんてものはなく、藁が敷かれているのでどうやらそこで寝るらしい。
テレビとかスマホ……はないのは当たり前として、せめて暇潰しの本くらいはあって欲しかったんだけどな。
テーブルもあることはあるんだが、触ってみると「ぎーこーぎーこー」と音が鳴り、今にも壊れてしまいそうだ。
ってか窓もねえじゃねえか。ここって人間の住むところ?
「おいおい、未来の天才剣士になにしやがんだ」
「はあ? 貴様がそんなものになれるわけがないだろうが」
せせら笑われる。
そう——この部屋に招待し、今でも俺を罵倒しているのは先ほど「一流の剣士に育て上げましょう」と言ったフーゴとかいう騎士団長なのだ。
「いや……お前、さっきは俺のことを……」
「お前? フーゴ様だろうが! この無能が!」
痛っ!
だから何回も尻を蹴るんじゃねえぞ!
さっきの王様の前では、大人の落ち着いた雰囲気を漂わせていたのによ。
今は目尻をこれでもかというくらい上げ、怒声を上げる男に変貌を遂げている。
「猫を被っていた……ということなのか?」
「あぁ? 当たり前だろうが。陛下の前だぞ。異世界からの召喚者をこんな風に扱うことが出来るわけがないだろう」
尻を床に着けている俺に対して、騎士団長——フーゴは腕を組み、俺を見下している。
あー、こいつ偉そうだ。イライラする。
すぐにでも殴り倒したい衝動に駆られるが、ぐっと我慢をする。
まだこの世界についてなにも分かっていない。ここで動くのは得策ではないと考えたからだ。
「いつか……絶対に……こいつ……殺す」
「んー? なんか言ったか?」
今度は頭を蹴られる。
くっ、ここは我慢だ!
最低でも敵の戦力だったり、城の構造とかが分かってからだ! 仕返しをするのはな!
「陛下も困っているのだ」
フーゴはバカにした口調を崩さず、
「折角、大金を使って異世界から召喚したというのに、貴様みたいな無能が出てきてな。今すぐにでも貴様を殺したいところだが、そういうわけにもいかぬ。たくさんの目撃者もいるし、そうしてしまえば独裁者と罵られるのは王の方だ」
「というと?」
「だから貴様は生かさず殺さず……いわば半殺しの状態のまま城で飼っておく。これこそが得策なのだ」
はあ? じゃあ一流の剣士とか言ってたのは嘘だったのかよ。
「明日から覚悟しておくがいい。特訓と称して、貴様をイジめ抜いてやるからな。なーに、ビビらなくてもいい。死にはしないからな。死に、はな」
「はっ、ほざけ」
あまりにイライラしたので、ツバをペッとフーゴの靴へと吐き捨てる。
「き、貴様っ!」
それを見て、フーゴは激昂。
今度は鉄拳が頬に直撃する。
「ちっ……」
後ろに吹っ飛ばされ、壁に激突する。
口の中が切れたか? 血液混じりの唾液を、今度はなにもない床の上に吐いた。
「貴様には地獄を見せてやる! 覚悟するんだな! ハハハ——」
そう言いながら、フーゴは部屋から出て行った。
扉が閉じられると、部屋は真っ暗になってしまう。
「窓がないせいで、月明かりも入ってこないのかよ」
俺の声だけが反響する。
うーん、とんでもないことになってしまったな。まさかこんなことになるとはな。
まあ処刑されないだけマシだと考えよう。
命あっての物種。命さえあれば、後はなんとかなるんだから。
……。
よし、扉の向こうから微かに聞こえていた足音が消え去った。
「じゃあそろそろ確かめてみるか」
よいしょ。
立ち上がって、右の手の平を上に向ける。
「パイロキネシス」
呟く。
すると——まるで右手がライターのようになって、細長い火が灯った。
「どうやら力は失われていないみたいだな」
それを見て、俺は一人ほくそ笑む。
——先ほど、騎士団長に仕返しをしなかったのは超能力が使えるか試してみたかったからだ。
あんなヤツ、魔力ゼロだろうがなんだろうが、超能力さえ使えれば簡単に殺っちゃうことが出来る。
それをしなかったのは、さすがにいきなり異世界転移してきて人殺しは躊躇するし、超能力が元の世界と同じように使えるか分からなかったからだ。
「まずは部屋を明るくしようか」
火を消して、次はフォトンキネシスを使う。
パイロキネシスが火を操る超能力なら、フォトンキネシスは文字の通り光の力である。
パッ、と部屋が明るくなる。
まるで蛍光灯の照らされた部屋のようだ。
「じゃあこれはどうだ?」
ヒーリング——体を癒す超能力だ。
先ほど騎士団長に蹴られた尻や頬の痛みがすーっと消えていく。
「このまま一通り試してみるか」
——結果だけ言うと。
俺は元の世界と変わらず超能力を使えることが判明した。
「成る程。つまりこういうことか」
俺は元々チートな能力を神様から授かっていた。
だから——異世界に転移される際、わざわざ他のチートを授かる必要がなかったのだ。
「ふむ。まあ超能力が使えそうならなんとかなりそうだな」
はっきり言って、テレポーテーションでも使ってこの部屋から脱出することも出来る。
だがもう少し様子を見ておきたかった。
まだこの異世界がどういう社会で、どういう経済活動が行われているのか。
それも知らず、ここから脱出するのははっきり言って愚策だ。
「外が食べ物一つない砂漠だったらちょっとだけ困るしな」
だからここは我慢して、もう少しあいつ等に従っておくふりをしよう。
——よし、これからの指標は定まった。
俺は寝転がったまま、飛行の超能力を使う。
体がふわぁと浮き上がり、そのまま目を瞑った。
あんな固そうな藁の上で寝てられるかよ。
多分、疲れていたのだろう。
目を瞑ると、そのまますぐに夢の世界へと旅立てた。
もちろん、寝ている状態だろうが朝まで超能力で寝たままだ。