29・アヘ顔ダブルピース(過度な期待はしないでください)
「……なんて言った?」
よく聞こえなかった。
カルヴィンの笑い声が不快だったものだから、ついつい指で耳を塞いでしまっていたからだ。
「お前のような訳の分からぬものをギルドマスターに認めるなど、オレにメリットはないだろう?」
「一体なにがいけないんだ」
フランが認めているならそれで良いじゃないか。
カルヴィンは俺を小馬鹿にしたような顔をして、
「フランは——優秀な女だ。あの歳でギルドを立派にまとめ、多額の献金もしてくれている。今のところそれで問題はないのだ——それなのに、お前をギルドマスターにする? それでもし問題が生じたらどうなるのだ。フランが忙しいのかどうか知らないが、問題が起こってからでも大丈夫だろう」
元の世界に例えるなら——お役所脳といったところだろうか。
問題が起こってからじゃないとろくに対応はしない。
「マコトさん……」
エコーが心配してそうな顔をして俺の服の裾を引っ張った。
「……イライラしないでくださいね?」
「大丈夫大丈夫」
意外にもこの時の俺、心が穏やかである。
本来ならこんな醜い男にそんなことを言われたら、ピキピキイライラ崩壊超能力! というパターンだと思うが、カルヴィンの言っていることもある程度分かる。
それに俺も出来るだけ争いは避けたいのだ。
今後のことも考えたら、カルヴィンとは良好な関係を築くのが無難だろう。
「じゃあ——俺はギルドマスターになれない、ということなのか」
「そうだ。出直してくるんだな」
「どうしても——か? フランが認めているんだぜ。なにか裏道みたいなものがあるんじゃないのか」
「本当にフランが認めているか否か、ということについての事実確認も必要になると思うが……そうだな」
そう言いながら、カルヴィンは服の中に手を入れた。
ゴソゴソとなにかを探し、その手に掴まれていたのは——。
「はっきりと言おう。オレは金が好きだ」
カルヴィンはうっとりした視線で手に持たれた金貨を見ている。
「だろうな」
そんな高そうな指輪をしたりこの部屋の様子を見ていたら、そんくらいのことは簡単に分かる。
「そして——普通のヤツならそうだと思うが、オレは好きなものが一杯あったら上機嫌になる」
「なにが言いたい?」
「機嫌が良かったら、お前がギルドマスターになることを認めるかもしれないなー、ということを言いたいのだ」
——なるほどな。
この醜い男カルヴィンの言っていることを特別に翻訳しよう。
——ギルドマスターになりたければ、裏金よこせ。
ということなのである。
「分かりやすいな」
ある意味良かったかもしれない。
よくゲームであるような街人に聞き込みをしたり、頭を使わなければ解決出来ない事象じゃなくてよかった。
「マ、マコトさん! どうしましょう。私達……そんなにお金持ってないですよ?」
エコーが慌てるようにして俺の肩を揺さぶる。
痛い痛い、そんなに強く揺さぶるな。
うーん、だけどエコーの言う通り俺達はそんなにお金を持っていない。
《ネドトロス》を壊滅……ってか乗っ取ったんだから、ギルドから報酬金を貰ってもおかしくないんだがな。
触手でフランを遊んでやるのに夢中すぎて忘れていた。
だが。
「心配するな。お金くらいならなんとかなるから——おい、カルヴィン」
「カルヴィン? カルヴィン様だろ。それにお前、さっきから口が悪すぎるぞ」
お前に使う敬語なんて持ち合わせていねえよ。
「ちょっとその金貨を貸してみろ」
「はあ? もしかしてお前、オレからお金を盗るつもりか」
カルヴィンの目が一気に警戒の帯びたものとなる。
「そんなせこい真似はしねえよ」
「……ふん。お前がなにを考えているか分からないが、下手な真似をしてみろ。すぐに引っ捕らえて牢屋にぶち込んでやる」
そう言って、カルヴィンは渋々金貨を手渡してきた。
……それだけ高そうなもので自分や部屋を着飾っているのに、たった一枚の金貨を渋るとは。
まあ金持ちって極度のケチって言うしな。
これだけお金が好きなら、お金さえ渡してやれば目の色を変えるだろう。
「お金か……」
手の平で金貨を転がす。
精神を集中させる。
「ほら。これで満足か」
「なっ——」
カルヴィンが言葉を詰まらす。
それも当然であろう。
——何故ならカルヴィンの目の前には金貨が山のように積まれていたのだから。
「一応、全部で十万枚ある」
「じゅ、十万枚だとぉ!」
カルヴィンが転げ落ちるような勢いで金貨の山に詰め寄る。
そして金貨をすくい上げて、
「い、一体、これほどのお金をどこから! そ、そうか……アイテムボックスの中に金貨を隠し持っていた、ということか」
「アイテムボックス?」
ああ——そういや、エコーをドラゴンから助け出した時そんなものがあるとか言ってたような言ってなかったような。
無論、俺はアイテムボックスなんてものがなくても、亜空間に物を収納することが出来るのに無用だ。
「そんなものは使っていない」
——もちろん、亜空間に金貨を収納していたわけでもない。
——複製の超能力。
今回、使った超能力がそれだ。
簡単なことだ。複製……つまりコピーしたいものを持って念じれば、それをいくらでも作り出すことが出来る。
「そういや、異世界って偽札作りってどうなるんだろ?」
「マコトさん? なにか言いましたか?」
「なんでもない」
つい呟いてしまったが、わざわざ偽札作りだと自白しなくてもいいだろう。
カルヴィンは俺の言葉に気付かず、金貨の山に夢中になっている。
「う、うほぉ! これさえあれば、オレの資産があっという間に二倍に!」
金貨の山にダイブして、醜く膨らんでいる腹を擦り合わせたりしている。
「エコー。そういや、金貨一枚ってどれくらいの価値なんだ」
「一枚で1万Gです!」
「1万Gか……」
まだあんま経ってないけど、なんとなく異世界の貨幣価値については分かってきた。
1G=10円くらいで考えおいて問題ない。
ということは金貨十万枚で10億G……つまり100億円分か。
ってかカルヴィン、さっき資産が二倍になるって言ってたよな。
この金貨がなくても、100億も持っていたのかよ。
通りでこんな立派なお屋敷を構えているわけだ。
領主ならグーベルグに還元しろよ。
「どうだ? カルヴィン。これで俺をギルドマスターだと認めてくれるか」
「認める認める! フランが認めているなら勝手にやってくれ」
ちょろいもんだ。
金でこれだけコロコロと態度を変えてくれるとはな。
「マ、マコトさん! 一体どこにこんなお金を隠し持ってたんですか!」
「うーん、まあ宝くじに当たってね」
「宝くじ?」
エコーが首を傾げる。
いちいち説明するのも面倒臭いので、それ以上答えないが。
——カルヴィンは俺のことはどうでもいいのか、金貨を両手ですくい上げて「うほっ、うほっ、アヘ」というようなことを呟いている。
「アヘアヘ、これだけ金があったら……オレ、オレはアヘ!」
あーあー、両手でピースなんか作っていたりする。
これ以上見たくない。
醜い男のアヘ顔ダブルピースなんて最悪だ。
「ギルドに戻るぞエコー」
そう呼びかけてきびすを返す。
——こんな男のアヘ顔なんて見たくないから、触手の超能力で無理矢理言うことを聞かせることは止めておいたのに。
目的は達成したのに、なんだろうこの不快感は。
「……帰ってフランを触手でイジめて、目を消毒しなければ」
「マコトさん? なにか言いましたか」
「なんでもない」
ってかエコーよ。お前、難聴すぎるだろ。
……ってな感じで勝ったような負けたような微妙な気分を味わったものの、無事に(?)ギルドマスターとなったのであった。




