14・初クエスト
「早速、マコトさんの初クエストですね! 気合い入れて行きましょう!
」
エコーが拳を高く突き上げる。
ってかどうして、こいつが張り切っているんだ。
それに……たかが迷子の子猫探しでここまで張り切れるとは。
「グーベルグは広いですからね。今日中に見つけることは出来ないと思いますが——」
「ん? どうして?」
イラストが書かれた紙に手を当てる。
精神を集中させると、ぼやーっと頭の中に猫の姿が現れてきた。
千里眼——。
イラストや写真さえ見れば、それがどんなに遠くにあってもどこにあるか分かる超能力。
これさえあれば、迷子の子猫探しなんて一瞬で終わる。
「おい、武器屋と防具屋に挟まれている路地裏ってどこにあるんだ」
「武器屋と防具屋ですか? それが並んでいる場所なら、グーベルグには二カ所ほど考えられますが……」
「案内してくれ。そこに子猫はいる」
「は、はい! 任せてください!」
仕事を言われて嬉しいのか、エコーの声が弾む。
——その後。
一発目の路地裏で子猫を見つけることに成功した。
「マコトさん、凄いです! まさかこんなに勘が鋭い方とは!」
「勘じゃない。確信だ」
「も、もしかして……クレアボイアンスの魔法を? え、でもマコトさんって魔力ゼロって言われてたんじゃ……」
エコーが混乱している。
子猫はエコーの腕の中で幸せそうに顔を洗っていた。
エコーの豊かな胸の感触が心地良いのだろうか。
「やっぱりギルドでもう一回、測定し直しましょうよ。だってマコトさんが魔力ゼロなわけないですもん」
「いや、面倒臭いし間違ってないよ。そういや、エコーの魔力はどれくらいなんだ?」
「ふふん、聞いて驚かないでくださいよ? なんと90です!」
……微妙〜。
確かお姉さんは魔力の平均値が100くらいって言ってたよな?
だったら、エコーの90はちょっと少ないくらいだけど、バカにするほど少ないわけじゃない。
「お前……やっぱ残念な女だな」
「な、なんで!」
ニャー。
子猫が一鳴きした。
こうして俺は初クエストを成功させたのであった。
■
「はい! クエスト達成ですね。これが報酬金の1000Gです!」
「どうも」
早速、ギルドに行ってクエスト達成を報告した。
お姉さんは満面の笑みで銀貨一枚を手渡してくれた。
……いや、異世界の貨幣価値がよく分からないので、喜んでいいのか悪いのかがよく分からない。
「おい、エコー。1000Gってのは高いのか?」
「え? 変なこと言いますね。そりゃあ……高いですよ! 1000Gもあったら、お外でご飯が十回も食べられますよ!」
いまいちな例えではあったが、あまり高くないことだけは分かった。
「この調子でバンバン依頼をこなしましょうね! 今はHランクですが、頑張ったらGランクになれるかもしれません!」
「どうも」
「でも一日で迷子の子猫ちゃんを見つけるとは……マコトさん! 才能ありますよ」
「あんま嬉しくないな。そういや、ドラゴンはどれくらいのお金になったんだ?」
「500万Gくらいですね」
高っ!
「きっと、私がギルドで頑張って働いたおかげですよ!」
でもお姉さんの満面の笑みを見ていたら、それ以上言葉を紡ぐことが出来ない。
いいんだ。
どうせドラゴンなんて何体でも倒せるし……。
次、いつ遭遇するんだろうな。
「また明日も来るよ」
「はい! 明日も頑張りましょうね!」
お姉さんが手を振ってくれる。
……さて。
地道にランクを上げていくのもいいだろう。
しかしドラゴンと一緒で、次いつランクが上がるのかも分からない。
「マコトさん? 悪い顔してますよ」
「気のせいだよ」
だったら俺にも考えがある……。
ただ今日は疲れたので、さっさと家に帰らせてもらおう。
「……ってそういや、俺。帰る家もなんにもなかったんだよな」
建物の外に出て、立ち止まった。
空を見ると、橙色になっている。
もしかして、今日野宿? 1000Gで宿屋に泊まれるんだろうか。
「おい、エコー。宿屋ってのはどれくらいあったら泊まれるんだ?」
「ピンキリですね。まあ1000Gもあれば、二泊は出来ると思いますよ!」
「うわぁ……微妙」
異世界に来て、これからなにが起こるのかも分からない。
出来れば、宿屋に泊まらず貯金しておきたいところだが……。
「あっ、よかったら私の家に来ますかっ?」
「エコーの家に?」
「はい! マコトさん、グーベルグの人じゃないんですよね? じゃあきっと寝るところにも困っているでしょうから!」
役立た……ゲフンゲフン……エコーが女神のように見えた。
ありがたい。
それに女の子から「家に来る?」なんて言われるとは思っていなかった。
「本当にいいのか?」
「はい!」
もしかして、今日童貞を捨てることになるかもしれないな。
やれやれ、まさかネコミミの女の子が初めての相手だなんて。
心臓の鼓動が早くなっていくのを感じた。
「お母さんにも紹介したいですし!」
……ですよねー。
エコーが一人暮らしとは限らない。
ってかエコーがテキパキと家事をしているところを想像出来ない。
お母さんと一緒に暮らしていることは予想出来た。
「俺としたことが……」
「どうしたんですか、マコトさん? なんかガッカリしているように見えますが」
「気のせいだ」
顔を上げて、エコーの後を追いかける。
俯いていたら涙が零れてしまいそうだからね。
■
エコーの家はごくごく普通の民家であった。
「この子ったら、いきなり冒険者になりたいって言って〜」
「もうお母さんったら〜」
食卓に並べられた料理を食べながら、俺はエコーとそのお母さんの話に耳を傾けていた。
エコーのお母さんも銀髪で、ネコミミが頭から生えている獣人族だった(当たり前かもしれないけど)。
おっとりした雰囲気で、何歳か分からないけど凄くキレイな方だ。
「どうして、エコーは突然冒険者になろうと?」
「旦那が冒険者なんですよ。それに憧れちゃったみたいで」
「お父さんはどこにいらっしゃるんですか?」
「……実は……もうここにはいなくて……」
「あっ、すみません。変なこと聞いちゃいましたね」
「遠征に出かけているんですよ。一週間もすれば戻ってくるんじゃないかしら?」
「生きてるのかよっ!」
この母親あって娘あり、って感じだな。
王都にいる頃から思っていたけど、異世界の料理はとても美味しい。
もしかして転移する時に、舌の好みも変えられているのだろうか?
「ふう、もうお腹一杯です!」
エコーが背もたれに体を預けて、お腹に両手を置いた。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「いえいえ〜。あっ、そういえばマコトちゃん」
いきなりエコーのお母さんが親戚のおばちゃんに見えてきた。
「寝るところなんだけど、旦那がいつも一人で寝ている部屋でいい?」
「はい……もちろんです。っていつもエコーのお父さんは一人で?」
「イビキがうるさいから、一人で寝てもらっているのよ〜」
なんとなく、この家庭での関係が分かってきた。
その後、俺はエコーのお母さんに案内される形で部屋に入った。
部屋は簡素的なベッド、ちっちゃめのテーブル、本棚……と決して広くはないが、城にいる頃を思えば極楽のような空間であった。
「ふう……今日は疲れたし、さっさと寝るか」
「はい! おやすみなさい!」
「おやすみー……って」
ベッドに潜り込んだエコーの布団を取り上げる。
「……お前、なに勝手に寝ようとしてるんだ? お前には自分の部屋があるだろ?」
「むー、折角だからマコトさんとお喋りしたいんですよ!」
「却下だ」
「な、何故!」
さっさと寝たいんだよ。
一緒に寝ることは嫌ではないが、そんなことをすればあのお母さんが飛んできそうだしな。
「マコトさんは……どうしてグーベルグにやって来たんですか?」
顔を合わせまいとしているのに、エコーが勝手に話しかけてきた。
……まあちょっとくらい話に付き合ってやるのもいいだろう。
俺はベッドに腰掛け、
「今まで王都にいたんだ。でも王都にちょっといられない事情が出来てね」
「ふうん、そうなんですか。マコトさんって今からどうするつもりなんですか?」
どうするつもり?
その質問を投げかけられて、頭と体が固まる。
「マコトさん?」
エコーが不思議そうな顔をして覗き込んでくる。
——どうするつもり?




