プロローグ
ありそうでなかった、異世界転生した塗装屋さんが小物屋(魔道具)を作る?!アラフォーの中堅の塗装職人が、異世界で生活で役に立つような魔道具を作って販売。さらに前世でやっていた塗装職でお店をリフォーム!ほのぼのした日常を描く、異色のファンタジー。
塗装職人の朝は早い。
三十八歳。世間じゃアラフォーと呼ばれる年齢だ。高校を卒業したあと色々あって、この業界に飛び込んだのは二十代の後半だった。それから丸十年、俺は一筋にペンキを塗り続けてきた。
「おい、ショウヘイ。あそこの養生、マスキングテープの端が少し浮いてるぞ。やり直せ」
後輩の手元をチラリと見て、俺は短く指示を飛ばす。それ以上は何も言わない。現場の人間からは「ウチの頭はありえないくらい無口だ」と畏れられていたが、単に作業に集中すると喋るのを忘れるだけだ。職人の世界は言葉じゃねえ。仕上がりがすべてだ。
世間の奴らは、塗装屋の仕事を「ただ色を塗るだけの簡単な作業」だと思っている節がある。
だが、それは大間違いだ。
塗装において、ハケやローラーを動かしている時間は全体の二割に満たない。
本当に重要なのは、そこに至るまでの『下地処理』と『養生』だ。
屋根などの鉄部の古いサビを削り落とし、ひび割れ(クラック)をコーキング材で徹底的に埋め、汚れを高圧洗浄で根こそぎ洗い流す。地味で、泥臭くて、誰の目にも留まらない下準備をどれだけ完璧にやったかで、五年後、十年後に壁が剥がれるかどうかが決まる。
(見えないところを、誰よりも綺麗に仕上げる)
この10年間、毎日泥にまみれ、塗料の匂いを吸いながら培ってきた、それが俺の唯一のプライドだった。38歳、体力と経験値のバランスが今一番いいという自負もあった。
その日、俺は古くなった鉄骨アパートの外壁改修の現場にいた。
北海道を襲った小規模な地震のあとで、壁のあちこちに細かいクラックが入っていた。雨が来る前にここを塞がねえと、中に水が回って鉄骨がサビる。
「……よし、ここは弾性ウレタンだな」
足場の上、塗料のツンとした有機溶剤の匂いに包まれながら、俺は黙々とハケを動かしていた。我ながら惚れ惚れするような、一ミリの狂いもない見事なヘラさばき。ひび割れが魔法のように消えていく。
その時だった。
――ドンッ! と、足元から突き上げるような衝撃。
「うわあああ! 頭、逃げてくだ――!」
下からの絶叫。本震だ。先日の地震で地盤が緩んでいたのだろう。鉄骨アパートを囲んでいた仮設足場が、凄まじい金属音を立ててグニャリと歪み、一気に崩落を始めた。
逃げる暇なんてなかった。
フルハーネスで固定されていたはずの身体が宙に浮き、視界が激しく回転する。
(あーあ、せっかく綺麗に下地作ったのによ。台無しじゃねえか……)
地面が迫る中、俺が最期に考えていたのは、自分の命のことではなく、塗りかけの壁のことだった。
職人歴10年。どこまでも中途半端な人生。
暗転する意識の中で、俺の三十八年の生涯は、バケツをひっくり返したような騒音と共に幕を閉じた――はずだった。
実際に見た、現場での臨場感やリアルな部分からちょっと専門職ならではのエピソードをお届けできればと思い、このような形にしました。元職人ならではの視点を盛り込み、ハンドメイドという部分で共感して頂けたら幸いです。




