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森に引きこもる魔女ですが、空から落ちた少女を拾ったら空島の封印に巻き込まれました~薬草を煮ながらもふもふけものと世界を直します~  作者: 明石竜


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20/20

最終章 浮島の魔女は、今日も世界を拾い集める

 秋になった。

 森の木々が色を変えていた。採取に出ると、足元の落ち葉が柔らかく沈んだ。

 空島の封印は安定している。ノルンからの連絡も途切れていない。

 世界は、まだ完全ではない。 

 でも、壊れたままではなくなっていた。

 リコリスは薬草の棚を整理しながら、過去を振り返った。

 セレナが来たのは、春の終わりだった。

 あの夜から数えると、半年が過ぎていた。森の奥で一人と一匹で暮らしていたのが、遠い話のように思えた。遠くはない。半年しか経っていない。でも、見える景色が全部変わった。

 棚を整理していると、セレナが外から戻ってきた。

 朝の採取だった。最近は二人で行くことが多かったが、今日はリコリスが薬の仕込みを優先したので、セレナ一人で行った。一人で行けるようになったのは、一か月ほど前からだ。どの草が何で、どこに生えているか、どう採れば根が残るか。全部覚えた。

「月草が多かった。あと霧苔も」

「今日の分で足りる」

「星砂草は少なかった。旬が終わりかけてるから?」

「そう。秋は少ない。春から夏にかけて多く採って、保存してある」

 セレナは採取袋を下ろして、中身を棚に分けた。覚えた通りの場所に、覚えた通りの順番で並べていく。

 リコリスは横目でそれを見た。

 半年で、覚えた。全部ではないが、日常的に使うものはほとんど分かるようになっていた。

 記憶は、少しずつ戻っていた。

 断片が繋がる、という感覚がセレナにあると言っていた。全部が揃ったわけではないが、空島で過ごした子どもの頃のことや、ノルンとの日々の一部が夢の形で返ってくることが増えていた。

 儀式のことも、少しずつ分かってきていた。

 代償の度合いは、セレナが儀式に込める意志の強さによって変わるらしかった。全部を捧げようとすれば、全部を失う。でも、補強として使うのであれば、失うものは少ない。ノルンはそれを、セレナが自分で理解するまで待っていたと言っていた。

 理解してから選ぶ。それがノルンの考え方だった。

「今日、ミラが来るって言ってた」

 セレナが棚を整えながら言った。

「薬を取りに来る日だっけ」

「うん。それと、何か手伝えることがあれば、って」

「手伝いに来てくれるのはありがたい。今日は浸透薬を大量に作る予定だから、瓶詰めを頼める」

「あたしは何をする?」

「月草を砕く作業を頼みたい。均一に砕くのが得意になったから」

「得意になった」

「なった。最初は不均一だったけど、今はほぼ揃う」

 セレナが少し嬉しそうな顔をした。

 モクが棚の上から言った。

「我の仕事は?」

「木の実の在庫確認」

「それだけか」

「重要な仕事です」

「確かに。やっておこう」

 午前中は作業をした。

 リコリスが薬を煮る。セレナが月草を砕く。モクが木の実を数える振りをしながら二個食べる。そのうちミラが来て、瓶詰めに加わった。

「リコリスさん、最近村の人たちが変わってきています」

 瓶に薬を注ぎながら、ミラが言った。

「どう変わった?」

 リコリスは火加減を見ながら尋ねた。

「魔女が怖くなくなった、という人が少しずつ増えてきています。全員じゃないですけど」

「アルヴィンが動いているから?」

「それもあると思います。でも、直接薬をもらった人たちが、周りに話しているのが大きいと思います。実際に助けてもらったから、怖くないって」

「それが広がるには時間がかかる」

 リコリスは薬を混ぜる手を止めずに言った。

「かかりますけど、広がってます。ゆっくり」

 ミラは瓶の蓋を閉めながら答えた。

 リコリスはそれを聞いて、エルシアの言葉を思い出した。百年、二百年かけて変わることだと言っていた。その変わり始めが、今起きているのかもしれない。

「ミラが話してくれているんでしょ」

 セレナが、月草を砕く手を止めて言った。

「話しています。自分で見たことを話すのが一番だと思うから」

 ミラは少し照れたように笑った。

「ありがとう」

 リコリスが言うと、ミラは首を振った。

「お礼を言うのはわたしの方です。弟も、おじいさんも、みんな薬のおかげで元気です」


 昼食をみんなで食べた。

 セレナが作ったスープと、リコリスが焼いたパンだった。モクは木の実パンを要求して、ミラが笑った。

「モクって、毎回木の実パンを要求するんですか?」

 ミラが尋ねた。

「毎回じゃ」

 モクは胸を張った。

「可愛い」

「我は可愛くない」

「でも可愛いです」

「それ以上言うと怒るぞ」

 ミラがまた笑った。セレナも笑った。リコリスも少し笑った。モクは不満そうな顔をしたが、木の実パンは受け取った。


 ミラが帰ったのは昼過ぎだった。

 薬を持って、機嫌よく帰っていった。また来ます、と言った。また来てください、とリコリスは言った。

 午後は素材の分析の続きをした。

 最近は、空島から持ち帰った素材と、地上の素材を組み合わせた調合を試していた。浮遊石と月草を組み合わせると、持続時間の長い軽量化薬が作れることが分かった。星霧水晶の粉と霧苔を合わせると、魔力を安定させる効果が倍以上になった。

 地上と空島の素材は、組み合わせると効果が増す傾向があった。

 理由を考えると、封印と関係があるかもしれないとリコリスは思った。空島と地上は封印によって繋がっている。素材もその繋がりを持っていて、組み合わせることで本来の繋がりを活かした効果が出る。

 分かったことを調合帳に書き留めながら、セレナに話した。

「空島の素材を使うためにも、定期的に採取に行く必要がある」

「また行けるね」

「行けるようになった」

「ノルンも喜ぶと思う。来るたびに、少し話してくれるようになってきたから」

「ノルンが変わってきた?」

「変わってきた。感情を出せるようになってきたというか、出してもいいと分かってきたというか」

「セレナが引き出してるんでしょ」

「あたしだけじゃなくて、リコが来るから、ノルンも話しやすいんだと思う」

「わたしはあまり話さないけど」

「話す量じゃないよ。来るか来ないかの問題」

 リコリスはそれを聞いて、少し考えた。

 自分が来ることで、何かが変わる。それはリコリスには実感しにくいことだったが、セレナが言うなら、そうなのかもしれない。

「また来週、空島に行こう」

「行こう。ノルンに話したいことがある」

「儀式のこと?」

「うん。全部を捧げるんじゃなくて、補強として使う。そういう形なら、あたしにもできると思う」

「セレナが自分で決めたことなら」

「うん。あたしが決めたことだよ」

「分かった」 


 夕方近くに、石橋の方から声がした。

 アルヴィンだった。

 最近は週に一度来るようになっていた。毎回、何かを話して帰る。騎士団の内部での動きのことや、王都での審査の進み具合のことや、村での変化のことを話してくれた。

「グランベルの件、進展があった」

「どんな?」

「証拠の精査が終わった。装置と古代遺構への関与は、しばらく禁じられる。王都での立場も、前と同じではいられない」

「もう、すぐには動けない?」

「動けない。少なくとも、同じ方法では」

 アルヴィンは少し間を置いた。

「君たちが止めたことは、無駄ではなかった」

 セレナが外に出てきた。アルヴィンの声が聞こえたらしかった。

「グランベルの件が動いたって?」

「動いた」

「良かった」

「まだ完全に終わったわけではないが、大きく制限された」

 アルヴィンはリコリスを見た。

「今後、騎士団としての立場から、封印の守護に協力できるか検討している」

「検討している、というのは」

「正式にはまだ決まっていない。でも、方向としては、ノルンと、魔女たちと、騎士団が連携して封印を守る仕組みを作れないかと思っている」

「それができれば」

「できれば、グランベルのような人間が介入しにくくなる。透明な仕組みにすれば、不正が起きにくい」

「良い方向だと思います」

「リコリスが協力してくれるか確認したかった」

「します。できることがあれば、全部」

 アルヴィンは頷いた。

「ミラも協力すると言っていた。村の人間として、証言できると」

「ミラならやれる」

「そうだな。あの子は強い」

 アルヴィンはそれから少しの間、川の方を見た。


「リコリス、あなたと話して、多くのことが変わった。感謝している」

 リコリスは返事を探した。

「わたしも、アルヴィンと話して、見え方が変わったことがある」

「例えば?」

「間違えた方向を向いていた人間が、気づいて向きを変えることができると分かった。それが知れたのは、アルヴィンのおかげです」

「それは、お互いということか」

「そういうことかもしれません」

 アルヴィンは少し笑った。前に初めて見た笑顔より、今の方が自然だった。

「また来る」

「来てください。次にエルシアが来たときに、一緒に話しましょう」

「エルシアはいつ来る?」

「手紙が来た。南の調査がもう少し長引くって」

「戻る時期は?」

「春までには一度戻ると書いてあった」

「南の燻製を楽しみにしていると、モクに伝えておいてくれ」

「モクに直接言ったら喜びますよ」

「直接言うと、またうるさくなりそうだ」

「なります」

 アルヴィンが帰った。

 セレナがリコリスの隣に来た。 

「アルヴィン、変わったね」

「変わった」

「最初に会ったとき、怖かった?」

「怖くはなかった。ただ、どう動くか分からなかった」

「今は?」

「分かる。整理しながら動く人だから、整理できれば動き方が変わる」

「リコって、人のことをちゃんと見てる」

「見ないと怖いから、と前にも言った」

「言ってた。覚えてる」

 夕方の光が、森に差し込んでいた。

 木々の葉が橙に染まって、地面に長い影が落ちていた。秋の光だった。春の終わりとは違う、斜めで柔らかい光だった。

 モクが屋根から降りてきた。

「夕食はいつじゃ」

「もう少ししたら」

「何を作る?」

「豆と芋と、月草の粉を入れたスープ」

「パンは?」

「焼く。木の実パンも」

「うむ」

 モクが家の中に入った。

 リコリスとセレナは、もう少し外に立っていた。

 空を見た。雲がいくつか流れていた。その向こうに、空島があった。今日は雲が多くて見えなかったが、あるのは分かっていた。

「ねえ、リコ」

「うん」

「今年の冬、どうする?」

「どうするって」

「雪が降ったら、採取に行けなくなる?」

「森の奥は積もらないことが多い。でも、深いところには行きにくくなる」

「じゃあ冬の間は、素材の分析と薬作りが中心になる?」

「そうなると思う」

「あたしにできることを増やしておきたい。冬の間に練習できること」

「修復魔法の精度を上げることと、調合の基礎を覚えることが、今のセレナに必要だと思う」

「教えてくれる?」

「教える」

「冬の間、ずっとここにいる?」

「ここにいる」

「良かった」

 セレナが空を見た。

「空島は冬になると、どうなるんだろう」

「分からない。聞いてみたら。ノルンに」

「来週、聞いてくる」

「一人で?」

「うん。そろそろ、一人でも行けるようになりたい」

「無理はしないで」

「しない。リコとも、また一緒に行く」

「行く」

 リコリスは頷いた。

 話しながら、二人で家の中に入った。

 暖炉に火を入れた。鍋を出した。豆を水に浸した。芋を切った。セレナが月草の粉を計った。 

 いつもの夕食の準備だった。

 半年前と同じ動作で、でも一人ではなかった。

 夕食を食べながら、モクが言った。

「そういえば、エルシアはまだ南か。あやつ、また変な土産を送ってくるじゃろうな」

「変なものじゃなくて、薬草だと思う」  

「薬草も変なものも、エルシアが持つとだいたい同じじゃ」

「師匠に怒られる」

「本人がいない今なら言える」


 食事が終わった。

 後片付けをして、薬棚を一度確認して、調合帳を閉じた。

 普通の夜だった。

 セレナが窓の外を見た。

「今夜、星が見えそうかな」

「雲が残ってるから、見えないかもしれない」

「見えなくてもいい。ただ見てみたかった」

「どうして」

「半年前のことを考えてた。あの夜、リコのところに落ちてきた夜。あのとき空を見た。何も分からなくて、ただここにいるって思った」

「今は?」

「今も空を見ると、ここにいるって思う。でも今は、分かることが増えた。名前も、場所も、リコのことも、ノルンのことも」

「記憶が戻ってきたから」

「それだけじゃなくて、ここで積み上げてきたことがある。それが今のあたしだと思う」

 リコリスはセレナを見た。

 半年で、変わったことがたくさんあった。セレナも変わった。リコリスも変わった。森の奥で一人と一匹でいたときとは、全部が違う。

「セレナがここに来て、良かった」

「言えるようになったね、それ」

「前から思っていた。言えなかっただけ」

「今は言える?」

「言いたかったから、言った」

 セレナが笑った。

 モクが棚の上で丸くなった。

「我も、空の娘がここに来て、良かったと思っておる」

「モクが言うと、重みがある」

「そうじゃろ」

「空の娘、じゃなくてセレナって呼んでほしいけど」

「セレナ。それで良いか」

「良い。ありがとう、モク」

「どういたしまして、じゃ」

 静かな夜が続いていた。


 その後、季節はゆっくり進んだ。

 セレナは空島へ行き来することが増えた。ノルンを手伝い、封印の様子を確かめ、空島でしか採れない素材を少しずつ覚えていった。

 森の家にいる日もあれば、空島にいる日もある。

 けれど、それは別れではなかった。

 セレナがどこへ行っても、帰ってくる場所はここにあった。


 ――数か月後。

 冬の終わりの空から、白い光が降りてきた。

 リコリスは薬棚の整理をしていた手を止め、外へ出た。

 塔の方向から伸びた光が消える。森の奥から、足音が近づいてきた。

 木々の間から、銀がかった金の髪が見えた。

 セレナが走ってきた。手には、小さな布包みを持っている。

「ただいま、リコ」

 リコリスは少し間を置いた。

 あの夜、空から落ちてきた少女を思い出した。名前しか分からなかった少女が、今は自分の足で、ここへ帰ってきている。

「おかえり、セレナ」

 セレナが笑った。

 布包みの中には、空島の春の結晶が入っていた。

「ノルンが、調べてほしいって」

「調べる」

「一緒に?」

「一緒に」

 リコリスは調合帳を開いた。

 新しい素材のページを作った。春の結晶、と書いた。その下に、今日分かったことを書いた。薄い紫。光を当てると内側に動きがある。空島に春になると咲く花から。用途未確認。

 ページが、また増えた。

 調合帳は最初の頃より厚くなっていた。師匠が残したページから始まって、リコリスが書き足し続けた。これからも書き足す。知らないことがなくなるわけではないから、書き続ける。

 台所からパンを焼く匂いがしてきた。

 モクが幸せそうな顔をした。

 外は春に向かいかけていた。

 もう少しすれば、薬草が芽吹く季節になる。採取が忙しくなる。空島の花も咲く。ノルンが待っている。アルヴィンが来る。エルシアから、また手紙が届く。ミラが薬を取りに来る。

 やることが、たくさんある。

 リコリスは調合帳にもう一行書き加えた。

 一緒に調べる、と書いた。

 森の奥の小さな家に、今日も火が灯っている。

(おしまい)

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