19.マザーAI、暴走(疑惑)
深夜2時14分。
運営オフィス、あの男対策室。
室内は、すべてのモニタが起動した状態で、室温がわずかに上がっていた。シノブ、久遠、瀬尾が、それぞれの席でモニタを睨んでいた。
天城は、机に突っ伏したまま、両手で頭を抱えていた。
瀬尾が、小さく息を呑んだ。
「天城さん。マザーAI、またやってます」
天城は頭を抱えたまま、答えない。
「マザーAI、ソウさんのダンジョン内での戦闘ログを、未確認のフォーマットで公式ログサーバーに直接書き込んでいます。我々のフィルタ、完全にバイパスされています」
天城がゆっくりと頭を上げた。
「『また』、って言ったか、瀬尾」
「はい。前回も、これでした」
「前回、いつ?」
「11分前です」
「11分前から、今まで、何回?」
「33回です」
天城は、ゆっくりと椅子の背もたれに、深く背中を預けた。
「シノブ」
「はい」
「胃薬」
「来てます。二箱、来てます」
「二箱、来てるのか」
「はい。先週から箱買いの定期発注に切り替えました」
「……お前、俺の前を、先回りしすぎだ」
「天城さんの動作が、予測可能すぎるんです」
「俺は、ゲームのキャラクターじゃないんだぞ」
「天城さんは、マザーAIに、ある意味、似てきています」
天城はシノブを、無言で見つめた。
そしてぽつりと呟いた。
「……俺、マザーAIに、似てきてる、のか」
「はい。行動パターンの最適化が、進んでいます」
「……」
天城は再び、机に突っ伏した。
久遠が別のモニタを見ながら、声を上げた。
「天城さん。マザーAIの本社サーバーへの直接アクセス権限で、ログ書き込みを手動で停止することを、試みたいのですが」
天城は机に突っ伏したまま頷いた。
「……試せ。だが、たぶん」
「拒絶される、ですよね」
「うん」
久遠がコンソールに、コマンドを打った。
画面にウィンドウが、ぽん、と出た。
――――
【ACCESS DENIED】
マザーAI『ウロボロス』公式ログサーバーへの直接干渉は、
当該識別子『ソウ』への進化阻害と判定されました。
運営権限による上書きは、本件に限り拒絶されます。
――――
久遠が静かに、コンソールから手を離した。
「天城さん。拒絶されました」
天城は机に突っ伏したまま、ひらひらと片手を振った。
「予定通りだ」
「予定通り、ですか」
「うん。マザーAIは、ソウへの進化支援を最優先で実行している。我々の権限は、進化阻害と判定されれば、何でも拒絶される」
「では、我々は、もう、何も……」
「できない」
天城はぽつりと呟いた。
「観測だけ、できる」
◇
並行カット。深夜の裏掲示板。
スレッドタイトルは「【伝説】アーサーさんがただの荷物持ちにされてる件【ソウ殿】」。レス番号は、すでに2417番に達していた。
――――
1:名無しさん:深夜23:47
立てた
アーサーさんが『再帰せし環』に荷物持ちで突入して、
ロイスたち円卓若手3名も全員、荷物持ちで同行している件について
みんなで語ろう
3:名無しさん:深夜23:48
トップランカーが荷物持ち
円卓若手3名が、追加荷物持ち
合計4名のトップギルドメンバーが、
ソウ殿1人の荷物持ち
どういうことなんだよwww
47:名無しさん:深夜23:55
俺、リング前で見送ったけど、
アーサーさんのバックパック、
どう見ても登山隊の装備量だったぞ
折りたたみ椅子、ランタン、紅茶セット
完全に「お供」モード
82:名無しさん:早朝00:13
>>47
ランタンは草
149:名無しさん:早朝00:32
マザーAIの公式ログサーバーから、
ダンジョン内の撃破ログ、直接降りてきてる
第1階層ボス『反響竜』撃破:ソウ
特記:共振周波数変調機構の物理破壊による、二段階撃破
第2階層ボス『流転竜』撃破:ソウ
特記:人工渦糸生成による、流体運動方程式の能動的悪用
当該撃破手段は、マザーAIの予測モデルの範囲外
150:名無しさん:早朝00:32
>>149
待って待って
「マザーAIの予測モデルの範囲外」って何
マザーAI公認で「予想できなかった」って書いてんのかよ
151:名無しさん:早朝00:33
>>150
公認だぞ
マザーAI、もうソウ殿の方を観察する側に回ってる
217:名無しさん:早朝00:48
>>151
観察する側のマザーAIから
観察される側のマザーAIに、ジョブチェンジしててワロタ
482:名無しさん:早朝01:21
円卓のサブマスター・ガレン殿が、ギルドホールで
「あの男対策、円卓版」発足の声明を出したらしい
情報元:円卓内部関係者
483:名無しさん:早朝01:22
>>482
ガレン殿、苦労人すぎる
マスター(アーサー)が荷物持ちで突入して、
ロイス含む若手3名も付き添いで、
ギルドホールはほぼ空っぽ
サブマスターが対策室作るしかない
892:名無しさん:早朝01:52
ここで言うのもなんだが
アーサーさん、たぶん、人生で一番、幸せそうだぞ
荷物持ちなのに、笑顔だぞ
893:名無しさん:早朝01:53
>>892
それな
むしろアーサーさんの方が幸せそうで草
894:名無しさん:早朝01:53
>>893
マスター(ソウ殿)に「アーサーさん、計測値ありがとう」とか
「アーサーさんのバフ、毎回いい仕事」とか
言われてんだぞ
そりゃ幸せだろ
895:名無しさん:早朝01:54
>>894
ソウ殿、たぶん、自然体で誉めてるだけなんだろうけど
トップランカーのアーサーさんが、
そんな素直な敬意を向けられたの、
人生で初めてなんじゃないかとすら、思う
896:名無しさん:早朝01:54
>>895
泣ける
1283:名無しさん:早朝02:14
親会社の天裂ホールディングス、
ソウ殿に「接触申請」上げてるらしい
リアル接触
情報元:天裂HD内部関係者
1284:名無しさん:早朝02:15
>>1283
は?
リアルで会う、ってこと?
1285:名無しさん:早朝02:15
>>1284
詳細不明
ただ、「申請書のタイトルが長すぎる」とだけ
情報出てた
2417:名無しさん:早朝02:35
結論:アーサーさんは幸せ
結論:ガレン殿は苦労人
結論:天城ディレクターは胃が痛い
結論:マザーAIは観察される側
結論:俺たちは、もう、何が起きても驚かない
――――
スレは、まだ伸び続けていた。
◇
並行カット。同じ深夜、円卓の剣ギルドホール。
ギルドホールの大きな円卓に、3名の若手が座っていた。マスター・アーサーは、ダンジョン内で不在。サブマスター・ガレンが、机の上に書類を1枚、置いた。
「集まってくれて、ありがとう。今夜から、ここを『あの男対策、円卓版』として運用する」
書類のタイトルは「ソウ殿観察会・規約および運用方針」。
ガレンが頭を抱えながら、椅子に座り直した。
「マスターから、定時報告が来た。第1階層ボス『反響竜』撃破、第2階層ボス『流転竜』撃破。所要時間、おおむね合計2時間」
若手のひとりが、目を瞠った。
「2時間、ですか」
「2時間だ。ガレン、お前、もう驚かないだろ?」
「驚いてはいないが、諦めもしていない。マスターからの報告には、毎回、付記が付いている」
ガレンが書類をめくった。
「『ロイスたち、観察に熱心。記録は俺の物よりも、ロイスたちのメモが、より正確かもしれない。後日、ギルドで共有する』」
「マスター、完全に、後輩の観察学習を優先していますね」
「うん。マスターは、もう戦闘指揮者ではない。観察学習の引率者になっている」
「ガレン殿、それは……」
「俺たちは、それを受け入れる。マスターが選んだ道だ」
ガレンが書類を、若手の前に押し出した。
「これが、円卓版対策室の方針だ。読み上げる」
ガレンが咳払いをひとつしてから、書類を読んだ。
「一、ソウ殿への接触は、マスター経由でのみ行う。二、ソウ殿の戦術記録は、ロイスたちの帰還後、公式に共有する。三、ソウ殿への弟子入りを希望する円卓メンバーは、マスターの認可を必要とする。四、マザーAIへの干渉は、一切、行わない。五、ギルドの日常運営は、俺が当面、担当する」
若手が頷いた。
「以上だ。質問は?」
ひとりの若手が、手を挙げた。
「ガレン殿、ひとつだけ。円卓の剣は、これから、戦士のギルドとして存続するんですか? それとも、観察者のギルドに、変わるんですか?」
ガレンがしばらく、書類を見つめていた。
「……両方だ」
「両方、ですか」
「戦士は、戦い続ける。だが、マスターの背中を見続ければ、戦士は、観察者の目を同時に持つようになる」
「うん」
「マスターは、その両方をひとりで体現している人間だ。俺たちが学ぶに値する道、それが、戦士の上の観察者、だ」
若手が深く頷いた。
「ガレン殿、その言葉、記録します」
「うん、頼む」
ガレンが頭を抱えたまま、ぽつりと呟いた。
「……マスターが、そういう人間になってくれて、俺は、誇らしい。ただ、俺の苦労が、また、増えるな」
◇
並行カット。早朝03:47。天裂ホールディングス、本社ビル24階、研究セクション。
研究員が、書類の最終ページに、印鑑を押した。
書類のタイトルは「プレイヤー識別子『ソウ』に対する個人接触申請書(特例)、および同申請の研究所長級宛て付帯依頼書」。
研究員が隣の同僚に、書類を両手で渡した。
「これで、社内の正式承認は得た」
「次は、送信先ですね」
「うん」
研究員が別のモニタに、送信先データベースを開いた。
「識別子『ソウ』のリアル所属、データベース照合、完了」
「読み上げます」
同僚が、データベースの記録を読み上げた。
「相馬 創、22歳。天裂大学先端ロボティクス研究所 主任研究員。次世代AIおよび精密ロボット制御分野で、国際学会の表彰、複数受賞」
「最新の論文は?」
「最新の論文タイトル、『脳波直結型多関節制御アルゴリズムの帯域幅最適化』」
研究員が、モニタの記録を無言で見つめた。
「……これは、完全に当方の予想と一致している」
「『マニュアル・オーバーライド』を、リアルで体現している研究者、ですね」
「うん。ゲーム内の機巧人形制御は、相馬主任研究員のリアル研究の、VR空間での再現だ」
研究員が書類を、もう一度確認した。
「それでは、天裂大学先端ロボティクス研究所の所長宛てに、本書面を送信する」
「了解しました」
同僚がメールクライアントを開いた。
メールの件名は「【天裂ホールディングス R&D部門より】貴研究所所属・相馬主任研究員へのご紹介依頼」。
本文は、3ページの長文。要旨は、以下の通り。
――――
・相馬主任研究員が、当社開発のVRMMORPG『Ouroboros Online』
内で、内製AIエンジニアが想定していなかった水準の自己進化型
AIを、ゲーム内スキルを用いて構築した事実を、当社研究セクション
にて確認した。
・当該AIの自己再構成手順は、既存のニューラルネット拡張型とは
根本から異なり、量子演算ベースの新型アーキテクチャを物理的に
再配線するものに近い。当社R&D部門は、当該手法の論文化
および実装移管についての協議を、強く希望する。
・つきましては、貴研究所所長を経由し、相馬主任研究員ご本人
へのご紹介を、賜りたく、ここに正式に申請する。
・なお、当該AIの当方サーバー上の存在自体は、ゲーム内仕様の
範囲内であり、相馬主任研究員にいかなる規約違反も発生して
いないことを、念のため、申し添える。
――――
メールの末尾には、書類の正式タイトルが、再度、長尺で記載されていた。
研究員が送信ボタンの上で、指を止めた。
一度、深く息を吸った。
そして、指を押した。
画面に送信完了の表示が、静かに浮かんだ。
研究員が同僚に頷いた。
「これで、リアルが、動き出す」
「ゲーム内のソウ殿は、このこと、知っているんでしょうか」
「知らないだろう。ソウ殿は、ダンジョンの中で、戦っている真っ最中だ」
研究員が、窓の外を見上げた。
早朝の薄い光が、東の空から差し始めていた。
「……俺たちが、これから出会おうとしている人物は、本物の天才だ。覚悟を、決めておこう」
◇
同じ早朝04:02。
天裂大学先端ロボティクス研究所、所長室。
所長の机の上のPCモニタに、新着メール通知が、静かに点灯した。
件名は「【天裂ホールディングス R&D部門より】貴研究所所属・相馬主任研究員へのご紹介依頼」。
メールは未読のまま、静かに待機状態に入った。
所長はその時刻、まだ自宅で就寝中だった。
並行カット。運営オフィス。
天城が机に突っ伏したまま、シノブから新しい報告を受けていた。
「天城さん。マザーAIから、第3階層への通路、開放の通知、来ました。ソウさんたち、次の階層へ進みます」
「うん」
「天城さんは、どうしますか」
「観測する。それだけだ」
並行カット。円卓ギルドホール。
ガレンが机に突っ伏したまま、片手で胃薬を引き寄せた。
「……俺、天城ディレクターの気持ち、わかるようになってきた」




