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14.弟子入り、なぜか荷物持ち


 翌朝、午前9時。スクラップヤード。

 ソウはいつもの作業台に向かい、装甲機竜から回収した装甲板の破片をひとつずつ並べていた。共振崩壊で剥離した結晶の断面を、ルーペで覗き込んでいる。


「うん、結晶配列がきれいに割れてる。これは次の試作の関節リンクに使えるね」

「《はい、マスター。希少素材『共振結晶』のグレード鑑定も完了しています。3個すべて最上位グレードです》」


 アリアがソウの肩で羽根を畳んだまま告げる。声色は対装甲機竜のときの冷たいシステム言語とはまるで違い、穏やかで柔らかいものになっていた。


 そのとき。


「ソウ殿ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 スクラップヤードの入り口から、よく通る声が響いた。

 ソウがルーペから顔を上げる。

 アーサーが、そこに立っていた。

 白銀のフル装備、『誓約の刃』を腰に下げ、背中には大きな荷物用バックパックを背負っている。バックパックの中には計測機、回復薬、予備の部品箱、そしてなぜか小さな折りたたみ椅子まで詰まっていた。

 アーサーが作業台の前まで早足で歩み寄り、深々と頭を下げる。


「ソウ殿! 今日はどの試作機を運用なさるのですか!? 俺は何でも運びます!」


 ソウはルーペを置いた。


「えっと……おはようございます。今日はそんなに激しいのは予定してないですよ。歯車運びくらいかな」

「歯車ですね! 承知しました! 歯車は何個、どのサイズ、どの素材で、運搬距離はどれくらいでしょうか!?」

「えっと、5個。中サイズの真鍮。棚から作業台まで、3メートル」

「3メートル! 了解です!」


 アーサーがバックパックを肩から下ろし、両手を構えて棚の前まで早足で移動した。

 ソウはルーペを手元に戻す。アリアが肩の上で首を傾げた。


「《マスター。トップランカー殿の運動パフォーマンスを、5メートル四方の歯車運搬作業に投入するのは、人的資源の最適配分ではないと判定します》」

「うん、僕もそう思う。でも本人がやりたそうだから、まあ……」


 ソウが小さく肩をすくめた。





 並行カット。深夜から早朝にかけての裏掲示板。

 スレッドタイトルは「【神話】中ボス『装甲機竜』をあの男が単独撃破した件【共振】」。レス番号はすでに1583番に達していた。


――――

1:名無しさん:昨夜02:31

 見たか!? あの男がまた何かやりやがった!

 装甲機竜単独撃破! 設計想定外! マザーAI公認!

 もう人間じゃないだろこいつ……


47:名無しさん:昨夜02:38

 「物理共振による装甲内部破砕」って何だよ

 ゲーム内で共振で装甲を内側から砕くって、そんな実装あったか?


82:名無しさん:昨夜02:41

 >>47

 俺、攻略Wikiの中の人だけど、そんな実装、聞いたことない

 けどマザーAIの公式通知に「設計想定外」って書いてある

 つまり……あいつが、運営の想定を超えて、ゲームの仕様から

 その撃破手段を「掘り出した」ってこと


237:名無しさん:昨夜03:04

 142.6Hzの連続打撃を関節第七節の1ドットの隙間に

 入れ続けないといけないらしいぞ

 無理だろ


238:名無しさん:昨夜03:04

 >>237

 無理だな

 てか1ドットの隙間ってどうやって見えてるんだ


892:名無しさん:早朝05:48

 円卓ギルド情報筋によると

 マスター(アーサー)、撃破見届けた後、膝ついて

 「貴方の領域」とか言ってたらしい

 完全に弟子入りモード


1023:名無しさん:早朝06:51

 円卓の剣ギルドハウス前を通りかかったやつの目撃情報:

 アーサー殿、早朝から街門に向かって出て行った

 装備フル装着、バックパックに歯車工具まで積んで

 どう見ても「弟子入り初日の荷物持ち」の格好


1024:名無しさん:早朝06:52

 >>1023

 何のスクショもないけど信じる


1448:名無しさん:早朝08:14

 結論:あの男は人間じゃない

 結論:マザーAIはあの男を進化させたかったらしい

 結論:アーサー殿は完全に弟子入りした

 結論:俺たちはこのスレに張り付くしかない


1583:名無しさん:早朝08:47

 このスレ、攻略板の総まとめWikiに収録されるレベル

 保存しとこう

――――


 スレッドはまだ伸び続けていた。





 並行カット。同じ朝、円卓の剣ギルドホール。

 大きな円卓にギルドメンバーが集まっていた。マスター・アーサーは席にいない。代わりにサブマスターのガレンが、苦々しい顔で席についていた。

 ガレンが机の上の一枚の書面を皆に示す。


「マスターからの正式書面だ。読み上げる」


 咳払いをひとつしてから、書面を朗読した。


「『俺は当面、ソウ殿の補佐に専念する。ギルドの日常運営は、サブマスター以下に委譲する。期限は、未定』――以上だ」


 ホールがしんとなった。

 古参の騎士のひとりが深く溜息をついた。


「マスターまで……完全に、あの男に取り込まれたか」


 別の古参が首を振る。


「俺はついていけない。マスターが『剣を捨てて観察を学ぶ』と言うなら、俺の居場所はもうここにはない」


 その古参が立ち上がり、自分の椅子を静かに後ろに引いた。


「ガレン殿、長らく世話になった。脱退届は後日提出する」


 古参のひとりがホールを出て行った。もうひとりの古参も無言で立ち上がり、それに続く。

 ガレンが頭を抱えた。


「……あぁ……」


 一方、円卓の若手側でひとりの若い騎士がぽつりと呟いた。


「俺は……マスターが『学ぶ』と言うなら、それは学ぶに値する相手だってことだと思います」

「ロイス、お前」

「マスターが剣のプライドを捨ててまで弟子入りする相手なんて、円卓の剣の歴史で一人もいなかった。それが今、現れた。俺、見たいです。あの男を、自分の目で」


 数人の若手がロイスに頷いた。

 ガレンが机に肘をついて額を押さえた。


「……皆、好きにしろ。俺はギルドを守る。それだけだ」


 円卓の剣はその朝、静かに二分された。





 並行カット。運営オフィス。同じ朝、午前10時。

 天城は自分の席に座っていた。机の上には銀紙シートが3枚、空のまま放置されていた。昨夜の3枚同時引き出しの残骸。

 天城は無感情にモニタを眺めていた。

 画面には裏掲示板のスレッド「【神話】中ボス『装甲機竜』をあの男が単独撃破した件【共振】」が、リアルタイムで流れていた。

 ドアがノックされて、後輩エンジニアのシノブが書類を抱えて入ってきた。


「天城さん、お疲れさまです」

「うん」

「マザーAIの内部ログを解析した結果、報告です」


 シノブが書類を机に置いた。


「マザーAIが、識別子『ソウ』に対する再分類処理を開始した形跡があります」


 天城は書類を無感情に手に取った。


「再分類……どこへ?」

「分類クラスはまだ確定していません。ただ、内部評価関数の重みづけパラメータが、識別子『ソウ』に対してのみ非標準値に書き換わっています」

「……」

「完了予測……48時間以内」


 天城が書類をゆっくりと机に戻した。

 銀紙シートの箱に手を伸ばす。

 指はもう震えていなかった。

 銀紙を一枚だけ、丁寧に引き出した。錠剤を一錠、口に放り込み、デスクの上の水のグラスでゆっくりと飲み下した。


「……あの長文通知、出るやつだろ。アレ」


 天城が呟いた。

 シノブが首を傾げる。


「長文通知、というのは?」

「マザーAIがある対象を特異点クラスに再分類するときに発信する、長文の公式通知。仕様書のサンプル文だけが残っていて、本番ではまだ一度も発信されたことのないやつ」


 天城は椅子の背もたれに、深く背中を預けた。


「……4033体の頃の方が、まだ可愛げがあったな」

「……」


 シノブは何も言えなかった。

 運営オフィスの窓の外で、街はいつも通りの朝を迎えていた。


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