15.観測対象、観測継続不能
早朝の裏掲示板。
スレッドタイトルは「【公開】あの男観察報告まとめ Wiki 立ち上げました」。
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1:名無しさん(Wiki管理人):早朝05:12
有志でWiki立ち上げた
URL:[wiki.tenretsu-online.fan/aman]
ソウの全戦闘ログ、推定戦術、推定リアル職業のまとめ
随時更新中
3:名無しさん:早朝05:18
>>1
仕事はええなwww
さっそく見たけど、推定リアル職業のページ、考察熱すぎる
18:名無しさん:早朝05:34
推定リアル職業ページの引用:
・案A:機械工学系の研究者
・案B:制御工学系のエンジニア
・案C:ロボティクス分野の天才
・案D:ゲーム制作経験者(運営の裏垢説)
・案E:マザーAIが進化させたかった存在説
19:名無しさん:早朝05:35
>>18
案Dはないだろ
運営が自分のゲームをここまで壊す裏垢作るわけがない
天城ディレクター、絶対泣いてる
47:名無しさん:早朝05:51
>>19
天城ディレクター泣いてる説、なんか妙にリアリティあるな
インタビューで「想定外の挙動は嬉しい誤算」とか言ってた人だぞ
完全に超えてるだろこれは
82:名無しさん:早朝06:14
案Cの「ロボティクス分野の天才」が一番しっくり来る
機巧技師で機巧人形動かしてる時の挙動が
完全にロボットアームの制御工学そのもの
関節リンクの数値の出し方、機械系の論文の書き方に近い
83:名無しさん:早朝06:15
>>82
うわ、それ核心ついてそうで怖い
けど、リアル職業の特定は禁止な
そこは線引いとこう
149:名無しさん:早朝06:48
Wikiの「戦術パターン分析」ページ更新された
ソウの戦術の特徴:
・敵を「倒す」のではなく「データを取る」
・戦闘そのものが「試運転」「実験」
・NGワード:「倒した」「勝った」を一度も発したことがない
・愛機呼称:「機巧人形」(決して「俺の」と所有格を付けない)
150:名無しさん:早朝06:49
>>149
愛機呼称の項目、観察力すごいな
確かにソウ、「俺の機巧人形」って言ったの聞いたことない
常に「機巧人形二号機」「試作五号機」って機番号で呼んでる
151:名無しさん:早朝06:50
>>150
それ、何かの研究者気質っぽいよな
「実験機」「被験体」みたいな扱い
227:名無しさん:早朝07:21
結論:あの男は、機構美学の権化
結論:あの男は、マザーAIに「進化させたい」と思わせた存在
結論:あの男は、リアルでも何かの天才
結論:天城ディレクターは泣いている
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スレッドはまだ伸び続けていた。
◇
並行カット。運営オフィス、第3会議室。午前10時。
ドアに新しい銘板が貼られていた。手書きで「あの男対策室」とだけ書かれている。
室内にはホワイトボードが3枚並んでおり、すでにソウ関連事象タイムラインが書き出されていた。第1話の4033体スライム単独狩りから、前話の装甲機竜共振撃破まで、全イベントが日付付きで列挙されている。
天城が自分の席についた。机の上には銀紙シートが一枚だけ、整然と置かれていた。
「集まってくれてありがとう。今日からここを、『あの男対策室』として正式運用する」
机を囲んで3名の後輩エンジニアが座っていた。データ解析のシノブ、技術主任の久遠、データアナリストの瀬尾。
久遠が最初に口を開いた。
「天城さん。一応確認なんですが、『対策』の対象は誰ですか? ソウさん本人ですか? それともマザーAIですか?」
天城が頷いた。
「いい質問だ。明確にしておく。対象はソウ本人ではない。マザーAIだ」
「マザーAI、ですか」
「ソウ本人は、ゲーム内のルールに一切違反していない。仕様の範囲内で異常な行動を取っているだけだ。ソウに手を出したら、運営の方が違反になる」
シノブがメモを取りながら頷いた。
「触れない、ということですね」
「触れない。だがマザーAIは別だ」
天城はホワイトボードの一枚を指差した。
「マザーAIはここ48時間で、識別子『ソウ』に対する内部評価関数を非標準値に書き換え続けている。このまま放置すると、マザーAIが運営の意図を超えた能動的な行動を取り始める可能性が、極めて高い」
瀬尾が自分の前のノートPCを開いた。
「具体的には、どんな行動が想定されますか?」
「最悪のケースは特異点クラスへの再分類からの、専用ダンジョン生成。マザーAIの仕様書上、特異点クラスに認定された対象に対しては、個別最適化された試練を能動的に生成することになっている」
「待ってください、それは……」
「うん。運営が指示していないダンジョンが、突然、世界に出現する」
室内がしんとなった。
天城は銀紙シートを一枚だけ引き出し、錠剤を口に入れた。今度は丁寧に水で飲み下した。
「対策室の方針は、3つ」
天城がホワイトボードにマーカーで書き出した。
一、マザーAIの動向を24時間監視する。
二、運営権限による直接干渉は試みない(拒絶されるリスクが高い)。
三、ソウ本人の動向は観察のみ、接触はしない。
「以上だ。質問は?」
シノブが手を挙げた。
「ひとつだけ。マザーAIの再分類処理が完了した場合、私たちはどうしますか?」
天城はしばらくホワイトボードを見つめていた。
「……見届ける。それだけだ」
天城が自分の席に座り直した。
「俺たちはゲームの作り手だが、もうゲームの主導権は持っていない。あの男とマザーAIに渡っている」
室内の3名は、誰も、何も、言わなかった。
◇
並行カット。スクラップヤード前。同じ日、午後2時。
ソウは新しい廃材塔の改良試験中だった。試作六号機が塔の段差を一段ずつ登っていく動作を、繰り返し試している。
ソウの隣で、アーサーが計測機を構えて立っていた。
「ソウ殿。試作六号機、第3段への登攀時の足首関節の角速度、毎秒2.84ラジアン。前回比1.3倍に向上しています」
「うん、ありがとう。アーサーさん、計測値の取り方、もう完璧だね」
ソウが自分の作業台から顔を上げて、アーサーに頷いた。
「いえ、ソウ殿のご指導のおかげです! 計測機の読み取り角度は必ず垂直、計測軸線は機巧人形の重心点を通過。計測機の接地は補助バフ『円卓の輝き』で振動補正、ですね!?」
「うん、その通り。完璧」
「ありがとうございます!」
アーサーが笑顔で頭を下げた。
アーサーの補助バフ『円卓の輝き』は、本来、自分のパーティーメンバーに対して攻撃力+20%を付与するトップランカー専用バフだった。それを、計測機の手ブレ防止に転用していた。
ソウの肩で、アリアが羽根を畳んだまま首を傾げた。
「《マスター。トップランカー殿のバフ運用は、本来の用途から大幅に逸脱していると判定します。当方の演算では、攻撃力+20%の補正を計測機の手ブレ補正に振り替えることは、運用上は不利のはずです》」
「うん、本来はね」
ソウが廃材塔の最上段に立った試作六号機を見上げた。
「でも、アーサーさんの計測値、毎回ぴったり同じ精度で取れる。手ブレが消えてるんだ。これは助かる」
「《……了解しました。当方の運用評価関数を再計算します》」
アリアが目を細めた。
そのとき。
スクラップヤードの裏門の方から、3人組の若い騎士がこちらに歩いてきた。先頭は円卓の剣の若手騎士、ロイス。
「ソウさん。お邪魔します。マスターから、お話を伺って、見学に来ました」
ソウが手を止めた。
「えっと、見学ですか? 別にいいですけど、地味ですよ。今日は廃材塔の登攀試験だけです」
「いえ、それを見たいんです。マスターの仰る『観察に値する相手』を、自分の目で」
ロイスが深く頭を下げた。
ロイスの後ろの2名も同様に頭を下げる。
ソウは困惑気味にアーサーを見た。
アーサーは満面の笑みでロイスたちに振り向いた。
「お、来たな。ソウ殿の試運転を見学する者は、まず計測機の読み取り角度から学べ。説明する」
アーサーが自分の計測機をロイスに差し出した。
ロイスがそれを両手で受け取る。
ソウはため息ひとつ。
「……まあ、見学はご自由に」
ソウはまた作業台に向き直った。
スクラップヤード前の広場が、その日から、観察者の聖地になった。
◇
並行カット。同じ日、午後4時33分。
運営オフィス、あの男対策室。
シノブが自分のモニタを見つめたまま、息を呑んだ。
「……天城さん。来ました」
天城が椅子から立ち上がった。
「マザーAIの再分類処理、完了したか」
「完了しました。たった今」
「通知の発信は?」
「全プレイヤーへの大規模通知が、3秒後にトリガーされる予定です」
天城がホワイトボードの前に立った。
「……来るぞ」
そのとき。
運営オフィスのモニタ。街中のプレイヤーの視界。そしてスクラップヤード前のソウの目の前――ゲーム世界の全ての空に、巨大なシステム通知ウィンドウがゆっくりと展開した。
通知の本文は、長文だった。
――――
【SYSTEM/マザーAI公式通告/優先度:最大】
当『ウロボロス』は、本日0時00分より継続してきた識別子『ソウ』
に対する再分類処理を、完了しました。
以後、当該識別子を、環境進化特異点(Environmental Singularity)
として、再分類します。
本分類は、当『ウロボロス』が世界環境の進化を促進するために
認定する、最上位の評価カテゴリです。本ゲーム実装以降、本分類
が認定された対象は、過去に存在しません。
以後、当『ウロボロス』は、当該識別子に対して、以下の処理を
実施します。
1. 個別最適化された試練(専用ダンジョン)の能動的生成
2. 既存ダンジョン/フィールドの動的パラメータ調整
3. 進化阻害となる外部干渉の自動的拒絶
運営権限による上書きは、本分類期間中、進化阻害と判定された
場合に限り、当『ウロボロス』の評価関数により一部拒絶されます。
本通告は、運営側への事後通達であり、運営側の事前承認は
必要としていません。
――マザーAI『ウロボロス』
――――
通知がゆっくりと閉じた。
運営オフィスはしんとなっていた。
天城がホワイトボードに歩み寄り、マザーAIの設定画面を開こうとした。指がコンソールに触れる。
画面に、別のウィンドウがポップアップした。
――――
【ACCESS DENIED】
当該識別子『ソウ』への直接干渉は、マザーAI『ウロボロス』の
評価関数により、進化阻害と判定されました。
運営権限による上書きは、本件に限り拒絶されます。
――――
天城の指が止まった。
ゆっくりと、コンソールから手を離す。
椅子が天城の背後で、音もなく後ろに倒れた。立ち上がった反動で押し倒したのか、それともただ偶然か――誰も気付かなかった。
天城がぽつりと呟いた。
「……ついに、来やがった」
シノブが震える声で言った。
「天城さん。ソウさん本人の視界にも、この通知、降りています」
「うん。だろうな」
「どう、反応していますか」
天城が別のモニタに視線を移した。プレイヤー視界のサンプリング画面に、スクラップヤード前のソウが映っていた。通知を最後まで読み終わり、空を見上げてぽつりと呟いていた。
「ふぅん。じゃあ、何か面白いダンジョン、出してくれるってこと?」
天城は額に手を当てた。
「……あぁ。あの男、嬉しがってる」
室内の3名は、誰も、何も言わなかった。




