172. 冗談です
クルージャ氷窟は言ってしまえば氷でできた洞窟だった。どうやればこんな地形ができるのか……なんてことを言うのは無粋だろうか。まあ、普通に魔術が使える世界なのだから、この程度なら驚くに値しない気もする。
不思議なことに氷窟内は仄かに明るい。暗視スキルがあれば、他に光源がなくともさほど不自由はしないくらいだ。が、ジルジバが言うには、場所によって明るさにムラがあるらしく、各自で明かりを用意するように言われている。指示に従い、〈フローティング・ライト〉を浮かべておいた。
「綺麗な場所だね」
「まあ確かにな」
ペルフェの言葉に同意する。洞窟と言うと暗くて狭い場所というイメージだが、クルージャ氷窟にそういった印象はない。広いとは言わないが、数人が横に並んでも十分に歩けるほどの道幅はあるし、氷が光を反射する光景がとても幻想的だ。
「油断はするなよ。危険な場所だ」
俺たちの呑気な呟きにジルジバが釘を刺す。
まあ、それはそうなんだろうな。床も凍っているから、気をつけないと滑って転んでしまいそうだ。普通の洞窟と同じ感覚で戦うことは難しい。
とはいえ、氷上の戦いは氷湖で経験済みだ。環境耐性スキルなんかもあるので、それほど苦戦することもないだろう。
「わかっている」
短く返事をすると、ジルジバもそれ以上は何も言わなかった。まあ、念のために注意しておいたってところか。
さて、いつまでも入り口付近で屯しているわけにもいかないので、早速調査を開始する。氷の足場だが、いずれのメンバーも足取りに危うさは感じない。まあ、ペンシルヴァにユテン、イフォと、こういう環境に強そうな面子が揃っているからな。さすがといったところだ。
内部は洞窟としては広めだが、複数パーティーが並んで戦えるほどではない。なので、順番に先頭に立ち、遭遇した魔物を倒していった。どのパーティーも安定した戦いぶりで、戦闘面での不安はなさそうだ。
魔物よりも一番の強敵はペンダだった。戦っている最中、じっと見られているらしく、ペルフェが落ち着かない様子だ。
「な、なんか、ものすごく見られてる気がするんだけど」
「おい、慌てると不審に思われるぞ」
こそこそと話してくる。気持ちはわかるが、怪しまれるぞ。
冷や冷やしたが、ペルフェの正体がバレることはなかった……はずだ。最初の分岐でペンペンダーとは別れ、次の分岐でシルバーブリザードとも別れた。残るは俺たちとジルジバたちだ。
「二人は本当に大丈夫なのかニャ?」
「このまま、僕らとぉ、一緒の方がいいんじゃなぁい?」
パケネとガルバは俺たちを心配しているらしい。そんなことを提案してきた。
「十分な強さはあると思うんだけど……戦い方がぎこちないのよね」
サザメは心配というよりは不思議そうな顔だ。
まあ、そう言われる心当たりはある。やはりエナジードレインを見られるのはマズいかと思い、ステータス50%の状態でどうにか手加減しつつ戦っているのだ。そのせいで、ぎこちなく見えるのだろう。
「心配ないだろ。実力を抑えようとして、おかしな動きになっているみたいだしな」
さて、どう説明したものかと思案していたところで、ジルジバによる苦笑い混じりの解説が入った。なかなか鋭い。
「ああ、そういうことか。手の内は見せないってこと? ふわぁ、生意気ねぇ」
サザメも納得したらしい。言葉は少しトゲトゲしいが、顔はニヤニヤと笑っている。完全に冷やかしに入ってるな、これは。探索者なのだし、手の内を明かさないのは普通だろ。
「ま、そういうことだ。狭い場所で全力を出すのは少し怖いからな」
「わかるニャ! 特に爆発系は巻き込みが怖いニャ」
「射撃系もだぁね。どう跳ね返るか、わからないものぉ」
広さを理由にすれば、賛同が得られたようだ。パケネとガルバがこくこくと小刻みに頷いている。
どうにか無難に話がまとまりそうだったのに、ここでペルフェが余計なことを言った。
「本当に気をつけてよね? 全力を出して洞窟を崩落させるとかやめてよね?」
まったく俺のことを何だと思っているんだ。たしかに、ブルードラゴニアのときにはやりすぎた。だが、俺だって学んでいるのだ。ある程度、力もコントロールできるようにはなっている。もうあんなことにはならない。
「当たり前だ。同じミスは繰り返さないぞ……たぶん」
毅然とした態度で言い返したのだが、何故かジルジバたちの態度がおかしかった。
「え? そういう反応なの? なんで崩落させることができる前提で話してるの?」
「しかも、“たぶん”なのか。そこは断言してくれよ……」
「そう言われると、さっきの戦いももどかしそうだったニャ」
「限界がきてぇ、我慢できずに全力攻撃ぃ、からの崩落ぅ? 怖いねぇ」
こそこそ漏れ聞こえてくる声が不安に溢れている。どうやら対応を間違ったらしい。
「もちろん、冗談だぞ」
「そうだよ。冗談だよ!」
ペルフェと二人でフォローするが、ジルジバたちの目から疑いの色を消すことはできなかった。分岐で別れるときには「本当に大丈夫なんだな?」と、さっきとは違う意味で聞かれる始末。
失言って怖いな。いや、本当に。




