110. 狙われている気がする
「おお、今日も無事帰ったな! ソロは大変だろう? 仲間を探してみたらどうだ? この街にやってきた珍しいヒュムだからな。みんな注目しているみたいだぞ」
街に戻ると、門の前でいつものおっさん――だと思うのだがどうだろう――に話しかけられた。話し好きの上、お節介らしい。おっさんにはありがちな特徴なので、それ自体は適当にあしらえば問題ないのだが。
「注目している? 俺を、か?」
昨日は、街に着くなり宿に籠もった。翌日の今日は朝から狩りだ。探索者ギルドにすらまだ顔を出していない。注目になるほど話が広がっているとも思えないのだが。
俺の疑問に、おっさんはがははと笑う。
「ああ、そうだ。まあ、こんな環境だから街の顔ぶれもあまり変わらんからなぁ。ヒュムが来たとなれば噂にもなるさ。どうやら、宿の主人が話して回っているようだぞ。まあ、俺の兄貴なんだが!」
アンタの兄なのかよ。めちゃくちゃ納得した。そりゃあ、お喋り好きだろうな。
というか、客の個人情報を広めるのは駄目だろ。ヒュムってだけなら大した情報でもないのか? まあ、そもそも宿の主人が話さなくても情報が広がるのは時間の問題だった気もするが。ヒュムは街に一人って話だしな。
だが、それだけで注目になるか? ただ、珍しいってだけだろ?
怪訝な顔をしていると、おっさんはゲヘヘと下世話な笑みを浮かべて俺の腰を叩く。
「アンタ、ユテンたちからモテモテみたいだぞ?」
「はぁ?」
意味がわからず聞き返すと、おっさんは妙に生き生きと説明を始めた。
ユテンというのは、どうやら雪女のような種族のことらしい。正式にはユテン・パラチャーナという。ついでに言えば、毛むくじゃらの雪男みたいなのはイフォ。正式な種族名はイフォートィだそうだ。
種族は別々だが、ユテンとイフォは同じ世界からの転生者なのだとか。両種族はそれぞれ、女性だけ男性だけの種族であり、異種族と契り、子をなすらしい。まあ、そんなわけで種族は違うが、両種族は実質的なパートナーである。……のだが。
「どうもユテンの方はイフォに不満があるようなんだよな。毛深くて好みじゃないんだとか。立派な毛皮なのになぁ」
元の世界ではうまくやっていた……かどうかは知らんが、こちらに来てから、ユテンとイフォの関係が微妙になっているらしい。まあ単純な見た目で言えば、ユテンにとってイフォよりもヒュムの男の方が近い存在に思えても不思議ではないな。
で、イフォはイフォで俺のことを目の敵にしているらしい。ユテンに色目を使う不埒者だと思われているのだとか。全く心当たりはない。単なる僻みにすぎないが、そんなことは奴らも承知しているだろう。理屈じゃないのが厄介である。
そして、この街の主要種族であるペンシルヴァはというと。
「俺たちは、ユテンとイフォの騒ぎを楽しんでるというわけだ! ペンシルヴァが集まる酒場ではこの騒動がどう発展するかが賭けの対象になっているぞ! 俺は、アンタが“ユテンたちのハーレムを作る”に一点賭けしてるからな! 頼むぞ!」
頼むぞ、じゃないんだよ。俺がノーベイに来たのは昨日だぞ。それがどうして賭けにまで発展してるんだ。こいつらが一番たち悪いじゃないか!
「作るか!」
「おお、作ってくれるか!」
「違うそうじゃない!」
否定の意味で言ったんだよ……。
駄目だ。おっさんと話してると頭が痛くなる。
何がおかしいのか大笑いしているおっさんをそのままにノーベイに入った。その瞬間、普段と違いとんでもない視線の圧を感じる。自意識過剰になっているのだろうか? いや、違うな。明らかに見られている。
「ねえ、誘ってみようよ」
「そ、そうだよねぇ」
「っち、あいつか」
「……ボコすか?」
「面白くなってきたなぁ!」
「たまにはこういう刺激もないとね!」
声まで聞こえてくる。隠す気はさらさらなさそうだ。だが、どれとも関わりたくない俺は、足早に宿に戻った。
建物の中に入ってもあまり安心できない。気配察知で周囲を確認すると、さすがに宿にまで追ってくるヤツはいないらしい。ここでようやくひと安心だ。ほっと息を吐く。
「あっはっは、大変みたいだな! 人気者は気が抜けないねぇ!」
「……いや、あんたが原因みたいなもんだろうが」
大きな笑い声で俺を迎えたのは宿の主人だ。他人事のように言っているが、守衛のおっさん曰く、噂をばら撒いた張本人である。だが、俺の指摘にも宿の主人は動じない。
「たしかにアンタのことは方々で話したが、アンタ自身に話題性がなけりゃ、ここまでにはならないよ。俺が話さなくてもいずれ噂になっていたさ。せいぜい数日の違いだ」
おそらく、このおっさんの言うことは正しい。だからと言って、納得できるわけでもないが。
「そんなことより、そろそろ戻ってくると思って部屋を暖めておいたぞ」
そいつはありがたいが……どうして、その気遣いが他では発揮されないんだ。
まあ、何を言っても無駄だろう。諦めて昨日と同じ部屋に向かった。部屋に入り、鍵をかけ、考える。
やはり、街にヒュムが一人という現状では活動しづらい。ファントムスタイルになったところで、この街の住人は俺があの格好をしているとしか思わないだろう。このままでは変装も意味がない。
この状況を打開するためには――……
「セプテトに何とかさせるしかない!」
偽装スキルの〈人相偽装〉が使えなかったから、あれの改善案とかでっちあげて、うまく誘導すればどうにかなるだろう。たぶん。




