第10話 祝言。そして準備
天正5年(1577年)5月 上総国天羽郡 佐貫城
明日は私の祝言じゃ。そうそう、嫁を迎えるにあたって、私も元服することになった。今後は梅王丸改め、左衛門佐義重じゃ。
いつもすぐに死んでしまったので、あまり名乗ることのなかった名じゃが、今生ではなるべく長く名乗っていたいものよ。
それから、元服と婚姻にあたって、父上から佐貫の城を譲られた。これで私も一城の主じゃ。流石に10歳なので傅役が付くが、傅役は、一生目と同じ加藤伊賀守信景。伊賀は、家中でも数少ない、最初から信頼のおける男。安心して側を任せることができるというものじゃ。
3日前より、北条家の方々は、城下に逗留されておる。流石に氏政殿はお越しではないが、名代として鶴殿の叔父にあたる、三崎城主、佐馬助氏規殿がお見えになった。
この和約を守りたいという北条家の本気が伝わってくる。その本気には私も応えねばならぬと思う。当家の誠意を示すために、内密になるが私も挨拶に伺おうか。
「お初にお目にかかり申す。梅王丸改め、里見左衛門佐義重にござる。北条氏規様には、内々に面会の機会を設けていただき、恐悦至極に存じます」
「丁寧な挨拶、痛み入る。ところで、今日はどのような訳で、わざわざいらしたのじゃな?」
「当家の恥をさらすようで、誠に心苦しいのでございますが、我が父である佐馬頭義弘は、和睦をしたものの、北条家に対しては、今なお隔意のある様子。酒に酔うて、明日の祝言で無礼な口をたたくのではないかと案じ、先にお詫びに参った所存」
「……初対面で、このようなことを申すのは、失礼なのは重々承知の上で、あえて申し上げる。義重殿。歳は10と聞いていたのだが、誠に相違ござらぬか?」
「? 永禄11年(1568年)の2月生まれでございますので、確かに10でございますが。それがいかがなさいましたか?」
「……誠か!(これは予想以上の良縁を結べたかもしれぬ) 子細承った。里見家との和睦は、亡き父、氏康の代からの悲願。わしも当主氏政の名代として参っておる。仮に何かあっても、短慮は起こさず、酒の上での戯れ言と思うことといたす」
「かたじけない。これで一つ肩の荷が下り申した」
「それにしても、左衛門佐殿は噂以上のお方のようじゃ。このようなお方なら、安心して姪を任せられるというもの。ところで、せっかくおいでくださったのじゃ。祝言に先立ち、鶴女に会うて行かれるか?」
「誠にありがたきお話なれど、本日は内密に参っております。鶴殿も、面会の準備はしてございますまい。明日の晴れ舞台を前に、無理にお目にかかるのは無粋と申すもの。明日を楽しみにしておりますと姫にお伝えくださいませ」
「あいわかった。それでは明日の祝言で、またお会いいたそう」
「はい。……あ、佐馬助様。我らは、明日が『初対面』であること。お忘れなきようにお願いいたします」
「これは参ったわい! 本当にお主は10か? 鶴はよい婿をもったものじゃ! 左衛門佐殿。鶴をよろしくお願いいたす」
「心得ましてございます。叔父上」
「わははは。『叔父』はまだ早いわ!」
「これは失礼。ではまた明日お会いいたしましょう」
「おう! 楽しみにしておりますぞ!」
なかなか上手くいった。氏規殿には、よい印象を持っていただけたのではなかろうか。
あとは子ができればさらに関係は深くなるに違いない。
ただ、相手の鶴殿は12、私も10。父上を説得するときには「子が云々(うんぬん)」と強弁してみたが、少なくとも数年は子はできまい。
そもそも私自身、数え14までしか生きたことがないから、どうしたらいいのかもよくわからん。まあ、奥方とは名目で、言ってしまえば人質も同然なのじゃがな。
鶴殿は前世までは、ずいぶんと早く身罷っておる。体が弱かったのか、人質生活に耐えられなかったのか、はたまた正室から側室に落とされた正木殿に苛め殺されたのか……。
何はともあれ、今生では、鶴殿は私の正妻であるだけでなく、我ら里見一族の生命線じゃ。大事に扱わねばいかん。間違っても母上によって苛め殺されるようなことはあってはならぬ。もしそんなことになったら、当家の先行きは真っ暗じゃからな。
祝言は無事終わった。実は私の方は前世の鶴殿の姿を知っている。
ただ、前世で会うたのは、岡本城の落ちた時のみ。あの時は世にも恐ろしい顔をしておったので、全く期待はしておらなんだ。ところが、どうだ。会うてみれば、なんとも優しげな女子であった。
どうやら氏規殿との話も伝わっていたようで、最初から私に好意を持ってくれているように見える。この姿は、あの時の様からは全く想像もできん。
あの時の姿は、義理の息子を守らんとする、優しい心から出たものかもしれぬ。そうだとするとよい娘を嫁にもらったようじゃ。氏政殿にはよけいに感謝をせねばならんな。
何はともあれ、これで私と鶴殿は夫婦になった。愛想を尽かされぬように頑張らねば。せねばならぬことに『鶴殿と仲良くする』というのが加わったが、おかげで心配事はだいぶ減った。後は今までの経験を活かして上手くやるだけよ。待っておれ! 義頼!
北条氏規
相模三崎城主。伊豆韮山城代。助五郎 官名は佐馬助・美濃守。北条氏康の4男。岳父は地黄八幡こと北条綱茂。幼少期には今川家の人質となり、駿府で過ごした。北条家に戻ってからは、三浦衆を束ね、房総の里見氏と対峙した。武田氏との同盟が破れると韮山城代となり、伊豆の防衛にあたるようになる。豊臣との交渉では窓口となり、何度も上洛し交渉に当たる。小田原征伐時には韮山城を守り、十倍以上の敵兵を引き付けて、小田原開城の直前まで戦った。戦後は蟄居するが、許されて河内狭山城主となる。子孫は狭山藩主として、明治維新まで存続した。
三崎城
神奈川県三浦市にあった城。北条家の三浦半島支配の中心の一つ。




