Act 1
ステージの上を煌々と照らすスポットライトに浮かび上がった女体の姿に、会場にいる欲の権化たちの視線が集まる。なまめかしい曲線を描く女体の艶やかな表面には傷ひとつないのが、クローズアップされたモニターに映し出されて確認できた。
「二〇万MQRがつきました! ほかにありませんか?」
赤い蝶ネクタイに燕尾服の進行役が一段高いところから会場を見渡すが、さらに声をあげる参加者はいなかった。
名前さえつけられていない辺境の小惑星の近辺を通り過ぎたとき、豪華客船ハウメア号内部にある多目的ホールでは闇のオークションが開かれた。参加しているのは、いずれも名の知れた大富豪たちである。出品されているものは世界遺産級の貴重な物品ばかりで、正規の手続きでは決して入手できない「曰く付き」のものが多かった。辺境の宙域でオークションが行われるのも当局の臨検による摘発を逃れるためであった。
「決まりました! ナンバー19の品は、そちらのB23の番号札の参加者さまに落札されました! おめでとうございます!」
進行役が木槌を叩いた。会場からパラパラと寂しい拍手が起きる。座席に座ってオークションに参加している金持ちたちは、他人の競り落とされた悔しさをつのらせているか、そもそもその品物に興味がないかのどちらかだった。
オークションの様子を別室の大型モニターで、他の出品者とともに見ていたアルンは、不満げにつぶやく。
「二〇万か……。もうちょっと高値かと思ったんだけどなぁ……」
苦労して手に入れた一品である。惑星ギブスン・ガンマに生息する植物「ビーナシア」で、奇跡的に人間の体の形態に進化したものだった。とりわけ美しい形態の植物の群生地の場所をあちこちで聞き回って、さんざん探した挙句に見つけたのが、今回出品したものだった。LSHロボットには美醜を感じ取る機能はないから、それを美しいとは感じられなかったが、過去の高額美出品のカタログと比較して、きっと高値がつくだろうと期待していたのだ。
二〇万MQRは大金であるが、期待した額には届かなかった。しかし文句は言えない。アルンもそこまで無理を通そうなどとは思わない。
「アレックス・ベルモントさま」
戸口で黒服のオークション・スタッフが室内に呼びかける。均等に並べられたイスにすわる出品者たちのなかから立ち上がるアルン。
アルンはLSHロボットだったが、だれもそれを怪しまない。闇オークションに他人には言えない事情で出品者本人が出向かないことも多く、その場合はLSHロボットが代理を努めていたから、フォーマルウェアのアルンもそう見られていた。もちろん、アルンは代理ではなく出品者本人であり、言うまでもなくアレックス・ベルモントなどというオーナーに仕えてはいない。電子的に作った架空の人物だ。
毛足の長い絨毯を踏んで戸口へ歩み進むと、スタッフは、「どうぞ」と、ぶっきらぼうにマネーカードを差し出す。人間相手ではないから、ぞんざいな対応になってしまうのが顔にも現れてしまっていた。所詮、LSHロボットは召使いだという意識が一般的であった。
アルンはそんなスタッフの態度を気にする様子もなく、オークションで競り落とされた代金がチャージされているそれを、「どうもありがとうございます」と、丁寧に受け取る。銀行口座を介さないでカネのやりとりをするのは、違法な物品を扱う後ろめたさと、できるだけ証拠を残さないという意味からだ。
マネーカードを上着のポケットにしまうと、アルンはそのまま退室した。用件がすめば、長居は無用であった。
全長二千メートルもあるハウメア号の葉巻形の巨体の後部にはドッキングポートが設けられており、そこには何隻もの恒星間宇宙船が係留されていた。そのなかの一隻、長年宇宙放射線に灼かれて外殻の変色した、しかし高速タイプの全長七〇メートルほどの小型宇宙船が、ゆっくりとハンガーからアンドックし、ハウメア号から離れていく。じゅうぶんな距離をとるとメインエンジンを起動し、ハウメア号とはべつの方角に舵をきってあっという間に離脱していった。
その宇宙船、船齢十五年の高速恒星間巡洋船「長岡天神丸」の操舵室には四体のロボットがいた。アルン、ゲイスン、ワシェンゴ、それにマーヤである。
「二〇万は予想外の結果だったな……どうも美術品はピンきりでいけねぇや」
機関席につくゲイスンが今回の出品に関しての経費を計算して渋い顔をする。宇宙船の推進材やメンテナンスの費用等の直接経費、情報収集等の間接経費を差し引くと、十二万MQRほどしか残らない。
「こないだのお宝は高価く売れたんだが」
指令席に陣取るアルンは、まぁこんなこともあるさ、と前向きであった。
「三百万貯めたことを思えば、あと百万ぐらい、どうってことなかろう」
操舵席で宇宙船の操船を行うワシェンゴも同調する。
あと百万MQR──。それはマーヤを人間にしてもらうためのカネだ。どうしてもそれだけの大金が必要かどうかはわからない。なにしろLSHロボットを人間にしてくれる魔法術師が見つからないのだから。それでも高度な奇跡の技に対して、それ相応の対価は必要だろうと、ほかの魔法術師の相場から「一人百万MQR」と計算した。それはかなりの金額だ。
わたしも人間になりたい、と申し出てアルンについてきたが、大金を稼がないといけないという現実を知って萎縮したマーヤに、
「おれたちを人間にしてくれる魔法術師を見つける旅をするのに、どっちみちカネはいるんだよ」
と、アルンは気にしなかった。それはアルンの度量によるもので、ゲイスンとワシェンゴはどう思っているのかと懸念したが、二人ともニヤリと笑うのみでなにも言わなかった。
サブ席に収まるマーヤはホッとしたが、同時に役に立たないといけないと、今回のビーナシア採取には慣れないながらも全力で頑張った。情報収集から採取に至るまで率先して行動した。アルンたちは指図したりはせず、マーヤのやりたいようにさせ、サポートに回った。結果、上物のビーナシアを採取できたのだが、オークションの結果は思わしくなかった。
アルンもワシェンゴも、ああ言って気にしないようだったが、マーヤは内心、これではいけないと思った。ゲイスンの渋面が正直な反応だろう。
「次はきっといい値がつきますよ!」
だから今度こそ、という思いが強い。
「ほう? というと、もうなにか目星をつけたのか?」
ゲイスンは期待をこめて聞く。
「はい、不老の果実です!」
元気よいマーヤの返答は、前向きな意志の表れだった。




