4.side シリル
目の前で行われている貴婦人に対する敬愛の礼を眺めながら、賢者シリルはため息をひとつ零した。
(ティアは頭が真っ白になっているでしょうね)
ローランの皮肉に対してティアは自分の考えや願いを伝えただけで、そこに他意はない。
(ローランは無自覚だから尚更タチが悪いですね)
クルドヴルム第一王子 ローラン・ヴェド・クルドヴルム。
王族の特徴である夜の闇を思わせる漆黒の髪、赤く濡れた瞳。
端正な顔立ちに均衡の取れた鍛え抜かれた身体をもつ青年。
そしてクルドヴルム竜王国が誇る精鋭部隊「クルドヴルム竜騎士団」の最年少騎士でもある。
誰に対しても奢る事なく気さくな王子は国民からの人気も高い。
唯一の問題は、ローランから溢れる色気だろう。
無垢な少女はローランの笑顔をみるだけで真っ赤になり酷いと卒倒するし、経験豊富な女性はあらゆる手段を使いローランに近付こうとする。
媚薬を盛られそうになるのは可愛いもので、ダンスの際に具合の悪くなったふりをして強硬手段におよんだ女性も居たらしい。
『ローランに婚約者がいれば魑魅魍魎が落ち着くと思いませんか?じゃないとあのへタレ。とんでもない女に手籠にされた挙句、責任取って結婚になりかねませんよ。嫌ですよそんな義妹』
ローゼはいつもそう言っていたが、魑魅魍魎を成敗できる気骨を持った令嬢は少ないだろう。
(一番の解決策はローランが愛する人を見つける事なんですけどね)
幼い頃から歴戦の女性達から少なくない被害を受けていたローランは、女性に苦手意識がある。
ローゼが言うように誰かと婚約しても、ローランの気持ちが伴わない限り、抑えにはなるが根本的な解決にはならないだろう。
(ローランが恋をすれば、色気はその相手に集中するでしょうから、今までのような被害は無くなる事でしょう)
それが弟子としてローランをみてきた賢者シリルとしての見立て。
(必要なのは無自覚からの脱却。ローランは気付いてないようですが、良い傾向かもしれません)
しかしここは修行の場であって、恋愛する場では無い。
だがローランの規格外な問題のひとつが解消できるならば仕方ないのか、とシリルは思案した。
(まだ無自覚とはいえ、厄介な娘を選びましたね)
弟子はシリルにとって我が子に等しい。
シリルの元から離れても、みな幸せになって欲しいと心から願っている。
だからこそローランの未来を思うと、シリルはやるせない気持ちになった。
「セウェルスの事ではなく、わた…私のことが知りたいって…」
ティアの声で我に返ったシリルは、落ち着いた風を装いながら質問しているティアを見る。
ローランの色気にあてられて卒倒しないのは褒めてあげたいが、耳は真っ赤だ。
対するローランは長い指を唇に当て考える風なポーズを取ると、唇がゆっくり弧を描き柔らかく微笑んだ。
「妹弟子の事を知りたいのは当然だろ?」
「…っ!!!」
とうとうティアは両頬を押さえながら大きく下を向いてしまう。
ローランは服から覗くティアの全てが真っ赤になる様子をみて満足気に微笑んだ。
これでティアに好意が無いならば、ローランはただのレディキラーだ。
「下がりなさいローラン。ティアが困っていますよ」
ローランの視線がシリルに移る。
シリルを見てギョッとしたあと、すぐにティアの手を離し自分の席に戻った。
シリルの声は穏やかで微笑みを崩してはいないが、その背後には黒いオーラが溢れ出ていた。