3.ティアの願い
リビングのソファーに腰を下ろした俺達はブラウニーの作業が終わるまで休憩を取る事にした。
妹弟子ですから!と一歩も譲らなかったティアが淹れた紅茶を飲む。
爽やかな香りが鼻腔をくすぐり、ひと口飲むとその風味が口の中にひろがる。
「美味いな…」
「ええ、本当に。ローランの淹れるお茶はどうにも渋くて1杯で充分ですが、ティアのお茶は何杯でも飲めますね」
そうやってさり気無く貶めてるが、師匠の淹れたお茶は毒薬のようにドロリとした謎の液体になる事を俺は知っている。味は思い出したくもない…。
「ありがとうございます」
ティアは恥ずかしさを誤魔化すように紅茶に口をつけた後、意を決したようにカップを置いて目の前に座る俺を見た。
「あの…ローランはクルドヴルム竜王国のご出身でしょうか」
戸惑いながら質問してきたティアを見て俺も飲みかけのカップを置いた。
ああそうか。召喚術を初めて見たと言っていた。
「ティアはセウェルス神聖国の出身か?」
ティアは頷いた。
召喚を得意とするクルドヴルム、魔法を得意とするセウェルス。
四大国の中でもセウェルスは始祖が英雄達のリーダーであった事、神に庇護されている事から、セウェルスは選民意識が強い。
そしてクルドヴルムは竜王が庇護する国だ。
かつては互いに交流もあり血も混在している筈だが、不思議な事にクルドヴルムに魔法使いはうまれないし、セウェルスにも召喚士はうまれなかった。
遥か昔から何度も繰り返される戦争も「能力は産まれた土地に左右される」と有識者達が結論づけた事が始まりと聞いている。
「俺はクルドヴルム人だけどセウェルスに対して悪感情は無いかな。
まあセウェルスは俺達を魔法を使えないクルドヴルム人を卑下しているようだけど…」
ティアの反応が気になり、多少の皮肉を言葉に混ぜる。
ティアはショックだったのか否定するように首を何度も振った。
「確かに…仰る通りかもしれません…。
神の庇護を受けるセウェルスに戦いを挑む逆賊と、そう卑下する者は多い…。
ですが、知ることもせず「悪」と決めつけるのは…我慢出来ません…」
怒りを堪えているのか、俯きながら膝の上に置いた手を震わせて吐き出すようにティアは言う。
そして顔をあげると俺の事を真っ直ぐ見つめた。
「わたくしは…知りたい。その上でわたくしは決断したいのです!」
憤りと確固たる意志を窺わせる栗毛色の瞳。
その毅然とした表情に俺は目を奪われる。
バクバクと心拍数が高まるのを感じ、俺は周りに悟られないように自分の胸を押さえた。
クルドヴルムを知り、なにを決断するのかは知らない。
出会って数時間。ティアが身分を隠している事以外、彼女自身の事はまだ何も知らない。
それなのに、ティアの願いを叶えてやりたいと思う俺がいる。
こんな感情…自分自身で理解できない感情なんてあるのだろうか。
「それで、ローランはどうしますか?ティアを拒みますか?」
師匠の言葉で我に返った俺はティアを見つめた。
「俺が参考になるか分からないが、俺で良ければ力を貸そう。
俺もセウェルスの事…ティアの事をよく知りたいからな」
最後の台詞は口から勝手に出たので俺も驚いたが、ティアの顔は耳まで赤く染まっていた。
…苺みたいで可愛いな…と俺の表情が自然に緩むのを感じる。
半眼で刺すような視線をおくる師匠は放置しておいて、俺はソファーから立ち上がった。
そうしてティアの前に立つと、ゆっくりと膝を折る。
言葉もなく俺を見下ろすティアの手をとり、そっと手の甲へ唇をおとした。
「俺の名はローラン・ヴェド・クルドヴルム。
クルドヴルム竜王国の第一王子だ」
身分を明かす必要が全くないのは理解している。
ティアはクルドヴルムを知りたいと言った。
俺はティアを知りたいと思った。
だからこれはティアに俺を知って欲しいと望む、俺の我儘に他ならない。
見上げると、ティアの表情は貴婦人のそれであった。
何を思っているかは理解できないが、感情を表に出さないよう、少し恥じらう風にまぶたを伏せ気味にしている。
とても美しいが、さっき見た美味しそうな表情にならないのを、俺は少しだけ残念に思った。




