33. カルロス・ネヴァン公爵
「後で時間をとる」と言われていたが、実際そのような余裕は無く、ティアの不満を解消出来ないままネヴァン家に向かう馬車に揺られている。
馬車に揺られながら外の景色を眺めているティアは、直接訪問する事をフランドル公爵に悟られてはいけないと、ティアは変化で髪色と瞳を変えている。
ティアの前には侍女のサラが困った顔をして座っていた。
「ティア、こっち向いてティア」
そう呼び掛けるが返事は無い。ここまで嫉妬してくれるのは嬉しいが、どうすれば機嫌が戻るのか分からずローランは途方にくれた。
そうこうしている内に、馬車はネヴァン公爵家の門をくぐり、大きな屋敷の入口で止まった。
馬車を降りたローランは庭園側で練習に励む兵士の姿を見かけた。ネヴァン家の私兵だろうか。常に励むのは良い事だと、視線を合わせないティアをエスコートしつつ執事に誘導される形で邸内に足を踏み入れた。
内装はシンプルだが重厚感があり品良く纏っている。
応接間に通された後も、長椅子に座るティアの後ろに立ちながら部屋を見渡す。
そこにある物を見つけたローランはティアに声を掛けようとしたところで、ネヴァン家の主人であるカルロス・ネヴァン公爵が入室した。
ネヴァン公爵は一言で例えると熊のような男だった。
15年前の大戦で活躍した将は今も鍛錬を怠らないのだろう。服の上からでもわかる筋肉が逞しい。
ネヴァン公爵は先程の執事だけを残して他の者を退室させる。
そうしてどっかりと長椅子に腰掛けると両手を膝の上に置き、低頭した。
「お待たせいたしました。ティターニア殿下」
「お久しぶりですね。ネヴァン公爵」
ティアがリボンを外し変化を解く。ネヴァン公爵は黙ってそれを見ていたが、ティアが話し始めようとすると手を少しあげて遮るような仕草をみせた。
セウェルスは礼儀を重んじると聞いている。先程から見ているネヴァン公爵の態度はローランでも首を傾げるくらいおかしい。実際隣に立つサラは怒っているのか拳が硬く握りしめられている。
「フランドルの小倅が何度も儂の元を訪れましたが、答えは聞いておりませんでしたでしょうか」
ネヴァン公爵は掠れた重厚感のある声でティアに尋ねる。ネヴァン公爵から放たれる覇気にローランも気圧されしそうになり、心配になりティアを見るが変わった様子は見られない。
「聞いております。イーサン国王は神に選ばれた王。フランドル公爵一派の不正を暴く助力はしても、わたくしを立てる事はないと」
「聞いているのであれば話が早い。儂もこれ以上話すことは…」
「その『神託の儀式』が仕組まれていたものであれば?」
ネヴァン公爵が話終わる前にティアは告げた。
ネヴァン公爵の顔は僅かに眉を顰めるとティアの言葉を否定する。
「殿下?何を言っているのです。儂はイーサン国王陛下が神の啓示を受ける様をこの目で見ているのですよ?」
ローランからはティアがどのような顔をしているのか見えない。よく見ると僅かだがティアの身体が震えている。ローランは身を乗り出してティアを支えたいと動こうとするが、ティアは自らを鼓舞するように声を張った。
「それこそがフランドル公爵の思惑なのです!そもそも『神託の儀式』とは王族だけが知る儀式です。あの時、儀式の方法を知るのは存命だった王妃殿下と王太后殿下のみ」
ネヴァン公爵は固まる。ローランもセウェルスの儀式を初めて聞いたため驚く。
「イーサン陛下の儀式は聖王を祀る教会で行われたと聞きました。司祭が神託の儀式をはじめると、聖王の像から光が差し込み、イーサン陛下を包んだと」
「その通りです。儂はこの目でそれを目の当たりにしたのです」
「神託の儀式は王宮の奥深くにある神殿で行います」
そうしてティアは「王族以外に全てを明かす事は出来ない」と前置きしてから、神託の儀式には光は差さない。王になる者が光を発するのだと告げる。
「誰も知らないが故に、あたかもそれが真実だと見えてしまった。思い出して下さいネヴァン公爵。あの時貴方の周りに居た人達を」
ネヴァン公爵は飛び出すように目を見開き、呻き始めた。
15年前、イーサン陛下が儀式を行うと知らせがあり向かった教会に待っていたのは、フランドル公爵と先王の側近が数名。そして王妃だった。
王妃はフランドル公爵の義妹。幼いイーサンを支えるには大きな後ろ盾が必要だったのだろう。
今考えれば何故側近のみだったのか。おかしな点はいくつもある。
「わたくしは本来の方法で神託の儀式を行い。そして啓示を受けました。正統なる王はわたくしです。ネヴァン公爵」
ティアの言葉にネヴァン公爵の手がブルブルと震えている。
フランドル公爵とネヴァン公爵は文官、武官の最高峰に位置し階級も同じ。武の最高位に座すネヴァン公爵を謀ったと…フランドル公爵への怒りで顔が紅潮した。
「だが儂は殿下の儀式を見ておりません」
まだ認めたく無いのか、ネヴァン公爵は呻く。
ティアは立ち上がると「ローラン」と名を呼んだ。
名を呼ばれたローランは右手突き出して「カラドボルグ」と発した。ローランの右手から聖剣が出現する。
ネヴァン公爵はその奇跡の瞬間を唖然と見つめていた。




