2.部屋の改装は精霊に
師匠の家は森の中程にある深い谷間にある。
谷間の中央に聳え立つ巨大樹。周りには小川が流れ、巨大樹の葉の隙間から柔らかい陽が差し込んでいる。
聞いた時は顎が外れるほど驚いたが、巨大樹は師匠が創ったらしい。
普段はふわふわしてるのに修行になると容赦無いし、ひとりで世界征服出来るんじゃね⁈ってくらい馬鹿みたいに強いし…本当に謎が多い。
その師匠が創った巨大樹の中…としか言いようがないが、そこに居住スペースがある。
無駄に部屋数が多いが、普段使わない部屋は全て師匠の宝物という名のガラクタに占領されていた。
さっき「ティアの部屋」と言ってたが、今はまだガラクタ置き場だ。
「ティアはどんなお部屋がいいですか?ティアは女の子ですから希望を聞いてあげましょうね」
キッチンなどの水回り、師匠や俺の部屋の場所を説明しつつ、ティアの手を引きながら前を歩く師匠が尋ねた。
「私はどのような部屋でも構いません。師匠が決めて下さい」
空いた手を左右に振りながら慌てて遠慮するティア。
案の定、師匠はティアの答えを聞いてソワソワしだした。
「では、私にもし娘がいたら創ってあげたい理想の部屋…」
「だめです。簡素なベッドと机があれば充分です」
師匠が言い終わらない内に間髪入れず却下した。
理想の部屋作りを邪魔された師匠はムッと口を尖らせ不貞腐れている。
俺は師匠を無視してティアに『理想の部屋』が何たるかを説明する。
「ティア、師匠は可愛いものに目がない。
理想の部屋は鮮やかなピンク色を基調とした壁にレースがふんだんに使われた家具類。もちろん家具も総じてピンク色だ」
ピンク好きにはいいが絶対目が痛くなると思う。
ちなみに姉上も弟子入りの際に同じ事を言われ、面倒だったから何でもいいと答えた結果、被害者になった。
結局姉上は用意された部屋ではなく、自分でガラクタ部屋のひとつを選び自分仕様にリフォームしたそうだ。
妹弟子が来た時は全力で止めろと弟子入りする時に念を押された。
ティアも想定外だったのだろう。
返事に窮したのか手を繋ぐ師匠を見上げると、眉を少し下げ困ったように小さく首を傾げた。
いちいち所作が優雅に見えるな…とどうでも良い事を考えてしまう。
「そんな訳だから部屋作りは俺に任せてもらえるか?
大したものは出来ないが、師匠よりはマシだと思う」
師匠よりはまともな部屋になると判断したのだろう。
ティアは「よろしくお願いします!」と盛大に頭を下げた。
今の動作は平民として合格だなと、またどうでも良い事を考えてしまった。
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「バルコニーもあるし、掃除すればこの部屋が一番見晴らしがいい筈だ。掃除すれば…だけどな」
扉を開けた面前には師匠の宝物。俺にとってのガラクタが積み上げられて前が見えない。
俺はこのガラクタ達をクイッと親指だけで示すと師匠を睨め付けた。
「師匠、このガラクタを全部俺に処分されるのと、師匠が他の部屋に移すのと、どちらがいいですか?」
「えぇっ⁈私にとって全部宝物なのに…」
何故理解出来ないの?という目をして見つめられても困る。
宝物かガラクタは個人の所感で、俺にとっては師匠の宝物がガラクタ認定されてるだけだ。
「分かりました、ローランは本気で処分するから宝物は私が片付けますよ」
また口を尖らせながら師匠は腕を軽く振り上げる。
と、同時に面前にあったガラクタが跡形もなく消えた。
どうせ別の部屋に移動しただけだろうが…。
ティアの表情に大きな変化はない。
よく見ると手は胸の前で握りしめられていて、口は小さく動き「無詠唱…」と言っているようだ。
「そんな事が出来るのは師匠くらいだ。緩そうに見えるが一応賢者と呼ばれる存在だからな」
「本当にローランは口が悪い。お姉さんに言いつけちゃいますよ」
「いちいち姉を出すのやめてもらいます?子供じゃあるまいし」
「私にとって君達は可愛い子供なんだけどね」と悪戯っ子のように微笑む師匠を無視しながら、俺は閑散とした部屋に足を踏み入れた。
かつて先輩弟子が使用していたようだが、壁紙はボロボロで、バルコニーに続くガラス扉も枠組みが傾いている。
…これは修繕のレベルを超えてる…俺の手では無理か。
「短い期間だが毎日寝る部屋だ。ティアの好きな色合いに改装しようと思うが、ティアは何色が好き?」
そう部屋の前に立つティアに声を掛ける。
ティアは少し考える様子を見せた後「グリーンが…。淡い色合いが好きです」と、顔を赤らめながら言った。
その様子を見ていた師匠は笑顔を崩さないまま肩を竦めている。一体何がいいたいのか…考えが読めない。
「分かった。準備するから少しそこから動かないでくれ」
俺は部屋の境界線を指した。ティアは頷き、入口から一歩下がる。
下がる必要は無いが気を遣ってくれたのだろう。
「さてと!やりますか」
ひとつ息をついた後、腰に置いていた左手を肩の位置に掲げた。
「術式展開」
その言葉に呼応するかのように掲げた左手から魔法陣が展開される。
「我が名はローラン。「ブラウニー」と契約を求める。契約内容は改装、対価は絹織物。」
我ながらなんとも間抜けな詠唱だと思うが仕方ない。
俺は召喚と得意としているが、使役していない幻獣や精霊は契約で呼び出すしかない。
契約書の代わりに言霊で契約を結ぶため、詠唱は人それぞれ違う。
また契約には対価が必要になる。契約内容と対価が見合わないと判断されると召喚出来ない場合がある。
今回は無事締結したようで、俺の求めに呼応するように魔法陣から眩い光が発せられた後、精霊が魔法陣から飛び出してきた。
1メートルにも満たない茶色の毛に覆われた塊が10体フワフワと浮いている。
確実に召喚を成功させる為に対価は弾んだが多すぎやしないか?
その中のリーダー格だろうか、他よりも少し大きい塊が俺に近付いてきた。
『契約主よ。望む形を見せよ』
ブラウニーの声が契約者である俺の頭に響いてくる。
俺はブラウニーの毛玉に触れると、完成した部屋をイメージした。
俺の希望を読み取ったブラウニーはふわりと一回転すると『承知した』と揺れた。
「よし!後はブラウニーに任せて、俺達はリビングに戻るか」
振り返るとティアは両手で口を押さえ、真っ赤な顔をしてプルプル震えていた。
「ティア?」
ティアは両手を口から離し胸の前で組み直すと、キラキラと瞳を輝かせて興奮した口調で叫んだ。
「わたくし!!召喚を初めて見ました!!!」
ああ、一人称が「私」から「わたくし」になってるぞ…我を忘れるくらいに驚いてくれたのは何よりだけどね…。