24. 聖剣と盾
祝福を告げる鐘が鳴っている。
黄金色の髪を見事に結い上げ、真っ白なドレスに身を身にまとい、衣擦れの音だけを響かせて一歩ずつローランに向かって歩むティアの姿。
ローランは今、自分が幸せな夢を見ているのだと気付いた。
先程までカラドボルグと対峙していた筈だ。
こんな幸せな夢を見れるという事は、あのあと力尽きたのだろうか。それとも気を失っただけか。
“後者だ。ローラン”
頭の中にカラドボルグの声が響き、ローランは驚いた拍子に目を覚ました。
途端に息苦しさが襲い、背中を丸めて何度も咳込む。
息が上手く出来ない苦しさに目に涙を浮かべながら、なんとか顔をあげたローランは、目を見張る。
手前にカラドボルグ、グングニルが。後ろにフラッゼイとカルンウェナンが浮いていた。
ドーム状の空間は元に戻り、ローランの身体はドームの中にあった。
“しばらく意識を失っていたが、無事戻って何よりだ”
グングニルが喜ぶように揺れると、背後の2本も同様の動きをとった。
ローランは少し笑うと
「ありがとうございますグングニル。貴方の助力が無ければユルルングルは使役出来なかったかもしれない」
そう、あの時グングニルはローランを助けた。
名前が分からないまま契約を結ぶのと、分かった上で契約を結ぶのとでは成功率が大きく変わる。
ユルルングルと苦労なく契約を結べたのはグングニルのおかげだ。
なので、少し咳込みながらもグングニルに礼を述べた。
グングニルは”其方は竜王の子。助けるのは当然だ”と答えてくれる。
そしてローランはグングニルの隣に浮かぶカラドボルグに視線を移した。
カラドボルグは戸惑うようにゆっくりとローランに近付く。ローランにはカラドボルグから次に発せられる言葉が分かっていたが敢えて待つ。
“ローラン。其方を認めよう”
カラドボルグから発せられる気は柔らかいものに変わっていた。
「俺の考えが読めたのは、俺が寝てる間に契約を結んだから?」
カラドボルグに尋ねると、肯定した。
突然素直になったなと少しだけ驚いていると、フラッゼイが説明してくれる。
“カラドボルグが従う気になったのはいくつか理由がありますが、一番の理由は貴方が雷の魔法を使ったからでしょう。あれは聖王が一番得意とする魔法でしたから…”
貴方の威力は聖王に比べれば赤子程でしたけどと、大した威力じゃなかった事も教えてくれた。
あの時は「剣には雷」との単純な理由かつ、シリルがいつも使っていた雷魔法を思い出すという偶然が重なって出来た、火事場の馬鹿力に近い。
カラドボルグが従ってくれたのは偶然の産物。だが、結果として目的が達成出来たので気が抜けてしまう。
「ありがとうございます。カラドボルグ」
先程までの挑発的な言葉を正して、ローランはカラドボルグに礼を言う。そして「先程の女性がセウェルスの王女です」と告げた。
“黄金色の姫君か。ローランは聖王に良く似ている”
何が似ているのか分からずローランは首を傾げ、何のことか聞こうとするが”気にするな”とカラドボルグは言うだけで答えてはくれなかった。
ローランは諦め、カラドボルグに質問する。
「俺は師匠である賢者シリルに聖剣と盾を持ち帰るよう指示されました。盾はどうすれば手に入るのかわかりますか?」
“もうここにある”
ローランの視界には英雄達の武器しかいない。盾など何処にも見えないが。そうローランが口を開こうとすると、カラドボルグと同様に繊細な紋様が刻まれた盾が現れた。
“剣と盾は一対だ。剣も盾も契約者を鞘に収まる。どちらもローランが呼ぶ事で現れる”
そう言われてローランは宙に浮かぶカラドボルグの柄と、盾を手にとる。しっくりと馴染み、どちらも大きさはあるのに重さを全く感じない。
“我でなく残念だが、その姿もよく合っているぞ。竜王の子よ”
聖槍グングニルの賞賛にローランの頬は自然に緩んだ。
聖槍に褒められると、まるで竜王に褒められたみたいだとローランは嬉しく思う。
嬉しいが、現実を思い出しローランはうんざりして頭上を見上げた。
(また水上まで泳ぐのか。体力持つかな…)
“私を掲げよ、ローラン”
ローランの考える事に気付いたカラドボルグの指示通りにカラドボルグを掲げると、水が割れて遠くに光が差し込む天井が見える。掲げただけでこの威力なら、普通に使ったらどうなるのか、ローランは多少不安にかられるが、シリルの事だから何か考えがあるのだろうと今その懸念は傍へ置いておく。
(ユルルングル)
ローランの創造通り、魔法陣からユルルングルが現れた。
「上まで連れて行けるか?」そうローランが尋ねると大きな頭を揺らして肯定の意を示す。
ローランはカラドボルグと盾を身に収めると、ユルルングルの頭に飛び乗った。
「ありがとうございました!」
聖剣達に礼を言うと、ユルルングルは割れた水の上を滑るようにもの凄い速さで地上に向けて駆け登る。
風を感じながら、早くティアとシリルの元へ帰ろう。そうローランは強く思った。
ローランがシリルの家に戻ったのは、出発してからちょうど一週間が経った頃だった。




