25. 彼女の元へ
※多少R15要素を含む表現がありますので苦手な方はご注意下さい
「ただいま!」そう言って家の扉を開けると、ティアが腕の中に飛び込んできた。
ローランは驚いて一瞬固まり、親の仇のようにローランをギュウギュウ締めつけるティアの後頭部を見る。
ティアの甘い匂いがローランの鼻腔をくすぐった。
1週間だけなのに離れていたぶん離れ難くて、ローランはティアにホールドされた状態で自分の理性と戦う羽目になる。
玄関先に現れたスチュワードは、目を閉じている主人が何と戦っているか。戦うための武器が想像できて『健全な若者には酷でございますね』と二人に気付かれないよう呟いた。
ようやく理性と欲望との戦いに決着がついたローランは、ティアの肩を掴み自身から引き剥がすと、背を少し屈めてティアと視線を合わせ…
「おかえりなさい。ローラン」
ティアの潤んだ瞳を見た瞬間。先程勝利した筈の理性は跡形もなく消え去る。ローランはティアの後頭部を押さえて引き寄せると、蜜に濡れて甘そうなティアの唇に貪りついた。ティアは一瞬目を見開くが、応えるようにローランの首に腕を回すと目を閉じる。
目の前で繰り広げられるそれを、リビングで待つ魔王に気付かれない方法はないかとスチュワードは小さく溜息をついた。
スチュワードが精霊にも恐れられる魔王に気付かれない方法を必死に考えている中、ローランにはティアと自身から漏れる僅かな水音と荒い呼吸だけしか聞こえない。ティアが耐え切れず崩れそうになる身体を支えながら尚、ローランは蕩けるように甘いティアを味わっている。
スチュワードは長年世話をしてきた主人が恋を知るとこんなにも一直線なのか。それとも黄金色の姫君が特別なのか。主人の新たな一面を知れて嬉しくなると共に、リビングから漏れる邪悪な気配に背筋が凍りそうになる。仕方ないと、スチュワードは『コホンッ』と敢えて大きめな咳をひとつした。
ティアは弾かれたようにスチュワードを見ると、顔から火があがりそうなくらい真っ赤になった。対してローランは「邪魔しやがって」と言わんばかりの視線を投げてくる。
『おかえりなさいませ。御主人様。賢者様がお待ちでございます」
ようやく我に返ったローランは、ティアの身体を解放した。そうして今度こそティアの紫の瞳を愛おしげに見つめると「ただいま、ティア」と微笑んだ。
そう言ってからリビングに向かうためティアの腰に手を添える。そうしてスチュワードの横を通り過ぎる瞬間、ローランの手がポンとスチュワードの頭に置かれた。
お互いに言葉は無い。言葉は無いが、スチュワードは全て理解する。そして
『私の主人が貴方で、私は幸せです』
ローランとティアが去った玄関にひとり残されたスチュワードは胸に手を当て、うっとり囁いた。
「師匠、ただいま戻りました!」
「ああ、おかえりなさい。待っていましたよ」
シリルの言葉で、玄関先で繰り広げたそれが結構な長さだったと思い至る。シリルから発せられる邪悪なオーラにティアが怖気付き、両手でローランの服を掴んで密着する。安心させるつもりでローランはティアの腰に回す手に力を込めてやった。
「遅くなり申し訳ございません。師匠から与えられた課題が完了しました」
ローランの言葉にシリルから発せられるオーラが和らぐ。シリルはほんの僅か眼を細めローランを見ると、クスッと双眸を崩した。
「ええ、ひとつはローゼが居れば大丈夫だと思っていましたが、カラドボルグは大変だったでしょう。良く説得できましたね」
「説得というか力業でした…。たまたま聖王が好んだ魔法を放ったのが良かったみたいです」
「?、ローランに雷の魔法は教えてない筈ですが??」
「ティアの修行で放っていたでしょう。その時の電流が俺にも流れてきたのでイメージし易いなと…師匠?」
いつの間にかローランの目の前に立っていたシリルは、片手でローランの頭を、残った手でティアの頭を撫でている。
「ローランの成長には目を見張るものがあります。良く頑張りましたね。そしてティアも、ローランが居ない間に大分改善されました。後もう一歩ですが、後はローランが導いてくれるでしょう」
ローランが離れている間に、ティアの修行も進んでいた。まだ無詠唱までとはいかないが、他の魔法も含めて詠唱時間が大幅に短縮できていた。言葉に魔法を乗せるのではなく、創造する事が少しずつ形になっているのだろう。
まるで親が子供にするようにヨシヨシ撫でるシリルに、ローランはくすぐったくなってしまう。
シリルは笑みをひとつ零すと、撫でていた手を離し人差し指をそっと自身の唇に当て
「ふたりへのご褒美は一日フリータイムです」
シリルはニッコリ笑う。
ティアは花が咲いたように顔を輝かせるが、多分最後の仕上げをする為に必要な工程なんだと、ローランは理解した。




