20. 姉と弟
人払いをして欲しい、そうローランは言った。
国王が片手を挙げると、部屋の中に居た侍女と護衛騎士が退出する。
「私はここに居ない方がいいかな?」
戸惑いながら眉を下げるシャルルの腕をローゼは掴んで首を振る。ローゼを抑えられるのはシャルルだけと痛感しているローランも「義兄上も聞いて下さい」とお願いした。
「それでローラン。久しぶりに戻ったというのに、思い詰めた顔をしてどうした」
父親から見るローランは、何でもそつなくこなし、人当たりも良い、とても優しい子。故に自分の意志を強く持たないように感じていた。恐らくはローゼの傍若無人っぷりに、考える気力が失せたのが大きな要因だと思う。
だが目の前のローランはどうだろう。未だかつて無自覚な色香が形を潜める程、強い意志を持った気を纏うローランを見た事があったろうか。賢者シリルの元で成長した我が子を見て、国王は感慨深い気持ちになる。どんな話でも受け止めてやろうと心に決めた国王は、ローランの発言を聞いて前言を即撤回した。
「愛する女性が出来ました!彼女はセウェルス神聖国の第一王女です。彼女を護るため、私を王族の籍から外して下さい!!」
「世迷言を言うな!馬鹿者!!よりにもよってセウェルスだと!絶対に許さん!!!」
国王は激怒したがローランは迷いなく父を見つめている。王族の特徴である赤い瞳が燃えているようだった。
「お父様、もうお年なんですから頭に血が昇ると倒れますよ」
「だがローゼ、儂はな…」
国王は亡き愛妻によく似た子供、特に性格までよく似たローゼには弱い。
ローゼは国王に微笑んでから立ち上がると、ローランに向き直る。
「ローラン、さっきのもう一回言ってみろ」
「…王族から籍を抜きたい?」
「違う。その前だ、その前」
「…愛する女性が出来た?」
「そうだ、それ。彼女の名は何と言う?」
ローゼの質問に意味が分からず首を傾げたローランだったが「ティターニア」と素直に答えた。
名前を聞いたローゼは片手を腰に手をやると俯く。
背中を向けて黙るローゼに国王も「ローゼ?」と首を傾げるが、座った位置からローゼの表情が見えているシャルルは薄らと安心したように微笑んだ。
暫くそうしていただろうか、ローゼの口から「ククッ」と声が漏れる。そのうち耐え切れなくなったのか背中を大きく曲げて笑い出した。
「最高じゃないか!ティターニア嬢!!良くやった!ローラン!!!」
「…へ?」
姉の歓喜に満ちた叫びにローランも唖然とする。
ローゼはローランの目の前に立つと、思い切り肩を叩いた。馬鹿力でローランは痛みに顔を顰めるが、ローゼは気にしない。
「お前は一生愛する女性を見つけられず、霞のように生きていくのだと思っていた。暫く会わない内に良い目をするようになったじゃないか」
「姉上?」
ローゼが優しげに微笑むのを見て、ローランは驚いて目を見開いた。物心ついたころからローランに向けられる姉の笑みは、皮肉気なものか、悪魔のようなものだけだったから。
「ティターニア嬢を護る事は王太子である私が許そう。だが王籍を抜ける事は許さない。ここはお前の実家だからな」
ポンポンと肩を叩くローゼをポカンと見つめているローラン。
「王太子殿下はローラン殿下の成長が嬉しいのですよ。大切な弟ですから」
目の前の状況が理解出来ないローランに、微笑みながら説明するシャルル。それでも「え?えっ?」と理解出来ないようでローゼとシャルルの顔を行ったり来たりしている。
「護りたい、という事は何か理由があるんだろう。私達にも説明しなさい。内容によっては力になれるかもしれない」
ローゼの言葉にローランは目は大きく見開いた後、赤い瞳が潤みだす。涙を溢さないよう天井を見上げ何度か瞬きを繰り返した。ローランは詰まりそうになる言葉を必死で紡ぐ。
「承知いたしました。王太子殿下」




