18. 喧嘩
「貴方は馬鹿ですか!他国の内乱に手を貸すなど!!それもクルドヴルムの王子殿下がっ!!!わたくしはそんな事を求めてはおりません!」
ティアは物凄い剣幕でローランを拒絶した。
対してローランは赤く濡れた双眸でティアを見つめながら黙って聞いている。
ティアと出会って10日と少し。
シリルに自らの願いをティアに伝えないよう口止めしたローランは、ティアの修行を助ける傍ら、シリルから稽古をつけてもらっていた。
そして昨日、シリルから修行の一環としてあるものを取ってくるよう指示されたローランは、いよいよ黙っている事が困難になりティアへ打ち明けた。
「俺もついていく」とローランがティアの目的を知った事、目的を達成出来るよう近くで護りたいと告げた結果がこれである。
「もし失敗したら⁈ 貴方がクルドヴルムの、それも王族だと知れたら⁈ 貴方だけでなく、クルドヴルムに攻め込む材料となってしまうのですよ!!」
既に隠す事をしていない黄金色の髪が、ティアの動きによってフワリとドレスを舞うように揺れいる。
ローランは愛おし気に目を細めてティアのその様子を眺めていた。
ティアとは真逆で落ち着いた声で話し出す。
「分かっている。その上での決断だ。それに俺に何があろうとティアだけは誰にも触れさせない。だから失敗する事は無い」
「〜っ!!!」
何を言ってるのだ、とティアは激怒する。こんなに頭にきたのは初めてだ。ローランに度々される悪戯にも腹は立ったが怒りは感じない。むしろローランに触れられると包み込まれるような安心感を感じていた。
だからこそ、今の台詞はティアにとって絶対に許せるものでは無かった。
「貴方は自分が死んでもわたくしを護ると言いました!貴方が死ぬかもしれないと分かってわたくしが許すとでも⁈」
怒りに任せ叫び過ぎて喉は枯れ、肩は上下に大きく動いている。
部屋から差し込む夕陽がティアの髪に反射しキラキラと美しい輝きを放つ、まるで金色の小麦畑だ…とローランは思った。そして「ねえ、ティア」と怒りに震えているティアの目の前まで歩みを進め、その細い腰に手をかける。
「ティアは俺に死んで欲しくないの?」
ティアの事を覗き込みながらローランは尋ねた。
「当たり前でしょう!!ローランが死んだらわたくしは…っ!!」
ティアが言い終わる前に、ローランがティアを抱きしめた。ティアは怒っているのに何なんだと抵抗するが、ティアの力はローランに及ばず体制は変わらない。
「俺の手の届かないところでティアに何かあったら一生悔やむ事になる。だからこれは俺の我儘だ」
ローランはティアの首元に顔を埋め囁いた。
ローランの息が首にかかり、ティアは怒りと同じ位に恥ずかしさが込み上げる。
「わたくしだって…貴方を失ったら一生悔やむわ」
怒りも限界を超えると涙が出てくるらしい。
こんな風に人から愛された事は無い、そしてきっと今後も無いだろうとティアは思う。
ローランは真っ直ぐで優しい。駄目だと分かっているのに側に居て欲しいと強く願ってしまうティアの心。
ティアはそっとローランに背に腕を回した。
ティアからの初めての抱擁に、一瞬ローランの身体が揺れるが、返すかのように抱きしめる腕に力が込められた。
「目的を遂げるまででいい…俺を選んで、ティア」
「わたくしは本当に酷い女です。本当に酷い女だわっ…」
ティアは大粒の涙を流し、ローランの背に回す腕に力を込め、ローランの胸に顔を埋める。
目的を遂げれば、即位とあわせてティアは協力者であるオスカーと結婚する。宰相である公爵家との関係性を維持する為の政略結婚だ。オスカーの事は信頼しているが、男性としては見ていない。だが静かに育む愛情もあるのだろう、ティアはローランに出会うまでそう考えてきた。
ローランは胸の中で声をあげて泣くティアの頭をそっと撫でると、苦笑しながらティアの顎をそっと持ち上げる。涙で顔がぐちゃぐちゃなティアを見て、きっとこの顔を見れたのは自分だけだとローランは独占欲が満たされてるのを感じた。
「ティア、俺は師匠の言い付けで暫くここを離れるけど、スチュワードとフェンリルを置いていくから。くれぐれも無理はするなよ。あと置いていくけど、あまり仲良くしないで欲しい…」
そう言うと、少し赤い顔をしたローランは眉を寄せた。ティアはローランを見つめ泣きながら微笑む。
そして「召喚には対価が必要なのでしょう」と言うと、ローランも微笑む。
「うん、対価が必要だ」
そう言ったローランの顔がティアに近付くと、ティアはそっと目を閉じた。




