15.ティアの真実
「貴族令嬢は、何が起ころうと感情を表に出してはならない。常に品位を保ち優雅にあれと、幼い頃から教えられてまいりました」
涙を拭う事なくティアは呟くと、困ったように自嘲した。
「ローランがあの時わたくしに教えてくれてから…」
ティアは身体を起こし俺を見つめた。
「ここに来て、嬉しかったり、楽しかったり、辛かったり、頭にきたり…わたくしにこんな感情が眠っていたのかと、それを受け入れてくれる方達が居るのだと…。
3人で囲む温かな食事も、わたくしの淹れたお茶を喜んでくれるおふたりを見ることも、本当に嬉しくて、本当に幸せで…」
眉を下げつつ微笑みながらも留まる事を知らない涙はティアの顔からポロポロ溢れ落ち、シーツやティアの手を濡らしている。
震える小さな肩をみて、俺は堪らずティアを腕の中に抱きしめた。
ピクリと一瞬肩が揺れたが、拒む様子は無い。
「不甲斐なくも、ずっとこんな幸せな毎日が続けばいいのにと願ってしまいました」
俺の胸に顔を預けたティアの表情は見えないが、きっと哀しい顔で微笑んでいるのだろうと思う。
俺はティアを抱きしめる腕に力を込めると、ティアのつむじにそっと唇を落とし次の言葉を待つ。
師匠が居れば誰も手出しは出来ない。ティアが望むならクルドヴルムに連れ帰る事もできる。
家族や家臣たちも受け入れてくれるだろう。
だが…ティアはそれを望めない。
「それは決して叶う事の無い夢…」
ティアから発せられた予想通りの言葉に俺は苦笑する。
だからこそ今ティアが望んでいるだろう言葉を探す。
「俺と一緒に逃げる?」
ティアの肩が震えるのをそのままに語りかける。
「師匠は怒るかな…怒るだろうな。多分俺はボコボコにされるけど、師匠は何だかんだ優しいから、最後は諦めて協力してくれるよ。
家族は…姉上は大喜びするな。初めて褒められるかもしれない。父上は…まあ姉上に押されて何も言えないだろうな」
亡き愛妻に良く似た姉弟、特に姉は性格も母上に良く似ているから父上は姉上に弱い。
師匠も家族も「もしも」の時が簡単に想像出来て、語りながらも少し笑ってしまう。
「俺さ、ロスタム獣王国に行ってみたいんだ。
彼らには獣の耳や尾がついてるのは知ってるだろ。
力は俺達よりずっと強いけど魔力は殆ど無くて。
魔力に頼って生活している俺達と違い、どんな生活をしているのかずっと知りたかったんだ」
肩は相変わらず震えているが、頭が少しだけ上下したところを見ると話を聞いてくれてるのだろう。
「ロスタム獣王国を見て廻ったら、アールヴ妖王国を探しに行こう。
エルフが住むとされる神秘の王国を見てみたいな」
「ふふっ…とても素敵な「夢」ね…」
「ティアが望めば、いつでも「夢」を「現実」にするよ」
そう言って、泣き過ぎて鼻声になっているティアの頭を撫でた。
「…嬉しい…。貴方に隠し事をしているわたくしでもいいの?わたくし嘘付きなのよ」
俺はハハッと苦笑した。
今語っている俺の言葉だって「嘘」だ。
実際にやりたい事には変わらないが、ティアと一緒に行く事は叶わないのを理解しながら「夢」を語る俺だって嘘付きだ。
「本当の嘘付きは自分から言わないよ。隠し事があるのも分かってる。
それでも俺はティアを護りたいし、ティアが望む限りティアの側に居たい」
ティアが別の男と結婚するのは知っている。
だから、これは俺の願い。
ティアに届くといいと願いながらの祈り。
「……わたくしは常に護る立場であり、護られる立場でもあります。ですが護られるのは、わたくしにその立場があるから…」
腕の中にいるティアが涙に濡れた顔をあげると、俺との距離は僅か数センチ。
「…わたくしを、ティアを護ってくれると言ってくれたのはローラン、貴方が初めてです」
お互いの息遣いが感じられる程の距離で見つめあう俺達。
暫くそうしていただろうか。最初に動いたのはティアだった。
俺との視線は外さないまま、ティアは器用に片手だけで髪を束ねていたリボンを取り外した。
フワリとティアの髪が揺れる。
予感はしていたのに、勝手に俺の目が大きく見開かれたのを感じた。
そうで無ければいいと願っていた真実。
けれど何度考えてもそれ以外の理由が思い浮かばなかった事実。
俺を見つめる瞳は紫。
肩より少し長いだけだった髪は腰ほどまで伸び、それは緩く癖のついた黄金色。
黄金の髪、紫の瞳はセウェルス王族だけが持つ王色。
「わたくしの名はティターニア・ルグ・セウェルス。
セウェルス神聖国の第一王女です」
ティアの名を聞いた瞬間、俺は彼女の目的を全て理解した。
 




